令嬢、処刑台に舞い降りる
──帝都広場。
夜が明け、雲ひとつない空の下に処刑台が建てられていた。
並べられたのは、帝都内で“アルシェ・クラインに協力した”とされる者たち。
名もなき市民。店主。衛兵の妻。そして、その中に──
「セレスタ・ヴァルデン。反逆幇助の罪により、吊るし首とする」
処刑執行官の声が、広場に響いた。
「アルシェ様は、戻ってきます。
あの方はわたしたちを見捨てたりしない──わたしは、そう信じています!」
セレスタが叫んだ。
市民たちは、うつむく者、涙を拭う者、そして目を逸らす者。
誰もが沈黙に押しつぶされようとしていた。
「……正義ってのは、ねえ」
壇上の上。
黄金の椅子に腰掛けた宰相ナヴァロは、面白そうに笑った。
「誰かを吊るせば、成り立つものなのよ。わかりやすいでしょ?」
白い手袋をはめなおし、優雅に片手を掲げる。
「執行を──」
ゴォォン……!!
空が、鳴った。
突如、雷鳴のような衝撃音が帝都に轟く。
「な、何事だ!?」
「上!? 上から何か──」
そして──
処刑台の中央に、“白い影”が舞い降りた。
銀髪が風に揺れ、ドレスの裾が月光のように広がる。
地に着地したその人影は、
──ワンパン令嬢・アルシェ・クライン。
「待たせたわね、帝都」
瞬間、広場が沈黙した。
誰かが、呆然とつぶやく。
「……帰ってきた……」
「アルシェ様だ……!」
「騎士団、包囲しろ! 射て! 撃てぇええええ!!」
ナヴァロが金切り声を上げる。
弓兵が一斉に構え、矢が空を埋め尽くす──
アルシェは、指を構えた。
「わたしはね、恐怖で口を塞がれるのが、いちばん嫌いなの」
ツン。
指先が地面を突いた瞬間、広場の足元から轟音の衝撃波が爆ぜた。
矢は空中で霧散し、弓兵たちは吹き飛び、騎士団の隊列は音を立てて崩れていく。
爆風に巻かれずにいた市民が、呆然と見上げた。
「ワンパン……」
「令嬢が……帝都を……守った……?」
やがて、拍手が──ひとつ、またひとつと広がっていく。
◇ ◇ ◇
「ナヴァロ・シュヴァイン。
あんたがやってきたのは、恐怖による統治。
わたしは──“その椅子”を指先で壊しに来たのよ」
「貴様ごときが、帝国の構造に逆らえると……っ!」
ナヴァロが懐から魔導銃を引き抜き、魔力を込めて発砲。
砲弾は光のように伸び、アルシェの胸を貫こうと──
カッ。
指先ひとつで、斜めに弾いた。
「甘いわね。暴力に頼る者は、暴力に負けるのよ」
アルシェはゆっくりと歩き出す。
「わたしは恐怖で支配する女より、
希望で前を向かせる女になりたいのよ──」
──ツン。
人差し指が軽くナヴァロの玉座の土台を小突く。
バゴォォン!!!
ナヴァロごと、玉座は背後の政庁の壁を突き破り、瓦礫とともに大破。
土煙の中、ナヴァロはかろうじて意識を保っていたが、もはや声を発する力も残っていなかった。
◇ ◇ ◇
セレスタが縄を解かれ、崩れるようにアルシェに抱きついた。
「アルシェ様……やっぱり……!」
「ごめんね、遅くなって。火炎瓶と罵声には、ちょっとトラウマあって」
「……! もう……笑顔が戻って、本当によかった……!」
市民たちの歓声が巻き起こる。
「アルシェ! アルシェ万歳!」
「帝国の希望だ!」
「この人こそ、新しいリーダーに──!」
わたしは苦笑して、バジリスクの隣に並ぶ。
「王に、とか言われてるけど。あたし、ドレスより動きやすい服派なんだけどな」
「それでも、今のお前なら誰でも黙らせられる」
「ふふ、あんたまでそんなこと言うの? 調子狂うわね」
夕日に照らされた政庁前。
わたしとバジリスクは並んで歩き出す。
恐怖の支配に、指先で決着を。
“ワンパン令嬢”は、今や帝都の希望そのものだった。




