動き出す貴族たち、ワンパン令嬢の味方
帝都を揺るがした公開爆砕ショーの翌日。
わたしとバジリスクは、市民環状区の外れにある廃教会跡地に身を潜めていた。
かつて女神を祀っていたとかなんとか言われているけれど、今じゃ瓦礫とツタだらけ。
でも、帝国騎士団の目から逃れるにはちょうどいい。
「……傷、染みる?」
「問題ない。貫通してない。かすり傷だ」
「“かすり傷”って言いながら、肩から血を流してる人が言うセリフじゃないのよ」
わたしは布を絞り、彼の肩にあてがった。
手先がほんの少し震えている。どうして、こんなに慎重になってるのかわからない。
ただ──この人の身体に触れるのが、少し怖いと思っている自分がいた。
「……ありがとう」
小さくそう呟いたとき、バジリスクが目を逸らすようにわたしを見なかった。
何これ。変な空気。
◇ ◇ ◇
その日の昼すぎ、教会跡の扉が静かにノックされた。
「来客? 騎士団じゃなければいいけど」
わたしが扉を開けると、立っていたのは一人の少女だった。
銀糸のような髪、深緑の瞳。仕立てのよいドレスを着ているが、手袋には泥がついている。
「……あなたが、アルシェ・クラインさまですか?」
「そうだけど。そっちは?」
「わたしは、セレスタ・ヴァルデン。北辺の小領地の娘です。
──あなたに憧れて、ここまで来ました」
「は?」
セレスタは少しだけ頬を赤らめて、まっすぐに言った。
「魔装兵を一突きで砕いたときのあなたを見て、思ったんです。
“この人の背中についていきたい”って」
……なんだそれ。告白じゃないけど、似てるわね。
「うちの家は小さいですが、父は帝国議会に少しだけ顔が利きます。
隠れ家の提供と、資金支援。あと、情報もあります」
セレスタの従者が後ろから書類と地図を差し出してくる。
──これは、本気の支援だ。
「……へぇ。まさか、わたしの背中を追いかける物好きが現れるなんてね」
「……失礼しました」
「いい意味よ。うれしい、って言ってあげてもいいわ」
セレスタの案内で向かった屋敷は、思っていたよりも立派だった。
広すぎず、かといって荒れた様子もない。清潔で、空気が静かだった。
「久しいな、アルシェ嬢」
屋敷の奥で待っていたのは、背筋を伸ばした老騎士。
全身に傷と白髪をまとったその男は、ゆっくりと立ち上がった。
「オルト・グラント。元・帝国近衛副団長じゃなかったかしら?」
「覚えておられたか。わしは昔、あの宰相殿と意見が合わんかったものでな。
左遷され、今は引退の身じゃ。だが──ようやく、殴りたい相手が戻ってきたわ」
バジリスクが隣で小さく笑うのが聞こえた。
なんだ、彼もこういう皮肉、好きなのね。
「わしはもう動けんが、おぬしらには協力を惜しまん。
その代わり……わしの夢を託させてくれ。あの女を止めてくれ」
「ええ。ちゃんと、“指一本”で」
◇ ◇ ◇
一方そのころ、宰相ナヴァロは、水晶の前で冷えた笑みを浮かべていた。
「陛下の命を借りるのは簡単なこと。形だけの王に、形だけの命令を言わせるだけ」
病床の皇帝は眠ったまま。
その横で、エルゼンが淡々と布告書をしたためていた。
「“アルシェに味方した者は、国家反逆幇助として全財産を没収”。……お見事です、ナヴァロ様」
「怖がらせればいいのよ。正義なんて、恐怖のあとについてくるの」
その声には、焦りを隠すような鋭さが滲んでいた。
◇ ◇ ◇
その夜、廃教会に戻ってきたわたしは、バジリスクと並んで夜風に当たっていた。
星が意外ときれいだった。帝都でも、空だけはまっさらだ。
「ねえ、バジリスク」
「……なんだ」
「わたし、守られる側になっても、いいのかな」
彼は少しだけ息を止めたような気がした。
「……お前は守られる価値がある。けど──」
言葉が、ほんの少しだけ遅れて続く。
「お前が指を使わなくなる日は、まだ来ないだろうな」
「……まあ、たしかに」
思わず笑ってしまった。
でも、それで救われたような気がした。
「そのときまで、そばにいてくれる?」
わたしがそう言うと、彼は一拍だけ間をおいて答えた。
「当然だ」
その言葉が、胸の奥に静かに火を灯す。
◇ ◇ ◇
翌日、帝都議会では初めて「ワンパン令嬢」についての賛否が正式議題に上った。
「帝都を混乱させた張本人! 国家反逆者に相応しい!」
「いや、彼女がいなければ魔装兵は暴走していた! 市民の支持を忘れるな!」
議場は騒然とし、若手議員が声を上げる。
「アルシェ・クラインを、“帝国の盾”として迎えるべきではないか!?」
それは、確かに帝都に走った新しい風だった。
ワンパン令嬢に、初めて“背中を預ける者”が現れた。
帝都はいま、“変革”か“圧政”か、その狭間で揺れている。