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ワンパン令嬢、指先ひとつで無双す  作者: 桜井正宗


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9/12

ワンパン令嬢、初めての後悔

 帝都は今日も、わたしの噂で騒がしい。


「アルシェ・クラインは魔王軍の残党と繋がっている」

「帝都で暴動を計画している」

「市民を指ひとつで吹き飛ばす凶悪犯だ」


 どれもこれも、ナヴァロお得意の情報操作。

 でも──人って、信じたいものしか信じない。

 だから、こういう嘘は、簡単に真実になる。


「……広場に、市民が集まっています。

 “アルシェ討伐デモ”って名目で……もう、百人以上……」


 セレスタが蒼白な顔で報告してきた。

 その声には怯えだけじゃなく、焦りもにじんでいる。


「どうする?」


 バジリスクの問いに、わたしは少しだけ考えてから答えた。


「わたしが行く。止めなきゃ、もっと悪くなる」


「やめろ。敵の罠だ。正論は通じない」


「……それでも。指じゃなく、“言葉”で止めてみたいのよ」


 


◇ ◇ ◇


 


 帝国中央広場には、既に人だかりができていた。

 罵声、怒号、そして不安。

 見渡せば、子どもを抱いた母親もいれば、武器を握る男もいる。


 その前に、わたしはひとりで立った。


「──静かにして。ちょっとだけ、話を聞いて」


 ざわめきが収まり、全員の視線がわたしに向く。


 わたしは、言葉を選びながら語りかけた。


「わたしは、帝都を壊しに来たわけじゃない。

 騎士団を倒したのは、理不尽に斬られそうになったから。

 魔装兵を壊したのは、誰かが死ぬ前に止める必要があったから」


 わたしの声は、少しだけ震えていた。

 でも、逃げなかった。


「わたしは、“正しい”ことが何かなんて、正直わかってない。

 でも、自分のしたことには責任を持ってる。

 だから、もし今ここで争いが起きるなら──止めるわ。何度でも」


 


 静寂。

 誰かが、小さく拍手をしようとして──


 ──火が、投げられた。


 


 火炎瓶が爆ぜて、石畳が炎に包まれる。


「きゃああああっ!!」

「アルシェが! 攻撃を──!」


 誰かが、叫んだ。


「やっぱり危険だったんだ! 見たか、今の! 市民を殺す気だ!」


「──ちがっ──!」


 


 火の粉が舞う中、セレスタが群衆に押されて倒れた。

 わたしは咄嗟に駆け寄って、彼女を庇った。


「セレスタ、大丈夫!?」


「……どうして……来たの……。

 あなたが来たから、こんなことに……」


 その声は、泣いていた。


 


 わたしの指が、止まった。

 どこを突けばいいのかも、なにもかも、わからなくなった。


 足が動かない。

 言葉も出ない。


 この場にいることそのものが、間違いだった──

 そう、感じてしまった。


 


「──離れろ」


 重たい声。

 バジリスクが飛び込んできて、わたしを抱き上げた。


「今のお前じゃ勝てない。だから、俺が動く」


「でも、わたし──」


「黙れ。考えるのは後でいい。まずは逃げる」


 


◇ ◇ ◇


 


 廃教会に戻った夜。

 わたしはベッドで横になりながら、まだ微かに震えていた。


 手のひらが冷たい。

 力はあるのに、使えなかった。怖くて。


「……わたし、全部わかってるつもりだった。

 でも、本当はなにもわかってなかったのね……」


 隣の椅子に座っているバジリスクが、じっとこちらを見ていた。


「俺は、お前がどんな顔をしても、どんなに傷ついても、何ができなくても──そばにいる」


「…………」


 眠気が襲ってくる。涙が滲んで、目を閉じる。


 そんなわたしに、バジリスクが、何かを言いかけた。


「だから、俺は──」




 でも、その先は、聞こえなかった。


 わたしは、眠ってしまった。


 帝都に響く炎と嘘。

 その中で、ワンパン令嬢(わたし)は、初めて“後悔”という感情に沈む。

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