魔装兵襲来、ワンパンは届くか
朝のうちに届いた帝国政庁からの“公式文書”を見て、わたしは盛大にため息をついた。
「なにこれ……“力の証明”? “帝都の秩序保全のため、公開査定に応じよ”?」
「罠だ。行くな」
バジリスクは、わたしの向かいでいつも通りスープをすすっている。
彼が“罠”と言うなら、たぶんその通りなのだろう。
でも──
「もう“無視できる場所”には、わたし、いないのよ」
「……そうか」
わたしはスープを飲み干して立ち上がった。
どうせ仕組まれた茶番なら、正面から潰してあげるわ。
◇ ◇ ◇
帝国政庁前の広場は、すでに群衆でごった返していた。
市民、商人、貴族、そして帝国騎士団。空気には緊張と、ほんの少しの興奮が混じっていた。
「本日、帝都の治安と威信を保つため、“異能者・アルシェ・クライン”の能力を公開査定いたします!」
壇上で叫んでいるのは帝国騎士団の団長。
──宰相ナヴァロの姿は見えない。
どうせ裏でほくそ笑んでるに決まってる。
「対するは、帝国の誇る古代魔導兵装──魔装兵!」
地面が揺れた。
現れたのは、全身を黒鉄で覆った巨人。身の丈四メートル、無表情な仮面のような顔。
あれが、わたしの“試験官”?
遠くからでもわかる。魔力の流れが異常だ。これは、ただの兵器じゃない。
「では、アルシェ・クライン殿。ご準備を」
「準備って……これで十分よ」
わたしは魔装兵の正面に立ち、いつも通り人差し指を立てた。
「さあ、いくわよ。ツン──」
カッ。
音が、なかった。衝撃も、なかった。
「……え?」
魔装兵は微動だにしていない。
「解説いたしましょう!」
騎士団の副官が嬉しそうに声を張り上げる。
「この魔装兵は、“衝撃吸収膜”と“魔力無効障壁”を二重に展開しており、あらゆる物理・魔法攻撃を拡散します!」
市民のざわめきが広がっていく。
「ワンパン……通じなかった?」
「指先で全部吹っ飛ばすって聞いたのに……」
「やっぱり、騒がれてるだけだったのか……?」
わたしの手が、震えた。
そんなはず、ない。いつもなら、吹き飛ぶはずなのに──
「……!」
バジリスクが観客席から飛び出してきた。
騎士たちがすぐに囲むが、彼はわたしの方を見て、ただ言った。
「下がるな。危ない」
──その声で、わたしの中の“揺らぎ”が止まった。
「……大丈夫よ」
わたしは微笑んで、もう一度人差し指を構える。
「“この指先”は、誰のためにあると思ってるの?」
魔装兵の表面を見て、わたしは理解した。
この装甲、“全面”には効かない。でも──関節部なら?
「そこ、曲がるでしょ」
跳んだ。
膝関節、胸の装甲継ぎ目、魔力の集中している“接合点”。
そこへ──
ツン。
ドゴォォォン!!!
魔装兵の膝が砕け、体勢が崩れた瞬間。
衝撃が中心部へと伝わり、内部で魔力が暴発──黒鉄の巨体が、内側から四散した。
爆煙の中、鉄くずと魔力の蒸気が舞い上がる。
「…………」
静寂。
その次の瞬間──
「やったあああああ!!!」
「ワンパンだ!! ワンパン通じたぞ!!」
「魔装兵が、たったひと突きで……!!」
歓声が、轟いた。
貴族たちは立ち上がり、騎士団は沈黙し、市民は拳を突き上げる。
わたしはただ、立っていた。
人差し指を、静かに下ろしながら。
「……ふぅ。ちょっと苦戦したわね」
◇ ◇ ◇
その様子を、水晶玉越しに見ていたナヴァロは、静かに立ち上がった。
「……なるほど。あの兵器でもダメ、だったのね」
彼女の視線は、帝国の中枢へ向いていた。
寝台の上で横たわる、やせ細った男──皇帝。
その傍らには、仮面を戻したエルゼンの姿もある。
「ならば次は、王を動かすしかない。
この“形ばかりの皇帝”に、命令させるのよ。ワンパン令嬢を──国家反逆者として」
力は破られた。ならば次は、制度そのもので封じる。
帝国の“最大の権威”が、アルシェに牙を剥く──!