1-5 「──【変身】ッ!!」
「──"怪着"!」
そのキーワードと同時に、強盗犯の青年の姿が奇妙なスーツケースと融合して変貌する。
全身が黒と黄色の斑模様の体毛に覆われ、背中からは節足動物的な細長く筋張った足が四本新しく生えて伸びている。
更に頭には牛のような短く太い角が2本、黄緑に怪しく光る八つの複眼と裂けた口。
それは正しく、昔の絵物語に現れる妖怪か──はたまたテレビの中に出てくる怪人のようであった。
「いや、マジかよ」
思わず慎二の口から驚嘆が漏れる。
だが、それは目の前で青年が化け物へと変貌したことによる恐怖から漏れた言葉ではなかった。
──むしろ、その逆。
「怪人ってマジでいるのか!?」
慎二は、あろう事か感動していた。
「怪人、怪人か!怪着って変身の掛け声良いね、蒸血とか潤動とか鉄鋼みたいにらしさがあるよ生物系の造形もキモかっこいいじゃん、モチーフは蜘蛛と牛かな?この二つの共通点ってなんだろ、もしかして牛鬼かなアレって伝承とかだと蜘蛛の身体に牛の頭だから関連性としてはアリか」
早口で捲し立てながら、スマホのシャッターを連打する慎二。
想像の斜め上のリアクションに、青年もとい怪人も出鼻を挫かれて若干引いていた。
「あ、目線こっちに寄越して下さい」
「お前ふざけてるのか!」
持って行かれたままの主導権を戻す為に、怪人は地団駄を踏みながら怒鳴り声をあげる。
「よくわかんねー胡散臭い野朗に貰った奴だが、コイツでテメェをボコしてやるよ!」
そう言って走り出した怪人は、勢いそのままに慎二に殴りかかってきた。
咄嗟に真横へ転ぶように避けた慎二の顔面を素通りした怪人の拳は、勢い余って真後ろにあった電柱へ直撃する。
ゴバッという、とても生物の拳とコンクリートがぶつかった時に出る音じゃない音が聞こえて、慎二が振り返る。
──怪人の拳が、電柱にヒビをいれていた。
「当たったら死ぬヤツ!?」
さっきまでの高揚感は瞬く間に急降下する。
画面の向こう側ではない、すぐ目の前の命の危機に一瞬で肝が冷えるのを慎二は感じた。
「特オタとしては怪人に殺されるのもやぶさかでは無いとは常々思ってたけど、実際に直面するとそうでもないな!!」
彼は転んだまま這うように無様な姿のまま距離を取って、膝立ちになりながら額から垂れた冷や汗を右手で拭う。
『当たり前だろう』
イッカクの冷静な指摘を聞き流して、慎二はどうするかを考える。
変身シーンや今の一撃を見るに、どう解釈したってアレがタダのコスプレではないことは明白だ。
これは自分が何とか出来るような範疇を超えていることを、慎二はしっかりと理解する。
その上で自分の命を第一に考えるのであれば、ここは逃げる選択肢しか存在しない。
「は、ははッ、すげぇ! すげぇ力だ!」
しかし、相手の様子を見るにその選択肢を選ぶのは憚られた。
自身の手を見ながら悦びにワナワナと打ち震える怪人。
「これなら、捕まったアニキだって力尽くで助け出せる! いや、今度はアニキを逆に手下にできるかもしれねぇ」
その様子を見て、いつも見てる特撮における"力に酔うタイプの悪役"の鱗片を慎二は感じ取った。
もし万が一逃げ切れた場合、この怪人は留置所を襲撃するだろうか。
それともアニキとやらを放っておいて、今度は銀行強盗でもするのだろうか。
「いや、それよりも──」
より可能性の高い最悪を想像して、慎二は一旦口をつぐむ。
そして意を決して、イッカクに話しかけた。
「AIさんよ」
『なんだ、シンジ』
「さっきの話を呑めば、あの怪人を止められるか?」
『止める? 倒すではなく?』
微妙な言葉のニュアンスに引っ掛かりを覚えたイッカクは慎二に問い返す。
それに対する彼の解答は、至ってシンプルなモノであった。
「もし俺がここで殺されてしまったら、いつかあの青年が酷い後悔をするかもしれない。分不相応な力で、分不相応な罪を重ねて背負ってしまうかもしれない」
──自分の命が危うい状況でありながら、見ず知らずの他人の心配をしてしまう。
「それも防ぎたいんだけど、出来るか?」
それが、真城慎二という人間の底抜けの善性──そしてシステムが選定した条件のひとつだった。
『あぁ、出来る』
力強くそう断言するイッカクに、慎二は覚悟を決める。
「やってやるよ、正義の味方!」
『なら、スマホを高く掲げて叫べ──【変身】と』
立ち上がり、慎二は右手でイッカクの宿るスマホを天高く掲げて叫んだ。
「──【変身】ッ!!」