指先のその先へ──守るためのワンパン
「逃がすものですか……ッ!」
帝都政庁の地下最深部。
崩れかけた瓦礫を這うようにして、ナヴァロは古の魔導炉へと手を伸ばしていた。
その手が触れたのは、かつての大戦で封印された禁忌の兵器──アーク・ゼロ。
「すべてを奪ったあの小娘に……今度こそ、全部返してあげるわ!」
起動スイッチが押され、地下に重々しい魔力音が響いた。
◇ ◇ ◇
その直後、帝都全域に響く緊急警鐘。
赤い魔力灯が街中にともり、市民がざわつき、騎士団までも混乱に陥った。
「警告! 旧帝政時代の魔導結界が再起動! 全市域、魔力障壁が展開中!」
「まさか……アーク・ゼロ!? それって……帝都が……!!」
◇ ◇ ◇
「……っ、ナヴァロがまだ動いてる」
政庁前で様子を見ていたバジリスクが、僅かな魔力の乱れに気づいた。
「行くわよ、バジリスク。今度こそ──終わらせる」
◇ ◇ ◇
政庁地下。
魔力の渦巻く中心で、アルシェとナヴァロが再び対峙していた。
「あなたに……理解できるかしら?」
「“指先ひとつ”で正義を語るあなたが、一番怖かったのよ」
ナヴァロの目には狂気と怯えが同居していた。
「だから全部、壊すのよ! あんたの正しさも、信じる者も、この帝都も──!」
アーク・ゼロが低く唸る。
制御装置は破壊され、解除不能のカウントダウンが進む。
「この障壁……ツンしても無駄ね。強化魔導調律結界」
「構造内の魔力調律を反転させなければ止まらない。だがそれをやれば、お前が爆心地に……」
「なら、やるしかないでしょ」
わたしは人差し指をゆっくりと構えた。
「今まで、黙らせるために使ってきた指だけど──
今度は“守るため”に、使うわ」
魔力の中心に一歩踏み込み、ぐっと息を飲む。
高まる熱。肌を刺す圧力。視界がゆがんでいく中で、最後に思ったのは──
帝都の人たちの笑顔。
そして──
バジリスクの、わたしを見つめる真っ直ぐな目。
「ツン──!」
ズドォォォォォォン!!!!!
◇ ◇ ◇
魔力の渦が一瞬で逆転し、中心から爆縮。
アーク・ゼロの光が音もなく消え、赤い結界が次々と静かに解けていく。
帝都の空に、やがて朝の陽光が差し込んだ。
「……止まった……」
「爆発してない……!?」
「救われたんだ……! また、あの人に!」
歓声とともに、広場に人が集まる。
そして、政庁の階段にアルシェが姿を現したとき──
市民たちは、一斉に手を胸に当てて、深く──敬礼した。
◇ ◇ ◇
「……これ、思ってたのと違うな」
「どう違う」
「もっとこう、“やったー!”みたいな盛り上がりかと思ってたのよ。敬礼されるなんて、完全に軍人じゃない」
「今のお前は、それくらいの存在ってことだ」
バジリスクの言葉に、わたしは小さく肩をすくめた。
「──婚約者探しに来たはずなんだけどね。いつのまにか、帝都を救ってたなんて」
「その目的、もう忘れてたんじゃないか」
「うん。……でも、いいのよ。だって代わりに、あんたがいるし」
わたしがそう言うと、バジリスクが少しだけ目を伏せて言った。
「……それは、今は答えない方がいいな」
「うん、知ってる。……わたしも、まだ答え出せてないし」
ふたりの距離は、ほんの一歩だけ近づいた。
でも、その一歩が、とても大きな意味を持っていた。
◇ ◇ ◇
政庁の地下では、アーク・ゼロの残骸から、一粒の黒い魔石が転がり落ちていた。
それを拾い上げる黒衣の男が、誰にも気づかれず立ち去る。
「“彼女”がここまでとは……面白くなってきたな」
──帝都の夜明けとともに、
新たなる“脅威の種”が、静かに芽吹こうとしていた。
けれど今はただ、平和がそこにあった。
そして──
わたし、アルシェ・クラインは、“ワンパン令嬢”として、ようやく自分を好きになれた。
完