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お願い様

作者: あるかな



 やっとつかまえたタクシーに乗込み、腰を落ち着ける。梅雨時の蒸し暑さから逃れ、車内の涼しさにホッとする。

「xx駅まで」

 この言葉も、何度口にしたものか。


 自分一人でこの顧客を訪問するのは、これで何回目か。もともと「営業サポート」とあって、営業担当者が常に同行してくれると思っていたが、実際は最初の数回だけだった。面倒な案件は押し付けてしまえ! ということだろうが、実際はもう少し酷い話で「細かいところは解らないから適当にまとめてくれ」ということらしい。


 まぁ、仕事なので仕方がなくも通っているわけだ。

 悪い顧客ではないのだが、帰り際の世間話が長い。どの担当者の組み合わせも、話が冗長で、耳に残るのは顧客内部の個人的な噂ばかり。


 どれも聞き流せばよいような噂話なのだが、顧客内部の個人的な噂話は流石に閉口してしまう。

 「AさんとBさんが、もうすぐ結婚するらしい」といった噂ならまだしも、先日の打合せで同席したCさんが、マルチ商法紛いの商材に手を出したために退職したとか、「Dさんは何か怪しいモノにハマっている」、「Eさんは車のローンがやばい」、さらには「FさんはBさんと婚約間近だったが破談になったらしい」という、聞けば聞くほど、好奇心と嫌悪感が交錯する話ばかりだ。

 おかげで全く知らない人達の個人情報にやたらと詳しくなってしまった。恐らく他社の人間相手に普段言いづらい噂話がしたいだけだと思うのだが、昨今の個人情報を巡る風潮もある。やはり、こういう話は、私以外にしてほしい。




 ところが、今日の噂話は違っていた。


 先回訪問した前後ぐらいから、顧客先内ではある噂がモーレツな勢いで広まっているという。その噂とは、所謂「三つの願い」系の噂話である。

 この「三つの願い」で思い浮かぶのは童話。ソーセージをお願いして... の笑い話にもとれるお話が有名だったと思う。


 亜種含めた多くの物語が、最初の願いを引き金に大混乱が巻き起こり、結局元に戻ってしまう——世の中、甘くないよ、という教訓めいたものだ。


 ところが、今日聞いた「三つの願い」は今時と言えばいいのか、なんだか違う感があるというか、なんとも違和感を覚える話だった。


 願いを叶える為の手順なのだが、


 1.最初に三つの願いを決める。

 2.決めた後、“お願い様”という存在をネット検索する。

 3.その“お願い様”に、決めた三つの願いをダイレクトメッセージで送る。


 たったこれだけの手順らしい。

 困っている人や動物を助ける必要も、いわくつきの代物を用意する必要もない。


 こんな簡単な方法で、三つも願いが叶うのであれば、誰もが試していそうである。


 なので、私も当然尋ねた。

「この噂で持ち切りという話ですが、皆さんも試されたのですか?」


 返ってきた答えは「是であり否でもある」という曖昧なもの。

 詳しく尋ねると、この三つの願いには、何らかの条件があるらしい。

 その条件が今一つわからない為に、噂が噂をよんでの大盛り上がりの状態に陥っているという。

 その条件探しに皆が推論を出し、その条件で“お願い様”を探しているらしい。


 帰り際、私にも「加わらないか」と誘われたが、今日は生返事でかわしてきた。

 だが、次回の打合せのことを考えると、今から気が重くなってしまう......。





 ——数日後


 今日も打合せの後は例の噂話か、と若干気鬱な気分である。

 目の前にはメイン担当者と総務のAさん。Aさんはもうすぐ結婚という噂の人だ。これなら、三つの願いや噂話以外の明るい世間話で帰れるかと期待していたが、甘かった。


 打合せ後、Aさんは「まだ仕事があるので、失礼します」とあっさり退席してしまったのだ。


「では、私も」と帰ろうとすると、「まぁまぁ」とメイン担当者につかまってしまう。


 そしていきなり、例の「三つの願い」について、Aさん自身が既に叶えたらしいと話し出す。


 その根拠は三点。

 何やらAさん、副業で成功したらしく、羽振りがとても良い。少し前までは、生活がキツイとよく零していたという噂もあった。

 そして、結婚相手であるBさん。もともとFさんと婚約間近だったらしい。なのに、それは破談となり、どういう訳かBさんから告白されて、あっという間に結婚が決まったのだ。


 あまりにもAさんに都合がよい流れである。

 皆がそれとなく「三つの願い」を利用したのか尋ねるのだが、Aさんは綺麗に話を逸らす。

 確かに、これは社内にいれば皆が気になる話題で、噂が広まって当然の流れだ。


 だが......三つ。確かに三つかもしれない。


 △▼


 打合せ後の雑談が終わり、ミーティングルームを後にする。そのまま勝手知ったる玄関へと足を向ける。

 そこで、受付から戻ってくるAさんとすれ違う。


「どうも」


 偶然同じ挨拶をしてしまい、やはりお互い苦笑いをしてしまう。


「そういえば、ご結婚されるとか。おめでとうございます」

「ありがとうございます。やはり、しっかり伝わっているようですね」

「おめでたいお話ですからね。ところで。私、Aさんに確認したいことがありまして......」

「何でしょう? 先程の打合せで、何か漏れがありましたか?」

「少し、お耳をお借りしても?」と、訝しがるAさんに近づくと、そっと耳元で声を落とす。

「·················」


「⁉」

 Aさんの目が見開き、瞳が揺れるのがわかる。


「私の推論、合っていたようですね。要件はこれだけです。では、お幸せに」


 立ち尽くすAさんをそのままに、私はドアへと足を進めた。






 ——私は一つ推論をたてた。


 最初の願いと、二つ目の願いは、いずれも“他人の不幸”を伴うものであること。

 三つ目の願いこそが、真に叶えたい願い。


 これが正解なのかどうか、それは定かではない。



 だが、私はこんな事実も耳にしている。


 Cさんは会社を辞めた後、商材ビジネスは軌道に乗り、多額の利益を上げていた。その利益は、ビジネスの性質上、必ず親へと流れる仕組みであった。このビジネスを紹介したのはAさん。Aさんは、今は既に手を引いていると聞いている。

 そして、Cさんも突然手を引き、数ヶ月後にとある海岸で発見されたという。


 また、Fさんは実直な好青年で、打合せ時も真剣に取組んでくれた。とても婚約破談後とは思えない振る舞いだった。

 Bさんとは家族ぐるみで交流も深く、正式な婚約は未だだが、周囲はそうなると確信していた。

 しかし、その婚約が破談に終わった理由は、ただただ運が悪かったと言わざるを得ないものだった。

 正式な結納前にBさんのご両親が倒れ入院。その後、退院はしたものの、ご両親共に後遺症が酷く、介護が欠かせない状態になってしまう。

 Bさんが寿退社を考えていたこと、Bさんのご両親が結婚に反対しだしたことが、結果として噂にある通りの結末を招いた。


 二つの不幸が重なって、Aさんにとって状況は整った。三つ目の願いが聞き入れられる状況だ。少し上手く立ち回ったのか、そこまでは知らない。だがBさんからの告白という結果を手に入れたのだ。


 どんな言葉で三つの願いをDMに書いたのか。

 それは私は預かり知らぬこと。

 他人の不幸の上に叶えられた自分の“願い”。

 だが、真実は霧に包まれ、噂だけが残る。

 私の推論は、果たして正しかったのだろうか――





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