追われる令嬢、逃げない選択
「アルシェ・クラインは国家反逆者と認定する。
帝都において発見次第、捕縛、抵抗あらば処刑も辞さず──」
掲示板に張り出された布告を、わたしは静かに見下ろした。
“帝国宰相代理、ならびに皇帝陛下直轄命令”──そんな肩書きが、まるで処刑用の飾りに見える。
「ねえバジリスク、わたし、何をしたと思う?」
「……騎士団を壊した。貴族の顔を潰した。市民に笑われるほど強かった」
「つまり、“強すぎた”ってだけ?」
「ああ。それだけで十分だ、あいつらにとっては」
帝都中に貼られた指名手配の布告。
酒場では「危険人物だった」「魔王軍と結託してたんじゃ」と噂が広がり、
冒険者ギルドでは、わたしの首に賞金がかけられていた。
「……もう、味方なんていないのかしら」
「俺がいる」
バジリスクは短くそう言った。
その一言が、胸にじわりと染みた。
「……ありがとう。でも、帝都はもう、わたしのいる場所じゃなくなったかも」
「だったら、出よう。俺と一緒に。ここを離れて、別の土地で──」
「それはダメよ」
わたしは彼の言葉を遮って、笑った。
「逃げたら、負けた気がする。わたし、あの女にだけは、絶対に背中を見せたくないの」
そして──
「それにね、もしここで逃げたら、たぶん……あなたとも会えなくなる気がして」
沈黙が落ちた。
夜の石畳、灯火の影の中、バジリスクが一歩、わたしに近づいた。
「……なら、俺はどこまでもお前と一緒にいる」
その声は低くて、温かくて、少しだけ揺れていた。
指が勝手に胸元を押さえる。なんなの、この鼓動。落ち着け、わたし。
◇ ◇ ◇
翌日、帝都中央通りにて。
「──これは皇帝陛下の“御命令”である!」
帝国騎士団が動いた。
皇帝の名のもとに布告され、政庁前広場は鉄鎧の軍勢で包囲されていた。
「ワンパン令嬢、アルシェ・クライン。国家反逆の罪により、即刻出頭を求める!」
通りに集まった市民たちが、怯えた顔で囁き合う。
「あの人、やっぱり捕まるのか……?」
「逃げるに決まってる。あれだけ敵を作ったんだ」
「いや……あの人なら──」
──そのとき。
「……来たわよ」
わたしは広場の中央へ、ひとりで姿を現した。
白いドレス。風に舞う銀髪。顔を上げ、堂々と歩く。
人差し指は隠していない。“それ”を、誇りにしているから。
「……な、あれ……逃げてない……」
「ひとりで……正面から……」
「本当に、“ワンパン令嬢”だ……!」
ざわめきが、歓声に変わる直前、騎士団が指示を飛ばした。
「包囲しろ! 囲め! 魔眼の男もいるはずだ、見つけ次第拘束しろ!」
わたしは、指先を構えてゆっくりと前へ出た。
「わたしの罪は、“強すぎた”こと。それだけで人が怯えるなら、何度でも強くなるわ」
「そして──この指は、“わたしの信じたもの”のためにしか動かさない」
地面を、ツン。
ゴガアァァァァン!!!!!
地面が波打つように炸裂し、騎士団の隊列が崩壊。
盾を構えた兵士たちは、爆風とともに吹き飛び、街路の建物が半壊する。
白煙の中で、わたしは立っていた。
風に髪が揺れ、人差し指がゆっくり下ろされる。
「……逃げないわよ」
騎士たちが恐れを抱いた。
市民たちが息を呑み、やがて拍手が鳴った。
わたしはバジリスクと目を合わせ、無言でうなずき合う。
そして──ふたりで、堂々とその場を立ち去った。
◇ ◇ ◇
一方、帝国中枢・宰相府。
ナヴァロは歯噛みしながら、政庁前の瓦礫を水晶越しに見つめていた。
「どうして……逃げないの……。
どうして、あんな顔で──戦えるの……?」
執務室の奥、カーテンの向こうには、病床の皇帝。
「ならば……この“形だけの王”を、動かすしかない。
皇帝自ら、“令嬢の処刑”を命じれば──帝国のすべてが従う……!」
ワンパン令嬢、決して屈せず。
その背中は、今や帝都で最も“信じたい”と願われる象徴になりつつあった。