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見える音楽


「あなたはなんで見えないの?」


私は小学生ながら音楽に疑問を投げかけているが"見えない"のだなら答えは返ってこなかった。

ただ1度私が音楽を可視化出来なかったのはこれを除いて他無い。


暦は秋を指す今日この頃。

未だに夏の面影を残す神無月。

私はキャンパスの中を悠々自適に歩き回る。芸術大学を名乗るこの大学で音楽を学ぶ私にとっては、キャンパスを歩くだけでも創造性を刺激する何かに出会えることも少なくない。ある意味ではこの何事の無い散歩が価値ある刺激を生む良きプロセスを担っているのだから、暇人だとは言わせない。


道路の右手には芸術科の生徒が目を見開いて木に齧り付くように観察して絵を描いている。

対して左側では音楽科の生徒がベンチをレコーディングスタジオだと勝手に仮定しては発声練習を行っている。あの集中の仕方では周囲の音は完全にシャットアウトされてるのだろう。彼女にとってこの場は無音だ。


「変わってるなみんな」


この大学は女が多い。例に漏れず私も女である。単に女という大命題だけで括るのであれば、気の合う友達だって作るのは簡単かもしれない。だが、ここは芸術大学。勉学では測りきれない何かしら特筆した特技を持つ者の集まり。オブラートに何も包まなければ変人の集まり。多くの友人を作ることは簡単では無い。


「乃亜さんこんにちは」

「あ、先生こんにちは」

「今日は授業無いわよね?どうしてここに」

「目が疲れるのでここが落ち着くんです」

「そうね。あの発声練習してる子の音楽には何が見えるかしら」


私は発声練習してる学生に目を向けた。

何も特別なことをするのではなく、ただ目を向けるだけで音楽に形が生まれる。


「弱々しい騎士ですね。彼女の今奏でる音楽には自信のかけらもないです」

「弱々しい騎士とは面白いわね」

「戦う体制は整ってるのに気持ちが付いてきてません。何かしらオーディションとかの直前なのでしょうかね。何しろ戦闘前にしては弱すぎます」

「的確すぎて怖いわ相変わらず」


怖いとは失礼だ。本当に怖いと思っているのは私自身だというのに。

本来耳で味わうはずの音楽を私は強制的に目で楽しまなくてはならない。私は音楽を聞くとそれが全て可視化されて見えてしまう特性を持ってしまっている。


「先生は私にそんなことを聞いて何か用でもあるんですか」

「あなた課題今日までよ。じゃあ後で出してね」

「あ、はい」


課題の存在から逃れられる学生はいない。ただ、課題の恐怖を先延ばしにすることは学生のお家芸。後でやればいいのだ。

私にはそんなことをしてる暇なんてない。大ホールで行われる学生主体の公演会を見なくてはならないからだ。音楽を学ぶ学生の音楽はあどけなさと尖りがいい具合に混ざって他では見ることの出来ない音楽を可視化してくれる。


「楽しみだ。どんな尖り方を見せてくれるのか」


私は不意にも笑みを浮かべてしまった。学生独特の不完全感をこの目で楽しんでやろうというのだから性格が悪い。プロの音楽は良くも悪くも綺麗に可視化されるから特別性は無い。

人間は綺麗なものに飽きる。視覚的刺激の無い物を見続けたところで導き出される感想なぞたかが知れている。

それに、音大生ともなれば技術は一流と言っても申し分ないため、普通に見てても面白いから辞められない。

街路樹やベンチが私を見てドン引きしているように見えるが、お構い無しに私は大ホールへと軽い足取りで向かう。


ホールへ着席して今日のパンフレットを舐め回すようにして目を通す。


「ミュージカル映画縛りとはこれまたいい日だわね。そそるよ。いいね」


年季の入った椅子に身を委ね、どこからか発せられる木の匂いで心を休ませる。重力に幾分も逆らわない私の身体は拷問のように椅子へと質量をかけるが、椅子は文句の1つも言わずに私を支える。開演前のリラックスは寸分の狂いなく行われたため、今日の講演はいつも以上に楽しめると断言できそうだ。


「開演前の睡眠はご法度にも程があるかしら…それにしても受付の人イケメンだったな…」


受付は現代の男を思わせるスタイルの良さに塩顔イケメン。危なく一目で心を奪われて卒倒するところだった。イケメンは自分自身が凶器になり得ることを自覚して欲しい。あなた達が振りまく笑顔は女性を惹き付けては脳裏にこびり付かせてもしまいかねないのだから。今思い出しても心臓が踊り始めてしまう。

あのイケメンは少し鼻歌を口ずさんでいた。そのためか私には見えてしまった。2匹の犬が。

雌雄の犬が戯れ合う惚気。あのイケメンは彼女がいて幸せであり、それが鼻歌からも零れ落ちていたのだが、そんな惚気を目にして心穏やにいれるだろうか。否、私はそんなわけは無い。


「チッ」


世のイケメンと美女には恋人がいる。それは必然であり自然の摂理とも言える。イケメンを見つけて思いを馳せたところでそれは無意味というのを世の人間は身をもって学ばされる。


「開演いたします」


荒れた心改めて私はお行儀の良い子犬のように大人しく公演に集中する。

幕が上がると学生が所狭きと並ぶ。本当にミュージカル映画のようだった。


「WHOA〜WHOA〜」


音楽とともに一斉に揃う歌い出し一発目は集団行動のような一体感。

地団駄も数多の巨人が踏み鳴らす地鳴らしをも思わせる迫力に私はニヤけが止まらない。

この歌を完璧に歌い踊れるほどこの学生はレベルが高いのかはこの目でしかと定めさせてもらおう。

かなりの人数揃うこの場で彼ら彼女らは何をみせてくれるのか。


「OH! This is the greatest show!!」


今演じられているのはグレイテストショーマンの「The Greatest Show」。あまりにも有名なこの音楽は見に来た者達の心を盗賊のように音もなく奪い去る。


「もうちょっとで見れる…見えてきたぞ」


あまりにも人数が多いため可視化されるのにちょっとだけ時間を要した。

普通に見ればプロに近い実力に何も疑い無い。

2度目のサビで私は完全に音楽を見ることが出来た。


「思春期の兵隊か!へぇ!ちょっと兵服着崩してるものいるよ!やっぱり大人にはなり切れなかったのか」


一見揃ってかっこよく見える兵隊だったが、よくよく見ると若すぎる。思春期の少年が並んで年頃らしくイキっている。大人になりきれないやるせなさを背伸びで誤魔化す思春期の少年達。

彼ら彼女等の奏でる「The Greatest Show」は耳で聞けば完璧の太鼓判を押せるが、目で見るとまだまだ幼さ残る背伸びした子供達であった。ただ、ちゃんと形として可視化出来る辺りレベルはめっちゃ高い。こんだけの人数がいればもっと可視化されるものは混沌とするのだから、それがないだけで凄い。

有名で人気のある曲はそれだけで観客達の気分を高揚させる。1曲目に最も適している曲選なのかもしれない。


「パチパチパチパチ!」


拍手喝采。出だし好調な本公演は大成功を予期させる。

特に自己紹介や演目の説明なく次の曲へと向かった。耳から離れない印象的なイントロはすぐに私の脳が作品名を私の目に示してきた。


「ラ・ラ・ランド Another Day of Sun」


こちらも難易度は低くない。それぞれを選曲した人はかなりの熱意あるお方なのだろう。その熱意についてきたこの生徒達に全力で感謝しないといけないだろう。私ならあまりの難易度に反抗の意思を示しかねない。


「Behind these hills I'm reaching for the heights」


私は圧巻な姿に目を疑う。


「嘲笑う道化師…なんて余裕なんだ。完璧に実態が見えるほど鮮明に…」


ここまでの完成度は予定していからなのか、私は心の底からふつふつと湧き上がる高揚感によって過呼吸になりそうだ。

ただの我々を楽しませるための道化師なんかではなく、我々民衆を嘲笑うまでの余裕。


「これだこれだこれだ」


私は必死にメモを取った。

テンションの空回りは音を立てて指先の繊細さを失わせる。メモの字はいつもに増して汚い形を見せる。汚い字は私をじっと見つめては呆れ顔を露わにする。


「ん?」


顔を上げると嘲笑う道化師はこちらに近づいてきていることに気がついた。

目が合った。

言葉を交わせることは不可。

ただただ奴は私の元でウインクして戻った。

無駄なファンサービスで観客を撃ち抜くというキザで腹立たしい行為は、私以外であれば射抜かれて心を持ってかれたはずだ。射抜かれるどうこうよりも、ファンサービスをするまで自我をもつ音楽の実態物に驚愕している。


「今日の課題は決まった」


課題の内容が無事決まった安堵感と独自性豊かな形が作れる優越感に初めてお目にかかれた音楽の実体物への感動で、情緒は安定を保てない。ニヤケと涙が同時に出現した。



「乃亜さん課題提出間に合って安心したわよ」


後日私は教室で先生と話をしている。


「あの日の公演会で見たものは素晴らしかったのですよ先生。これは高評価も期待です」


気のせいか先生は呆れている。


「はぁ…あなたの特別能力は素晴らしいです。楽器を弾けないのに音楽科にいるのだから学校からの期待も大きいものです」

「前置き長いので、あまり良い話しじゃなさそうなのですけども」


私は先生の言葉から課題が高い評価を得てないことを察する。


「内容は誰にも真似出来ないからいいんです。そもそもこの課題あなたにしか出してませんし」

「そりゃ音楽で見えたものを詳しく書けなんて課題私しか出来ませんから」


この先生は私専属の先生であり、楽器の弾けない私は音楽への感受性と可視化に価値を見出されて入学をした身。他の生徒とはプロセスが違う。


「乃亜さんあなた内容は申し分ないのに、文章が下手すぎます。なんですかこれ」


私は感じたことと見た事をそのまんま書いただけなのだが、あまりにも直接的な表現で読む者を困惑させてしまったらしい。

音楽を可視化してるのは私だけなのだから、私の書く内容に共感を得れる人がいない。多少支離滅裂でも許されると思った私は愚かである。


「思春期の兵隊と嘲笑う道化師です」

「感覚的すぎるんです。感覚で得たものをもっと論理的に書いてください」

「今まで見たものをアウトプットした事ないからいざやると簡単じゃないんです」


私の目は異常だ。こんな目を持たせた神様を小さい頃は何度恨んだか数え切れない。他の人から見えないものを見えることはそれだけではみ出し者だった。いじめの対象になる材料としてはこれ以上ない。そんないじめを受ければ私は自分でこの目の存在を消していた。どれだけ音楽が見えても口にはしないし人と共感しようともしなかったため、私は自分の目で見える音楽を自己表現する機会を失っていた。だからこそ、私は今苦労している。


「そんなことは知りません。とりあえず直して再提出してください」

「はーい」

「それともう1つ。来週に入学希望者の実技面接をするので同席お願いしたいの」

「私ただの生徒ですけど」

「実技で楽器を弾くのよ。それをあなたに見て欲しいから同席して欲しいということよ」

「なるほどです。了解しました〜」

「じゃあ、詳細は後日。会議あるから消えるわね」

「はーい」


入学希望者の同席ということは、私にその者が奏でる本質を見て採点の1つに加えたいという魂胆だろう。別に構わないのだけども、この学校における私の目への信頼は何故か厚い。誰も真であると立証出来ない自称に価値を見出す彼らもかなりの変人だろう。何にせよ私は見たものを話せばいいのだから他愛もない。


「ピアノちょっとは上手くなったかな」


先生の部屋にあるピアノを私はたまに弾く。誰もいなくなった頃を見計らって。


「ド〜レ〜…うっ!」


見える音楽は自分の奏でる音楽も例外じゃない。下手であればそれ相応のものが見える。ピアノで弾いた音楽は下手すぎて音楽としての形を保っていなかった。棘の生えた不完全な音符が鍵盤から溢れ落ちるのみであり、見てても自らのレベルの低さを突きつけられる。


「酷いな」


私は開ける時に軽かった鍵盤の蓋が重く感じながらそっと蓋を閉じた。

音符もそれと同時に見えなくなった。


私はその後課題を再提出して、以前先生が言っていた新入生採用面接について話を聞いた。

やはりなんて事ないただただ座って見ているだけ。採点基準は言われたところで関係は無い。ただし、演奏曲は本人の事前申告制。自由な曲を弾いていいのだから私はそれさえ頭に入れておけば困ることは無い。その気持ちを心に今目の前に候補者を迎えている。


「はい、では実技試験は以上です」

「ありがとうございました」


候補者は部屋から出ていった。


「乃亜さん今の人はどうでした?」

「ジャックザリッパーでした」

「意味が分からないのだけど」

「あの人は周りの候補者を蹴落とすことしか考えずに演奏してました。その殺意が全面に出てます」


このように候補者が終わる度に聞かれる。人それぞれ違うから見てて面白いけど、今みたいな人も見えちゃうから可哀想な面もある。


「演奏は上手かったから検討の余地はあるわね。性格の難はあとで考えましょう」

「可視化の鮮明さは彼女が一番でした。技術は抜けてますから、技術ベースなら合格に最も近いですね?」

「そうなるわね」


技術の低い人間が目の前に座ることは無い。そんな半端者はこのイスに座る権利さえも与えられないのだから、音楽で生きていこうとする大変さは計り知れない。


「では、次が最後ね」

「はーい」


私は最後の候補者を呼んで席に座らせた。ごく普通の男の子だ。

儀礼的な挨拶を終えて演奏へと移るが、私は等々探し求めてた人間を発見した。

彼はピアノで演奏し始めたが、演奏して数秒して気がついた。


「こいつの音楽が可視化できない」


私が今まで1度だけ出会った不可視化の音楽。それにまた出会えたのだ。

演奏中に私は呼吸が荒くなりながらも、面接中であることを自分に言い聞かせて無理矢理落ち着かせる。

可視化に時間がかかることはあっても、このレベルの人間1人が奏でる音楽でそんなことが起きるなんて考えられない。現にいくら見ても何も見えないのだから間違いない。彼は私の追い求めてた「見えない音楽の持ち主」。

泣きそうだ。


「はい、では実技試験は以上です」

「ありがとうございました」


男の子が出ていった途端私は即座に先生へ告げた。


「あの子を合格にしてください」


先生は目を見開く。


「理由を聞いてもいいかしら」

「彼の音楽は何も見えませんでした」

「そんな!彼の技術は他の候補者と比べても高いレベルだったわ。そんな彼が見えないなんて」

「だからこそ彼はみんなと違います!ちょっと話してきます」

「あ!乃亜さん!」


先生の言葉を聞かずしてドアを思いっきり開いて廊下を疾走した。

男の子はまだ近くにいたのですぐに見つかった。


「君!」


候補者の男の子はこちらを見て困惑している。


「どうしましたか?先程の試験官の方ですよね」

「あなたの音楽はどうして見えないの?」

「は?」


私は聞きたいことを率直に聞いてしまった。通じる訳ないのだから、もっと分かるように話を聞かねばならない。


「あ、ごめん。君は演奏中何を考えてたの?」


これで答えが見つかるかもしれない。幼きあの日に初めて見たあの見えない音楽の答えに辿り着ける可能性に私は興奮する。


「何を…」


沈黙は続く。


「特に何も。強いて言えば自らを殺して無で演奏してました」

「ほぉぉ」


私は俄然興味が湧いた。自らを殺しただけで見えなくなるなんて思えない。ただ、見えないのは事実。彼をもっと知りたい。

この目が写せなかった音楽をもっと知りたい。

私は突拍子もないことを彼に伝えた。


「君!私の研究対象になってくれ!」

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