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探す秋

 俺は概念を探す汽車に乗るただの若人。

 様々なものが無に帰したこの時代は、人々が好き好んだ数多の概念が消え去った。

 数多と呼ぶには語弊がある。

 粗方消え去ったの方が近しい。

 動物は消え、植物も消え、人工物その他有機物と呼ばれるものほとんどが消え去った世界。

 そんな世界を走る汽車に俺は乗っている。


 何も無さすぎるこの世界で基本見かける色は2色しかない。

 一面真っ白な大地に一面真っ青な大空

 空に蔓延るはずの雲は1つも嘲笑う姿を見せない。雲はこの真っ白な大地にでも吸収されたと冗談で言うが滑稽で面白い。


「妖精よ。俺は次何へと向かう」

「そうね。次は秋でも探しましょうか」

「秋…それも人々が好きだったものなのか」

「それはもうみんな大好きでしたよ」


 汽車の同乗者はこの妖精のみ。

 この妖精は全てがあった世界を知る希少な生物。


「秋は見つかるのか」

「えぇどこかにありますよ。消えずに残った秋の破片が」


 粗方消え去ったこの世界では全てが消え去った訳では無い。奇跡的に消えずに残ったものもある。その奇跡的に残ったものを記録することが使命としてこの世に生を受けている。

 概念を形成できるほどの事象及び物が無いため、我々は消えずに残った物達を「破片」と呼ぶ。

 秋の破片とは何が見れるのか楽しみで仕方ない。


「秋とはなんだ」

「秋とは季節です。四季があった時代に人々が毎年待ち望みは過ぎ去り、未練を残し翌年を待つ。それくらい大切な季節でした」

「前見た夏と同じ系列の概念か」

「そうです。夏は嫌われてましたけどね」

「蝉は確かにうるさかったけど、スイカはよかったぞ」

「概念はいいところ取りなので」

「ふーん」


 夏は暑いと聞いた。

 暑さは体にこたえるらしい。

 温度が一定のこの世界では暑いという感覚を頭が理解できないため、身体は暑さという言葉に何もリアクションを示さない。

 夏の概念は嫌われてる割に面白かった。蝉を捕まえるために疾走する少年がいたと聞いたし、スイカを暗黙で殴打して割る風習もあると聞いた。一端の聞いただけの話は美化されてると仮定しても、楽しそうだと思うのは気の所為だろうか。はて。


「秋も面白いのか」

「夏より活発的ではありません。淑やかでありながら人々は情熱も宿し、優雅に日常を消費します。世界もそれに応えるかのように夏とは姿を変え、視覚的聴覚的に余裕を見せつけます」


 聞くだけでこれほど脳が喜ぶことなど多くない。秋の素晴らしさは表面的な情報だけでも理解に時間を要さない。

 さて、時間を忘れた風景はゆったりとした感覚を与えるがために、気がついたら時の影に1人きり。次の概念を見つけるまでにどけだけの時間がかかるか分かるものでは無いし、いくら時間経過しても何も感じ得ないはずだった。


「駅が見えます」

「駅…駅…あ!あぁ!汽車が止まるための場所だったか!?」

「そうです。見かけるのは数年ぶりですね。ここにも駅が残ってたのですね」

「止まるのか?」

「そうですね」


 急いで運転席に座っては普段動かさないブレーキやボタンに力を込める。止まることを知らない汽車は急な停止信号に戸惑いを見せては甲高い焦りの声をあげる。

 完全停止をして汽車は一時の休息を得る。


「久々の駅だな」

「ここはなかなかに状態がいいですね」


 役目を終えて取り残された駅は当時の面影を残し久々の客に心踊らす。

 駅内を歩くととある文字を見つけた。


「秋…紅葉…??」


 駅の板に貼られた紙はボロボロになりながらも「秋」と「紅葉」という文字を残す。

 神のイタズラか何かなのか写真が載っていたであろう場所は見えなくなっている。


「ここは紅葉の名所近くの駅だったのですね」

「紅葉?」

「人々が苦労してでも目に収めようとする稀有な存在です。秋を感じる最もわかりやすいものでしょう」

「そんなに秋を感じれるのか」

「それはもう私が保証しましょう」


 紅葉がどんなものか想像するには事前情報が少なすぎる。何かが赤いという情報のみが文字の並びから判明するだけで、その他推理する証拠は0なのだからどうにかできるものではない。


「俺はそれで喜べるのか」

「目が喜々として視界の情報を脳へ送ります」

「そこまでハードルをあげるとは余程の自信と見た。よし、ヤワな俺の好奇心を満たすのだと全力で認知してその時を待とう」


 真っ白で何も無い大地に佇む駅は様々な情報を載せてることからも、大きな広告塔としての役割を担っていたはず。

 沢山の人を紅葉へと向かわせたこの駅は消えなかったことを喜ぶのか。それとも誰も来ないこの地に置いてかれたことで消えたいと願っているのか。真相を知る術があれば知りたい。


「そろそろ行きましょう。記録は残しました」

「あぁ。俺も記録した」


 駅よさようなら。


 運転席へ戻り汽車を再起動。

 鈍く唸る汽車は重い腰をあげてゆっくりと気の赴くままに動き始める。

 先を急ぐ必要も無ければ後ろから追走されるでも無いこの真っ白で特に何も無い世界では、汽車も自分勝手でいい。


「ん?ここら辺探せば紅葉の発見あるのではないか?」


 動き始めて直ぐに思う部分であった。

 紅葉の文字が書いてあるということは、元々この駅は紅葉を知らせるための場所。それならこの近くに消えてない紅葉もあるのではないだろうか。


「そんなに簡単じゃないですよ。近くに2つの概念が残ってるなんて確率で考えればほぼ0です」

「いつも0から探してる。ほぼ0なら0じゃない」

「こんな時に屁理屈をおっしゃいますか」


 妖精は呆れた顔を強く見せつける。

 怖さの微塵の欠片も無い。


「時間はあるんだ」

「そうですね。あなたの気の向くままに」


 あの駅はただの駅としての概念として残るには情報が多すぎる。紙が貼ってあることなんて今まで見てない。あそこはこの世から消える何かが発生した時に力が弱かったのではないだろうか。それならば、ここ一帯概念が残りやすい地帯かもしれん。それに賭けてもバチは当たらない。


 何かが赤いという情報だが、久しく赤いものを見ていない。汽車をゆっくりと走らせては周りを見渡すが、目に着くのは白と青のみ。

 つまらない世界だと嘆いても聞き入れる神もいない。空虚にいくら喚いたら現実の世界に反映されるのだろうか。


「あ…!?」


 深いため息の為に息を吸ったその時俺は明確に白と青以外の色を見た。


「白と青じゃない。なんだあの濃い色……あれは赤だ!赤だ!!」

「え!本当ですね遠くに見えますが」


 急いで方向転換。

 目指すは赤色一直線。

 胸の高鳴りはおさまる気配を感じないし、むしろ悪化している。

 仮にあの赤色が紅葉だとしたら、かつて概念を探してこんな短時間で見つかることなんてあっただろうか。


 奇跡だ。

 奇跡だ。

 奇跡だ。


 こんな奇跡を目の当たりにする日が来るとは思ってもいなかった。

 近づくにつれて赤は増して俺の目に入ってくる。なんて綺麗な色なんだ。

 人々が情熱を宿すのも納得する代物だと一目で判断をする。


 綺麗だ。

 綺麗だ。

 綺麗だ。


 汽車のスピードがあまり出ないことに苛立ちを募らせながら、息付く暇も忘れて懸命に目的地へと進む。

 距離が縮んでいることから紅葉は動かない物なのだと予測できるため、逃げられる心配は一切ない。

 安堵の心と共に前進して等々紅葉に辿り着いた。


「これが紅葉か」

「その通りです。秋になると葉っぱが赤く彩る木があるのです。それが紅葉」

「言葉にならない」


 俺は紅葉から目を背けられない。いや、背けようとしても目がそれを許さない。ずっと見ていたいと目が言う程の綺麗でお淑やかで情熱的な魅力放つ木。

 目に力を入れすぎたお陰で各所脈をうつ感覚が肌から伝わるので、身体に異常をきたしたのだと錯覚をする。


「ここまで綺麗な赤は見たことがない」

「立派な赤です」

「この世界は白と青の見ててつまらない世界だ。だが、その何も無い世界であるが故に紅葉が際立つ。素晴らしい」

「ここは1本の木ですが、これが何本も連なるところも存在していました。それはもう人気も人気でしたね」

「こんなものが何本も!?そ、それでは興奮が高まりすぎて血管が切れてしまう!そんな夢のような場所が昔にあったのか。羨ましい」


 秋は夏の次の季節だと聞いた。

 ただただ隣の季節なのにここまで表情が様変わりするとは想像もしていなかった。

 これを大事な人と見たら目だけでなく五感全てが喜ぶのだろう。

 この紅葉も当時様々な人々を惹き付けては魅了し続けていたはずだ。俺でさえも惹き付けられてるのだから。


「この木はずっと赤いままなのか。秋の次も赤いままで保つとは思えん」

「葉っぱが全て落ちます」

「そうか」


 この赤は永久的では無かった。

 秋という季節のみに現れては短期間で消えゆく儚きもの。秋という概念を知るのに紅葉を見れてよかった。

 次出会えるのはいつになるのか分からない。

 次出会った時も俺を惹き付けては喜ばせてくれると確証持って言える。


 さらば秋。さらば紅葉。

 また会う日まで。

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