スランプからの脱出
レッスンは2週目に入り、僕とあゆみちゃんは少しずつ本格的なペアダンスに挑戦していた。
僕はフォローされる立場で、リードするあゆみちゃんに体を預ける形。
伸ばした右手は固く手を繋ぎ、左手はあゆみちゃんの肩に軽く置く。
あゆみちゃんの右手は僕の背中を支え、左手は僕の腰にそっと当てられる。
リズムに合わせてステップを踏むたび、体が近づき、離れ、回転する。
見本のみゆきちゃん姉弟の踊りは、本当に綺麗だった。
優雅なワルツの流れの中で、ターンの風圧まで感じるくらいの迫力。
姉弟の視線がぴったり合って、息も一つ。
僕らはただ見とれてしまう。でも、僕らの踊りはまだぎこちない。
お互いの足を踏みそうになったり、ステップの方向がずれてぶつかりそうになったり。
四苦八苦の連続で、笑いが止まらない日もあった。
それに、向かい合って体を密着させて踊るから、常にあゆみちゃんの体温が伝わってくる。
汗の湿り気、荒い息遣い、甘いシャンプーの香り……。
全部が、すぐそばで感じられる。
先生には最初に言われた。
「社交ダンスは体が触れ合うものよ。恥ずかしがらずに、ポーカーフェイスを意識してね」
簡単じゃない。
あゆみちゃんは「もっと近づいてもいいよ」って笑顔で言うけど、
時々、顔が触れそうになったり、
回転の勢いでEカップの膨らみに当たってしまうんだ。
その瞬間、心の中で「ごめんね……!」って何度も謝って、
顔が熱くなって動きがさらにぎこちなくなっちゃう。
あゆみちゃんは気づいてるのか気づいてないのか、ただ優しく「大丈夫だよ」って微笑むだけ。
それがまた、胸を締めつける。困ったけど、慣れるしかない。
ひたすらに練習に集中した。
それで、上手くステップが決まったり、ターンがきれいに回れたりすると、2人で自然と笑顔になる。
みゆきちゃんが「いい感じ!」って拍手してくれたり、
健太君が「ゆうな兄ちゃん、上手くなったよ!」って褒めてくれたり、
先生が「リズムが合ってきたわね」って微笑んでくれたりすると、
胸が熱くなって、嬉しくてたまらない。
少しずつだけど、練習の成果が出てるのがわかって、踊るのがどんどん楽しくなってきた。
上手くいった時のハイタッチは普通だけど、
あゆみちゃんがみんなの見てる前でいきなり抱きついてきたときは、
心臓が止まるかと思った。「やったね、ゆうな君!」照れくさくて、真っ赤になりながらも、
あゆみちゃんの腕の中で、なんだか幸せだった。
汗の匂いも、荒い息も、全部が愛おしく感じて。徐々に難易度を上げていく。
新しいステップの追加、回転のスピードアップ、
表情の作り方、視線の合わせ方まで。先生が言う。
「ダンスは技術だけじゃない。心が伝わらないと、観客の心も動かせないわよ」
あゆみちゃんの視線が、僕を優しく包む。
僕も、できるだけあゆみちゃんの目を見るようにした。
リードされる安心感と、僕がフォローする責任感。
このダンスが、僕とあゆみちゃんの特別なものになっていく気がした。
まだ全然完璧じゃない。
足を踏んでしまったり、タイミングがずれたり、
ポーカーフェイスが崩れて赤面したり。でも、そんな失敗さえ、笑い合える。
健太君の定規矯正も、みゆきちゃんの優しいアドバイスも、
先生の厳しくて温かい指導も、
全部が心地いい。学園祭の本番まで、あと少し。この90秒のダンスが、
僕とあゆみちゃんの、誰にも負けないものになる予感がした。
――でも良い調子は長続きしなくて、だんだんと踊れるようになってきたのに、楽しくなってきたはずだったのに。
あゆみちゃんが、スランプ気味になってきたんだ。
社交ダンスは、女性をリードする男性側の負担が体力的に大きい。
難易度が上がるほど、あゆみちゃんがきつそうになってきた。
息が上がるのが早いし、ステップのキレが少し鈍る。
僕がリードのあゆみちゃんに合わせて踊っているはずなのに、
逆に僕があゆみちゃんを引っ張る形になってしまう。
「あゆみちゃん、大丈夫?」聞くたびにあゆみちゃんは、「大丈夫だよ」って笑うけど、
急ピッチで練習してるせいか、声には出さないけど大変そうだった。
実は僕も、スランプに入っていたよ。レッスンを始めてから、あかり先輩に毎日のようにLINEで報告して、スマホでのやり取りはあったけど、
最近あかり先輩に会っていないことに気づいたんだ。
以前なら、木曜日の放課後や週末に、先輩の豪邸に行って、
僕を女装させてデートしたり、楽しかったのに。
学園祭の女装&男装コンテストの代表に選ばれてからは、何かと忙しくて、
ポスター撮影以降、先輩に会っていない。きっと、あゆみちゃんもそのことに気づいていると思ったよ。だからこそ、あかり先輩に励ましてもらえば、スランプから脱出できると思って、
会えるかLINEしようかと思ったけど、
最近は学園祭の準備で忙しいせいか、LINEを送っても既読や返信が来るのは夜の20時頃が普通になってきたから、
先輩も忙しいんだろうなと思い、ダンスレッスンを報告するLINEは送れても、
「会いたいです」なんて送れなかった。きっと、あゆみちゃんも僕と同じように先輩に会えない寂しさを感じていたはず。 。
そんなスランプ気味のあゆみちゃんを励ましているみゆきちゃんの姿に、心が痛んだ。
――そんなときの休憩時間。
火照った体を冷やそうと、電車のホームが見える窓を開けて、外の少し涼しい空気を吸った。
外の空気を吸っていて、ふとホームを見たら、
長身の僕の高校の女子制服を着た人影を見たんだ。もしかして、あかり先輩?
と思ったけど、あかり先輩は徒歩通学だし、別人だよな。
でも、もしかしてと思い、あゆみちゃんを呼ぼうとしたら、
電車がホームに入ってきて、しばらく停車して発車して行った。
すると、その長身の女子生徒の姿は消えていた。だから、あかり先輩ではなく人違いだなと思い、休憩を終えてレッスンを再開した。
でも、その日は散々だった。
ステップが合わない、ターンでバランス崩す、
あゆみちゃんの表情も硬い。
先生からは「疲れてるから、明日は休んでリフレッシュした方がいいわよ」って言われてしまった。
あゆみちゃんは少し涙目だったし、みゆきちゃんもそうだった。
健太君は「大丈夫だよ、まだ日にちあるから焦らなくていいよ」って励ましてくれたけど、
みんな疲れていたね。
更衣室で着替えて、制服姿でビルの階段を下りる。
いつもならあゆみちゃんから話しかけてくるのに、今日は2人とも無言で足取りも重かった。
ビルから歩道に降りて、少し暗い夜道を2.3歩歩いたら、
歩いている僕らの10mくらい先に人影が見えた。
暗くて顔は見えないけど、シルエットで長身のスカート姿の女性だとはわかった。
次の瞬間、あゆみちゃんが手の荷物を放り投げて走り出した。
その人影は制服姿のあかり先輩った。
あゆみちゃんは、あかり先輩に抱きついて、泣いていた。
僕も走って抱きつきたかったけど、あゆみちゃんの荷物を拾って、あかり先輩の元に急いだ。
あゆみちゃんは「先輩……会いたかった……」と声に出して泣いていた。
先輩は「ごめんね、忙しくて……」と、あゆみちゃんを優しく抱きしめていた。
僕はさっきホームにいたのは先輩ですか?と聞いた。 先輩は少し照れくさそうに、
「ホームから見える社交ダンス教室って聞いてたから、もしかして見えるかなと思って、入場券を買ってホームに立ってたら、2人の姿が見えたの」
「2人が頑張ってるんだなと思ったら、嬉しくて自然と涙が出てきて……。会わないつもりだったけど、会いたくなっちゃって、待ってたの」お腹が空いていると思って、たい焼きを買ってあるから3人で食べようと言って、
初めて女装デートした時に行った小さな公園のベンチに座った。
あかり先輩を真ん中にして、ちょっと冷えたたい焼きを食べた。
冷えていたけど、いつも以上に甘くて美味しかった。
あゆみちゃんは最初は良かったけど、スランプに入って悩んでいる事を告白した。
僕も同じようにスランプだと言ったよ。
そしたら、先輩が「踊って見せて」と言ったので、
僕らは制服姿でスマホでワルツを流して、踊ってみせた。
疲れているはずなのに、息がぴったり合っていた。
ステップもターンも、いつもならギクシャクするところが、上手く決まる。
今までで一番良かったかも知れないくらい、滑らかに踊れた。
音楽が終わると、僕らは笑顔でハイタッチして、抱きついて嬉しくて泣いていた。
先輩は手を叩いて、「私は社交ダンスよくわからないけど、感動したよ……!」と言ってくれた。
あかり先輩は僕らのスランプの特効薬になってくれた。
そして、その様子を遠くからみゆきちゃん姉弟が見ていたらしい。
翌日、学校でみゆきちゃんに「ダンス教室で待ってるよ」って言われて、
休みだと思ってたのにレッスンに行くことになった。
それで、先生の前で踊って見せたら、先生は驚いて、
「スランプ脱出したわね!」って笑顔で言って僕らを抱きしめてくれた。
学園祭のステージでもっと良いダンスをあかり先輩に見てもらうと2人で誓ったよ。
読んでいただいてありがとうございます
スランプを脱出したゆうな君とあゆみちゃんでした
次回は衣装を着ます




