令嬢、政略婚約会場へ殴り込み
帝都第二層、貴族街──そこはまるで別世界だった。
白い石畳、金細工の柵、香水の匂いが漂う空気。
わたしみたいな“庶民服”の娘が歩いてるだけで、周囲の視線が刺さる刺さる。
でも構わない。むしろ歓迎よ。
だって今日の目的は、“政略婚約会場”に殴り込みをかけることなんだから。
「バジリスク、ついてこないの?」
「……俺が入ったら石化騒ぎになる。貴族は面倒だ」
「たしかに。じゃあ、外で見てなさい。何かあったら、合図するわ」
「合図?」
「指、見せたら来て。小突く感じで」
「了解した」
というわけで、会場前に到着。
目の前には、金の紋章がついたアーチゲート。門番の騎士たちがガチガチに立ってる。
受付らしき係員がわたしを睨む。
「招待状をお持ちで?」
「ないわ。飛び入り参加」
「……退場を願います。ここは身分ある者だけが──」
「……あら、そう。じゃあ、あなたに身分を教えてあげる」
わたしは軽く近づいて、門の柱を人差し指でツン、と小突いた。
バゴォン!!
門が吹き飛び、騎士たちが悲鳴をあげて土煙に巻き込まれた。
わたしはスカートの裾を整えて、一歩踏み込む。
「身分? “ワンパン令嬢”って呼ばれてるの、知らないの?」
◇ ◇ ◇
中に入ると、広い会場には金と宝石をちりばめた装飾がこれでもかと輝いていた。
中央には、ドレスに身を包んだ貴族の子女たちが集まり、すでにざわざわ。
「あれ誰……?」
「野暮ったい服……でも、あの顔、ただ者じゃない……」
はいはい、噂は結構よ。
そんな中、壇上には“婚約候補”たる男たちが3名。
……出オチだったわ。
「うむ、この鏡の角度では詩魂が降りてこない……愛しき我が髪よ!」
ひとり目、ラファエル公爵。ナルシスト、鏡愛好家、自分に恋してる残念美形。
「肉だ! 肉こそ全て! わが求婚はこの腕にあり!」
ふたり目、ハルバート伯爵。筋肉、裸、赤ふんどし。貴族の風上にも置けない。
「ボボボ……スライムちゃーん……今日もぷにぷにだねぇ……!」
みっつ目、クラウス子爵。魔術貴族らしいけど、召喚したのは巨大なスライムだけ。目がうつろ。
……は?
「……なし。論外。失格。もう次」
わたしがそう告げた瞬間、会場の空気が一気に凍りついた。
「な、なんだ貴様は! この美を否定するとは!」
「この筋肉に勝る婚約者候補など存在せん!」
「スライムちゃんなら……しゃべれるし……」
「うるさいわよ、三バカトリオ。帰って寝なさい」
◇ ◇ ◇
会場がざわつき、騎士たちが制止に動いたそのとき──事件は起きた。
「ぬおぉぉぉおおおおおおおおおお!!」
叫んだのはクラウス。背後のスライムが急に膨張し始めていた。
「お、おかしい! スライムキングが……暴走してるぅぅ!」
「ふざけんな、誰か魔力干渉しただろこれ!!」
周囲に酸性の粘液が飛び散り、貴族のテーブルが次々と溶けていく。
会場は悲鳴の渦。子爵令嬢が泡吹いて倒れてるし、筋肉バカは“筋肉で止める”とか言って溶けかけてる。
「……もう、やってられないわね」
屋根が吹き飛んで、そこからバジリスクが降ってきた。
「遅いわよ」
「お前が指見せなかったから、来た」
「まあ、いいわ。相手、どこ?」
「コアは胸部。外から見えないが、そこを突けば終わる」
「了解。わたし、突くわよ?」
わたしは跳んだ。テーブルをステップにして、スライムの中心へ一直線。
そして──
ツン。
ドォオォォン!!
スライムは内側から破裂し、四散して会場に粘液の雨を降らせた。
でも、わたしはひとしぶきも浴びていない。
「はい、片付いたわよ。次の候補者、出して」
貴族たちは唖然として、そして誰かが呟いた。
「……ワンパン令嬢……!」
「指ひとつで……あのスライムを……!」
「か、かっこいい……!!」
拍手が、歓声が、祝福が。
でもわたしは、次の敵の気配にもう気づいていた。
◇ ◇ ◇
一方そのころ、宰相府。
ナヴァロの執務机が真っ二つに割れていた。
「何なのあの女……! 令嬢が指で魔獣を吹き飛ばすなんて……!」
彼女は息を荒くしながら、側近に命じた。
「“あの男”を。仮面の諜報官を帝都に放ちなさい」
水晶玉に映るのは、笑っている仮面の男。
二つの表情を持つ、帝国の“偽りと真実”の処刑者。
ワンパン令嬢の前に現れる、次なる刺客。
その仮面は、誰の嘘を暴くのか──?