表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/12

令嬢、帝都ヘクトパスカルに立つ

 さて──

 サングラス男とのにらみ合いも一段落して、わたしはそのまま地下街を後にした。


 あのバジリスクって男、見た目は無愛想で冷たそうだったけど、わりと礼儀はあるのよね。

 子供を助けてたし、わたしの魔眼耐性を気にするあたり、案外やさしい……のかもしれない。


 まあ、まだ“婚約者候補”とは言いづらいけど。


 


◇ ◇ ◇


 


 翌朝、わたしは帝都の宿屋で目を覚ました。

 木造三階建てのボロ宿──でも水は出るし、ベッドは柔らかい。感謝すべきかしら。


「ふあぁ……さて。今日の目標は、“貴族街に潜入”かしらね」


 第二層の貴族街には、いわゆる“政略結婚市場”があるって話。

 高位貴族の子息が、わたしみたいな美貌と実力を兼ね備えた女性にアプローチしてくるらしい。


 もちろん、“婚約者探し”という建前で、政争の道具にされるのが目に見えてる。

 でも、それも面白そうじゃない?


「さて、そろそろ準備を──」


 ドアの前で、気配がした。


 


 ──コツ、コツ、コツ。


 


 足音。軽やかで、同時に殺意を含んだ気配。

 普通の訪問者じゃないわね。さて、どう迎えようかしら。


「入っていいわよ。ノックもせずに来るくらいだもの、わたしへの用件は急なんでしょう?」


 


 ギィ……と、扉が開く。


 入ってきたのは、全身黒づくめの女。

 顔の下半分を布で覆い、背には二本の細剣を背負っている。


 ──帝国暗殺部隊、“黒衣の指”。


「アルシェ・クライン。命をいただきます」


「あら、挨拶も礼儀もなってないわね。今どきの暗殺者は荒っぽいのね」


 相手の気配は本物だ。迷いも、容赦もない。


 でも──その程度で、わたしを止められると思ってるの?


 


 スッと、わたしは右手を上げた。

 狙いをつける必要なんてない。ほんの一歩、近づいてきたその瞬間──


 ツン。


 人差し指で、軽く小突く。


 


 ゴバァァッ!!


 黒衣の女は、完全に予測不能の軌道で吹き飛び、廊下の柱をへし折りながら壁にめり込んだ。


 宿屋が軽く揺れる。

 2階の客から悲鳴が聞こえるけど、気にしない。わたし、被害者だから。


 


「……ふぅ。布団を壊さなかったのは評価してあげる」


 正直、もうちょっと歯ごたえある相手が来ると思ってたけど──これじゃ拍子抜けよね。


 


◇ ◇ ◇


 


 その直後、宿の外で再び殺気を感じた。


「今度はなにかしら? 第二ラウンド?」


 わたしが扉を開けた瞬間、視界の端で何かが“跳んだ”。


 屋根の上。サングラスの男──バジリスクが、そこにいた。


 彼はわたしと視線を交わすと、ほんのわずかにあごをしゃくった。


「外に、あと三人いる。……待ち伏せだ」


「なるほど。なら、先に動いたほうがいいわね」


 


 バジリスクは屋根から降り、音もなく地面に着地した。

 わたしは彼の背に続いて、路地裏へと回り込む。


 そこで待っていたのは、まるで人形のような動きの黒衣たち。


 ひとりは弓を構え、もうひとりは双剣、最後のひとりは──魔術詠唱中。


「さすがに、わたし一人では面倒かもしれないわね。少しは手伝ってくれる?」


「ああ。“俺の眼”を使わない程度でな」


 


 そして──戦いが始まった。


 


 バジリスクが一歩踏み出すだけで、弓の暗殺者が吹き飛ぶ。

 彼の拳が風を裂くたび、敵はひとりずつ倒れていく。


 そして最後の魔術師へ、わたしが近づいて──


「詠唱中に動かないって、馬鹿なの?」


 ツン。


 人差し指が軽く彼の胸に触れた瞬間――『ズドォン!』と爆発音。

 魔術師はそのまま、空高く打ち上げられて夜空の星になった。


 


「これで……全部かしら?」


「いや、まだ“上”がいる。あれは、宰相の手勢だ」


 バジリスクの表情がわずかに険しくなる。


「ふうん。つまり、わたしの存在がもうバレてるってことね」


「面倒になる。逃げるか?」


「まさか。むしろ、燃えてきたわ」


 


 ──わたしの名は、アルシェ・クライン。


 婚約者を探しに来ただけなのに、なんだか帝都の悪い連中を指ひとつで掃除する流れになってる。


 でも、悪くない。

 どんなに巨大な権力でも、この“人差し指”には勝てないんだから。


 


◇ ◇ ◇


 


 一方そのころ──


 宰相ナヴァロは、またも水晶玉を睨みつけていた。


「……また片付けられた? 嘘でしょう」


 黒衣の刺客たちが、何の成果もなく倒されたその光景に、

 彼女の指が白くなるほど拳を握る。


「ふざけた小娘が……!」


 水晶を叩き割り、ドレスの裾を翻す。


「ならば、次は“あの男”を差し向けましょう。クライン家の忘れ形見など──この帝都に要らない!」


 指先と魔眼のコンビが、帝都を揺らし始める。

 次なる刺客は、宰相直属の最強の暗殺者。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ