義足のサンタクロース
ずっと探している。
自らの姿を持ってしても胸を張れる虚勢を。いや、その虚勢を本物に変えてくれる事象を。
虚勢で発す強い願望は自分自身の首を絞め、なりたい姿から遠ざける。そのため、周りから認められることは今だかつてない。
「湿気た顔をしてどうしたのだ」
「お前に話しかけられたからだ」
「今年もそろそろ貴様らの時期であろう。聞こえる!聞こえるぞ!貴様の落胆の声が」
「チッ」
''貴様らの時期"言い方さえ棘のあるものの言っていることは間違いでは無い。12月を迎えて我々の務めは佳境になっている。
「まぁその中でもお前には酷な話であったかな?かつてサンタクロースであったデイビッドよ」
「皮肉か?天使様よ」
「いやぁ!そんなことは無い。サンタクロースの国と天界はすぐそばだから声を聞きに来ただけだ。そしたら、たまたまお前がいたのだデイビッドよ」
俺がいるこの地はサンタクロースの国だ。人間界にも天界にも属さないこの国は一線を画して雲の上に国を築いている。だが、雲の上ということもあって天界には近い。お陰でこいつのような天使がたまに暇で見に来る。天使と言えども可愛らしい子供のような見た目では無い。大人の男性くらいの背丈に仮面を被ってるかのような真っ白で表情の見えない顔。
「そうか。天使様も暇なんだな」
「私の嫌味を聞けるとは…やはり、お前は実に面白い」
「用がないなら帰れ」
「そんな事聞かせるなデイビッドよ。私とて仕事中のお前を拘束する気は毛頭ない。励ましを聞かぬか?」
「サンタクロースでも無くなった俺に励ましなんてそれこそ嫌味だな」
「そうかもしれんな。じゃあ、そろそろ行くとしよう。かつてサンタクロースであった義足のデイビッドよ」
「クソッタレが」
天使は瞬きの合間に消え去った。
目に映るは上半分が青空で下半分が地面の雲。味気のない景色に本来であればサンタクロースの赤はよく映える。
時は12月。サンタクロースの活動する唯一の時期。だが、俺はプレゼントを配る資格がない。
「仕事か」
心の状況とは裏腹に滑らかに動く義足は何とも腹立たしい。皆は当たり前のようにサンタクロースとして過ごし、サンタクロースを目指している。俺はその土俵にもう立たせても貰えず、ただただ自分の価値観に悩まされるだけの日々を送る。サンタクロースにもう一度なりたいのにも関わらず。
「クソ!」
皆から向けられる"可哀想に"という視線は質量持たないはずなのに心へ痛みを与え、矢のごとく刺さる視線は見えない血を流させる。
そんな視線を避けながら仕事場へと戻る。本来サンタクロースの仕事場はソリの上だが、俺にはそんな夢のような場所での仕事は担保されてない。子供たちへ送るプレゼントの供給場所。「倉庫」と呼ばれる最前線からは離れた地で業務を全うする。
「デイビッドさん休憩長かったすね」
「いらぬ男に捕まってた」
「またいびられてたんですか」
「小童のお前が気にすることじゃねえよ。言われた事に嘘はねえんだから聞き流すしかない」
倉庫は本来サンタクロースになる前の若者の仕事。つまり、熟年の男なんてこの倉庫にはいない。倉庫の中での存在は際立つし嘲笑う目も多い。
「あいつのようにはなりたくない」「無様な男」そのような声を聞きながら日々生活を送る中、目の前の後輩だけは俺を慕う。
「ジョン。お前そろそろサンタクロースの試験近いだろ」
「あ、はい。学科は問題ないかと。あとは実地試験すね」
「ソリの乗車試験か。先輩乗せればテストで飛べるから何回でもやれ」
「はい、もちろんです」
サンタクロース試験の記憶はもう遠い。思い出したくないのか、本当に過去のことで覚えてないのか。サンタクロースへの未練と自分の犯した罪各々が交錯するが故に脳は過去の情報を拒絶する。
空を見上げたが見えるは無機質な倉庫のコンクリート天井のみ。まるで俺の頭のよう。
「デイビッドさん。今日の仕訳が来ました」
「あぁ…やろうか」
敏腕サンタクロース達が仕入れてくるプレゼントを俺たちは方面毎に仕訳する。子供達の希望詰まったプレゼントを絶望詰まった男が仕訳するなんて傍から見たらお笑いものだ。
よくもまぁこんな多種多様なプレゼントを仕入れてくるものだ精鋭サンタクロース達は。俺の時よりも数こそ減ったものの何やら高価なものが多くなり、丁重に扱わないといけなくなってしまった。時代は変わるもの。
何もかも取り残された男の悲壮感は何にも拭いきれない。
それでもなお、俺は悲壮感を隠して手を動かす。
「いい仕上がりだ」
「デイビッドか…毎年来てくれるが俺はもう現役を退いたぞ」
「はっ…あんた以上の能力のトナカイは見たことないね。あんたの引くソリの乗り心地ったらもう最高だったよ」
「よせや恥ずかしい」
目の前にいるトナカイに話しかけている。このトナカイは歴戦の猛者と言っても過言では無い。俺も現役の頃はよくお世話になったし、ソリを引く技術があまりにも高くて評判が名高い名トナカイだった。今は現役を引退してトナカイ側の育成に努めている。
「後輩達はどうだ」
「まぁぼちぼちってところか。最近はトナカイも減っててな。有望株が少ない」
「子供も減ってきてるから仕方ないんじゃないか」
「それもある。あとは信仰心の薄さだな」
「サンタクロースの国では大きな課題にあがってるあれか」
「我々は不思議な実体。人間からの感謝される心を糧にして活動出来ている。インターネットやら架空的な物に対する意識の低さが起因して、我々への信仰心は薄くなってきてるのだから笑えた話じゃない」
人間からの感謝がなければ我々の意欲は低下し、新たなサンタクロースは生まれずクリスマスの質は低下する。心痛い話なのに俺たちではどうしようも出来ない。こちら側でも祈るのみ。再び子供が増えて感謝をされる機会の増えた煌びやかで活気のある我々の国に再度繁栄するのか、はたまた衰退の一途を辿るのか。サンタクロースの資格の無い俺でも頭の片隅にしつこいくらいこびり付くような問題だ。
「デイビッド。我々ではもうこの問題にどうこうできる域を超えている。揃って現役を退いてるんだ」
「現役?俺はまだ諦めちゃいない」
「デイビッド…戻りたい気持ちはわかる。だが、お前のその足を見たら皆が気づいてしまう。お前が禁忌を犯して足を失った者なのだと」
「この義足はうちの仕入れ部隊が持ってきてくれた上等品だ。世間の目さえ無くなれば俺はいつだって戻れる」
「その義足は便利さと同時に足枷も担っているんだぞ…俺は応援してるしお前をまた乗せたい気持ちもある。だけど…」
「いいんだそれ以上は。俺は時が来るのを待つ。お前はそれを見ててくれ」
トナカイは呆れた顔と悲しい顔の混ぜたような顔をして下を向く。
彼が言った足枷は的を得ているし現実的に見ればそちらの意味合いが強い。義足を見れば憂鬱になる。みなの視線を集めてもそれは見世物として意味を有してるだけでポジティブ要素は無い。吐き気さえ催すこの足で誰かを笑顔に出来る日が来ないことは重々承知だが、一筋の希望。いや、一滴の希望が叶うのであればこの足でサンタクロースとして誰かを笑顔にしたい。
「そういえば俺のとこの後輩がそろそろサンタクロース試験なんだ」
「ジョンか」
「あぁそうだ。あいつは才能あるんだがちょっと心配でな。ソリの乗車試験お前のところのトナカイ使わせてくれ。その方が安心だ」
「お人好しだな貴様は」
「でも、断らねえだろお前も」
トナカイはそう言われて高笑いする。
互い互いを知っている我々にとって考え方の共有は容易も容易である。
「その通りだ。断らねえよ。デイビッドの頼みだからな。こちらも有望株を当ててやるさ」
「感謝する」
「ジョンにお前のサンタクロースとしての願いを託してみてもいいんじゃねえか」
「それとは話が違うさ。俺は俺で頑張るよ」
「強情なヤツめ。そういえばミヤが呼んでたぞ」
「あの件か…わかったありがとう。じゃあまた」
ミヤが呼んでいる理由は何となくわかる。奴はソリを作る専門の大工。昔は俺が奴の作るソリに文句ばかり言っていたからよく喧嘩もした。だが、喧嘩するに連れて俺の意見を飲んでくれるし、ゆく果てには俺に出来上がったソリの確認を依頼してくる始末。今回もそれだろう。
「あれは…」
ミヤの工房に行く前にとある出来事に遭遇した。雲の隙間から人間界へ降りれる場所。サンタクロース達の出入口だ。どうやら若い奴らのソリ乗車訓練だろうか、初々しい若人が隣にサンタクロースを乗せて人間界へ降りていっている。
「俺も降りていきたいって思ってますねあなた」
「!?」
聞いたこともない女性の声。俺の事を知っているのに聞いた事のない声とはどういう事だ。身の毛がよだつ。
「誰だ!」
「ごめんなさい!わかるわ!急に見知らぬ人に声かけられたときの恐怖!心の痛み!私が誰か分からなくても見れば分かります!」
声の方へ顔を向けるとそこには天使がいた。
「天使…いつものあいつじゃないだと」
「驚かせましたねごめんなさい。あの人からいつも聞いていました。面白い男がいると。その男の経緯を聞いたらなんて悲しいことでしょう!心が悲しみで痛くなっていてもいられず来てしまいました!」
こいつはどこか情緒が狂っていやがる。天使は皆どこかおかしい奴しかいないのかもしれない。気味の悪い汗が背中をつたう。
「何しに来たんだ」
「あら、お邪魔でしたよねごめんなさい。私はただあなたを見に来ただけです!話に聞いた男がどんな奴なのか。性格悪かったかしらごめんなさいね!」
「チッ…それならもう用は済んだだろ帰れ」
こいつに構ってたらろくな事は無いと言い切れるし、いつもの天使が関わるとなると余計に厄介だ。
「素晴らしい!天使への言葉使いの汚さは想像通りだわ!素晴らしい!興奮してごめんなさい!」
「な…!」
まともじゃない。そう決めつけるのに時は擁さなかったが、脳からの異常信号を受けるまでやばいやつだとは予定してなかった。
こいつは天使の中でも狂っている。
「サンタクロースの乗車訓練。なんて初々しいんでしょう。あなたにもそんな時期はあったのね!美しい!」
「乗車訓練は俺に関係ねえ」
「同乗の先輩サンタクロースとして乗ることだってあったはずよ。あなたはその資格を失った…痛い!痛いわ!心が!あと足も!」
「テメェ…」
「足の痛みはあなたの犯した禁忌!」
「なんなんだお前は!日常が壊れた!全ての尊厳を失った者の何がわかる!子供の笑顔を見る資格の無いサンタクロースの辛さがわかるのか!」
天使の中では俺をいたぶるのが流行っているのか。いつもの天使だけでは飽き足らず新たな天使まで現れやがって。
表情の無い真っ白な顔に苛立ちをぶつけても全てがすり抜ける気がしてやるせない。殴っても殴れない。殴られたら痛い。一方的なリンチに為す術ない。
「ごめんなさい!分からないわ!」
「俺はサンタクロースに復帰するんだ」
「えぇ!希望は大きく!夢はおおきく!どんな形であっても叶えられるでしょう!!」
「そうかい」
偽物の労いを残して瞬きのすきにその天使は目の前から消え去った。まるで何も無かったかのように。残ったのは向ける矛先のない怒りの槍のみ。
煌びやかなサンタクロース達が俺の目に映っては何とも虚しい気持ちに駆られる。俺はあの資格を掴み取ることが出来るのかと。
煌びやかな姿の中に俺はまだいない。
「デイビッドさんよぉ来てくれましたね!」
「呼んだのはお前だろう」
待ってましたと言わんばかりの表情をこちらに向ける。あちらこちらに木材は散らかり、工具はそこら中に立てかけてある。ため息がこぼれ落ちる。
「片せよ色々」
「無理っすわ。集中してると片づけてる暇なんて生まれねえです」
「そんなことはわかってるけどなぁ…まぁお前にそんなこと言ったところで無駄か」
「さすがデイビッドさんっすね。俺の事はなんでもお見通しです」
褒めたとは思ってないのだがいいだろう。昔は酷いものだったが今となってはこいつの作るソリは一級品。どこの誰にも負けない品質にまで成長している。
「またソリのチェックで呼んだのか俺を」
「当たり前じゃないですか。安価な一般品ならさておき、特別な高級ソリですからね」
「今更お前がヘマなんてするかよ」
「へへッ…一応っす。見てくださいよ」
「へいへい」
木材選び、彫刻、金属加工、表面のツヤ、見た目の華やかさ、並々ならぬ重厚感、鈴の音色。
これは紛れもない一級品だ。
「問題ない」
「座り心地も見てください」
ソリに乗る機会の無い俺は唯一ここでソリに跨がれる。トナカイは着いていないが。
「おぉ…いいぞこれは」
「やっぱりデイビッドさんはソリの上が似合います」
「当たり前だ」
「俺…まだ願ってます。あなたが再びサンタクロースになることを」
「願うも何も必然だ。義足であろうとサンタクロース業務には関係ない。原因になったあれだってもうそろそろ見逃してくれたっていいじゃねえか」
本気の言葉と強がりの丁度間くらい。心が痛くなるかの瀬戸際ギリギリの言葉に発する口は密かに震える。
「人間界に降り立ってはいけない禁忌…でしたよね」
「降り立ってはいない。ちょっと足を屋根に当てただけだ。それだけで足が消え去ったんだ」
サンタクロースは人間には見えない存在。また、人間界とは逸した次元の存在。そのため、我々は人間界に干渉をしてはならないのだ。ソリの上の朗らかなる王様という我々の心意気は崩してはいけないもの。それを破ったものはそれ相応の罰を受ける。俺はそれで足を持ってかれた。
「こっちに戻ってきた時グロかったっすからね」
「あのまま天に召されると思ったさ」
「生きてて本当によかったっすよ。これでまだサンタクロースやれますからね」
「珍しい奴だな。サンタクロース復帰を諦めてない俺以外の奴」
「復帰するのになんでも手伝うっすから」
密かな応援はありがたい。ネガティブな気持ちが先行するだけあって、周りの声で励まされると微かに落ち着く。応援に答えられる世論が生まれるのか、世論を破って我の道を行くのかは神のみぞ知る。
その後どれだけ過ぎただろうか。
クリスマスは近づき、国は忙しなく動き続け新米サンタクロースは目の色を変えてかの日を待つ。そんな最中でもベテランサンタクロースは顔色一つ変えずに時の流れを頬で受け流す。
俺がサンタクロース復帰を願ってることは誰しも知っている。倉庫でも知れ渡っているのは当たり前だが、目まぐるしい忙しさにストレスの溜まった若者達は直接的な言葉の差別によってストレスを発散する。
「地に落ちたサンタクロース」
「足の無いポンコツ」
「地位のないプライド男」
反面教師とも呼べる存在に全てをぶつける。ぶつけても何も問題ないかのように。
俺が声を荒らげたところで味方はいない。他人に言葉をぶつけるような奴はサンタクロースになれるわけが無いのだ。相手したところで無駄。荒れる声なかれど心は乾く。
今もジョンだけは俺から離れない。
「ジョン!乗車してみてどうだった」
「まぁぼちぼち…」
「なんて顔だよ」
「俺なんかよりデイビッドさんの方が心配です」
「放っとけ」
「でも、明らかに最近は顔色が悪いです」
溜まった膿は心では受けきれず身体に出るらしい。強靭な心も数えるのを忘れる程経った年数分の虐めを受け続ければ自壊を始める。定期的なストレスに慣れても、突発的な何かが起きれば決壊する。余りにも良き例。
「お前も元気ないだろうが」
「ま、まぁ…」
「何があった」
「先輩サンタクロースと乗ってました。子供達の"お願い"を回収する任務も手伝ってたのですが…とある子供は願いを回収出来ませんでした」
"とある子供"
そう呼ばれる子供は何となくわかる。
我々としてもプレゼントを届けたいのは山々なのだが、何故か声が聞こえない。そういう子供がたまに現れる。珍しいと言えば珍しいが、ごく稀に現れる。
「俺も何回か見かけたことがある。願いの聞こえない子供」
「そういった子供にはプレゼントは送られないんですか?」
「そうだ」
「そんな…なんで…」
「原因は不明だ」
「可哀想です…しかも、あの子供多分貧乏です」
「介入しすぎるな」
サンタクロースは子供へプレゼントを届ける。だが、一人一人に介入していてはキリがない。特定の子供から感謝を受けるのではなく、不特定多数の子供達から感謝を受けなければならない。俺だってそういった子供へプレゼント届けられずに泣いた日々はある。
「でも!」
「どうこうできる範疇の話じゃない。俺も何度も泣いたんだ。だが、声が聞こえない以上届けられない」
「ちくしょう…」
ジョンは早くしてその子供に出会ってしまった。打ちのめされたジョンを見てられないため、倉庫の外へと出た。すると、また悪寒のするほど違和感のある何かに話しかけられた。
「こんにちは」
「最近はなんなんだよ本当に」
「見てわかる通り天使だよ」
「何回も別の奴が現れやがって」
再び天使が目の前に出現する。今度は子供の天使。
「見えてるよ。あなたが足の無い男の人なのね」
「あぁそうだよ」
「ほかのお兄さんやお姉さん天使からお話聞いたよ。サンタクロースに戻りたいって。カッコイイね!」
「癪に障る」
「もう戻れないように見えるよ?」
「戻るんだよ俺は」
子供の声で腹立つことを言われるのは些か不思議な感覚である。怒るに怒れない。許容しろと言われれば許容する。なのに、天使と言うだけで憤りは生まれる。感情は乱立する。
「戻れる方法教えてあげようか?」
「そんなものない」
「プレゼントの配られない子供にプレゼントを配ることだと僕は思うよ」
こいつはジョンとの会話を聞いていやがった。プレゼントの聞こえない子供へのプレゼント。机上の空論にすぎない。
「馬鹿言え…プレゼントが分からないんだぞ」
天使から思いがけない言葉が出る。
「君たちには聞こえなくても僕には見える」
「何を」
「僕は子供だから、人間界の子供のことは大体見えるんだ。何が欲しいかもだよ」
発する言葉に身体が震える。欲するプレゼントが見える。
サンタクロースにとってそれがどれだけ羨ましい能力か。俺はこいつからプレゼントを聞き出せば俺だけが渡せる状況を作れる。
それは許されるのか。
俺のプライドはそれを許すのか。
後戻り出来ないのではないか。
葛藤して答えは出す。
「知るか。もう用がないなら去れ」
「うん!バイバイ!また明日」
「明日?」
天使は消えた。
ジョンの話と天使の話はタイミングが悪い。
サンタクロース復帰の闇ルートは示されたが、それでは誰も認めてはくれない。
その気持ちは揺らがないものだったが、天使は毎日のように勤務終わりの俺の前に現れた。
毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日。
「僕には見えるよ!」
「教えてあげるよ!」
「サンタクロースになろうよ!」
「あなたにしかできない!」
「子供が待ってるよ!」
「笑顔を見たいよね!」
一言を残して消えるを繰り返し、サンタクロースになれる1回限りの反則を行使することに迷いが生まれる。誘惑はプライドを壊し、自制心を乱して思考を惑わせる。
掴みかけてる夢は毒。夢まぼろしの話。分かっているが、それと同時にとある事も理解をしている。俺がまともな道でサンタクロースに戻れないことも。
「一筋の絶望」
天使の囁きを揶揄するとこうなる。
皆は俺を馬鹿にする。見境なくサンドバッグのように。
そいつらに一矢報いるためには。
奴らに度肝を抜かせるには。
サンタクロースとして1つでも全うすればいい。何年も願った喉から手が出る程欲しいサンタクロースとしての仕事。次いつそんなチャンスがまわってくるのか。もしかしたら二度と無いままこの国で飼い殺されるやもしれん。
「ジョン君の見つけた子供のプレゼント…知りたい?」
「はい…」
俺は負けた。
目は死んでいるか。自らの願いのために自ら全てを壊した決断に笑顔でいる自信はない。笑いたいやつは笑えばいい俺の代わりにでも。
「やっと折れたね」
「早く教えろ」
「今日はクリスマスイブだよ!いい日にプレゼント届けられるね!いい顔に見えるよ!」
「行く手段…」
「この国の出口には裏口があるから、そこから行けば大丈夫だよ!ソリはこっちで用意してるから!」
「そんなところが」
「さて、肝心のプレゼント!うん!その子が欲しいのは×××だよ」
天使は無邪気に指さして消えていった。裏口を示して。そこからの意識はほとんどなく、一目散に裏口へ走り込んでは不自然に用意されたソリに乗り込んだ。トナカイは皆出払っているはずなのにトナカイまで無事に用意されてる不可解さに頭を抱えるのが筋ではあるが、感情で動く我が身にはそれを考える力は機能不全。
「待ってろよ」
必要以上に息があがっているのを感じる。久方ぶりのソリ捌きは鈍っていないことを感じ、不敵にも笑みはこぼれ落ちる。
「これだ…これだこれだこれだこれだ!待ちわびた!この夜景!人々の生きている活気!美しい!美しいいぃ!匂い!外の匂いだ!」
孤独と強さを手に取り、空に大手を振って羽ばたく。時代に置いてかれていた俺にとってこの姿は目に焼きつける最後としては満点だ。
モタモタしていては他のサンタクロースに見つかってしまいかねない。急いでその子供の元へと向かった。
急降下する中で別れの挨拶をしなかったことを俺は悔いている。ジョン、トナカイ、ミヤ…挨拶をする奴は少ないが、それでも礼儀として奴らにだけは言いたかった。罵声を受けるだろうし、行為は止められるのは明確なため言わなかったことのほうが正解だったかもしれない。
「有終の美を飾るのか哀れに散るのかどっちだろうな」
今までのサンタクロース人生を思い出す。
まるで走馬灯のように。
このままここにいては飼い殺されて人生を終える。残酷な世界にさよならを伝える姿は美しいだろうか。
「あぁ…もうか」
呆気なく地上に行き着き、とある河川敷のほとりで座り込む少年に近づいた。
彼に俺は見えていないし声も聞こえない。ただ、それはこのソリに乗っている間だけ、地上に足をつけると声が通じる。
全ての人生に俺は感謝する。
サンタクロースとして生まれた俺はサンタクロースとして死んでいく。
プレゼントを望む子供の前で。
一歩踏み出せばそこで全てが終わる。
鋭い嗅覚は喜々と危機の入り交じる匂いに絶望の表情を示すが俺は従わない。
「じゃあな…ジョン、トナカイ、ミヤ、そしてクソッタレな国と天使よ」
義足で1歩踏み出した。
「メリークリスマス!」
「おじさん…誰?」
「サンタクロースさ!君へのプレゼントだよ」
「プレゼント…僕が欲しいのはおもちゃじゃないのに」
「あぁ分かってるさ!君の欲しいものは義足だね」
俺は義足じゃない方の足を踏み出した。
最後の1歩を踏み出して最後の言葉を残す。
「凄い優秀なものだから沢山使うんだぞ!サンタクロースとの最後の約束だ」
地上へ完全に降り立った時、禁忌に再度触れた俺の身体は義足以外全て消え去った。
屍残さずこの世への別れを天界へと蒸発させる。
禁忌のスティグマは歓喜のプレゼント