ワンパン令嬢、初めての後悔
帝都は今日も、わたしの噂で騒がしい。
「アルシェ・クラインは魔王軍の残党と繋がっている」
「帝都で暴動を計画している」
「市民を指ひとつで吹き飛ばす凶悪犯だ」
どれもこれも、ナヴァロお得意の情報操作。
でも──人って、信じたいものしか信じない。
だから、こういう嘘は、簡単に真実になる。
「……広場に、市民が集まっています。
“アルシェ討伐デモ”って名目で……もう、百人以上……」
セレスタが蒼白な顔で報告してきた。
その声には怯えだけじゃなく、焦りもにじんでいる。
「どうする?」
バジリスクの問いに、わたしは少しだけ考えてから答えた。
「わたしが行く。止めなきゃ、もっと悪くなる」
「やめろ。敵の罠だ。正論は通じない」
「……それでも。指じゃなく、“言葉”で止めてみたいのよ」
◇ ◇ ◇
帝国中央広場には、既に人だかりができていた。
罵声、怒号、そして不安。
見渡せば、子どもを抱いた母親もいれば、武器を握る男もいる。
その前に、わたしはひとりで立った。
「──静かにして。ちょっとだけ、話を聞いて」
ざわめきが収まり、全員の視線がわたしに向く。
わたしは、言葉を選びながら語りかけた。
「わたしは、帝都を壊しに来たわけじゃない。
騎士団を倒したのは、理不尽に斬られそうになったから。
魔装兵を壊したのは、誰かが死ぬ前に止める必要があったから」
わたしの声は、少しだけ震えていた。
でも、逃げなかった。
「わたしは、“正しい”ことが何かなんて、正直わかってない。
でも、自分のしたことには責任を持ってる。
だから、もし今ここで争いが起きるなら──止めるわ。何度でも」
静寂。
誰かが、小さく拍手をしようとして──
──火が、投げられた。
火炎瓶が爆ぜて、石畳が炎に包まれる。
「きゃああああっ!!」
「アルシェが! 攻撃を──!」
誰かが、叫んだ。
「やっぱり危険だったんだ! 見たか、今の! 市民を殺す気だ!」
「──ちがっ──!」
火の粉が舞う中、セレスタが群衆に押されて倒れた。
わたしは咄嗟に駆け寄って、彼女を庇った。
「セレスタ、大丈夫!?」
「……どうして……来たの……。
あなたが来たから、こんなことに……」
その声は、泣いていた。
わたしの指が、止まった。
どこを突けばいいのかも、なにもかも、わからなくなった。
足が動かない。
言葉も出ない。
この場にいることそのものが、間違いだった──
そう、感じてしまった。
「──離れろ」
重たい声。
バジリスクが飛び込んできて、わたしを抱き上げた。
「今のお前じゃ勝てない。だから、俺が動く」
「でも、わたし──」
「黙れ。考えるのは後でいい。まずは逃げる」
◇ ◇ ◇
廃教会に戻った夜。
わたしはベッドで横になりながら、まだ微かに震えていた。
手のひらが冷たい。
力はあるのに、使えなかった。怖くて。
「……わたし、全部わかってるつもりだった。
でも、本当はなにもわかってなかったのね……」
隣の椅子に座っているバジリスクが、じっとこちらを見ていた。
「俺は、お前がどんな顔をしても、どんなに傷ついても、何ができなくても──そばにいる」
「…………」
眠気が襲ってくる。涙が滲んで、目を閉じる。
そんなわたしに、バジリスクが、何かを言いかけた。
「だから、俺は──」
でも、その先は、聞こえなかった。
わたしは、眠ってしまった。
帝都に響く炎と嘘。
その中で、ワンパン令嬢は、初めて“後悔”という感情に沈む。




