1-4 「なんか特撮第一話みたいな話になってきたな」
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そして、時刻は夜二十二時半。
スーパーでの勤務を終えた慎二が、凝り固まった肩をぐりぐりと回しながら帰路に着いていた。
「それで、正義の味方うんぬんって結局ナニ?」
スマホを取り出した慎二は、休憩時間の都合上中途半端に切り上げてしまった話題を再びイッカクにふる。
画面に現れたカートゥーン調のユニコーンことサポートAIイッカクは、こほんとわざとらしい咳払いをする。
「いや、お前気管ないんだから咳払い意味ないだろ」
『機能としての意味はないが、演出上の意味はあるさ』
スマホからの青白いブルーライトに照らされた慎二の顔に疑問符が浮かぶ。
『我々は人間じゃない、だが人間らしく振る舞うことには意味はあるという話さ』
そういうモンか、と何となく慎二は独りごちる。
言ってしまえば感情移入の問題で、親近感を持たせやすくする為の行為であると慎二は腑に落とした。
AIは人間ではなくあくまで道具の一つに過ぎないが、その扱いだとAI側にとっての不都合があるのだろう。
だからこそ、言動や仕草などを人間に寄せることで道具っぽさを払拭して扱いを同等に近く持っていく必要があるのかと、慎二は思った。
それと同時に、そんな小賢しいことをするのなら、一定の警戒心は持っておいた方がいいとも。
『実は、この街に危機が迫っている』
「なんか特撮第一話みたいな話になってきたな」
『実際近しいモノではある』
「近いの!?」
適当に放った言葉を肯定されて驚く慎二。
だが、それもまた無理もないだろう。
いきなりそんなフィクションじみた事を言われては、誰だって驚いたり困惑したりする。
『私の存在があるのに、ソコに驚くのは今更ではなかろうか』
「確かに今更だと思うけど、君が言う事じゃ無い」
確かに、と画面上で腕組みしながらうんうん頷くユニコーン。
ぶっちゃけ、これほどスムーズな会話がAIと出来ているというだけで確かにフィクションじみていると、現実離れしていると慎二は思った。
「それで、具体的な危機って何?」
これなら誰かが側から見ても違和感を感じないだろうと、歩きながらイヤホンを取り出してスマホに接続する慎二。
イヤホンから響くイッカクの声に耳を傾けながら、視線を前に向けて歩く。
『此処とは違う次元から、招かれざる客が来ている。そして、彼等がこの街を遊び場にしようとしているのだ』
「遊び、場?」
『彼等は悪意ある人間に贈り物をして、それによって不幸に陥る人々を見ることを娯楽としているのだ』
「趣味の悪いコトで」
『君たち人間も蟻の巣に水を流し込んで遊ぶだろう? 彼等にとっては同じようなモノさ』
「──つまり幼稚ってコトか」
『違いない』
慎二の皮肉に、イッカクも同調する。
『だが、その幼稚な遊びでとんでもないことが起こるのだから、笑ってはいられまい』
慎二は考える。
この際、信じる信じないという問題は傍に置いて置くとして──だ。
「だからといって、俺に何が出来るって」
彼は思わず、くしゃくしゃと頭を掻く。
「自慢じゃないけど、俺は選ばれし戦士的なモノから縁遠いタイプの一般人だぜ?」
特別な才能があるわけでも、優れた血統を持っているわけでもない。
ごくごく普通の、その辺にいる只のフリーターだ。
そんな異次元からの刺客みたいな奴らに対して何かが出来ると、彼はとてもじゃないが思えなかった。
「そりゃ、特撮好きだしヒーローには憧れるけど、出来る出来ないの問題は別だろう」
『好きなのか、特撮ヒーロー』
「そりゃ勿論!」
そもそも件のコンビニ強盗に鉢合わせた事も、限定グッズの精算をする為に立ち寄ったことが原因であったのだ。
──特撮ヒーロー。
子供たちとかつて子供だった大人たちの永遠の憧れ。
少々特殊な家庭環境だったこともあり、慎二は幼少期から大の特撮好きであった。
「それでも、火の粉を払う為にやむ無くみたいな場合じゃない限りは──」
「──見つけたぜ!」
突然、背後から怒りを滲ませた叫びで慎二は呼び止められる。
驚いて振り返るとそこには──。
『早速、火の粉が降りかかって来たな』
「アンタは──!」
振り返った先にいたのは、プリンみたいな髪色をした少々ヤンチャそうな容姿の青年だった。
「──誰ですか?」
全然、慎二の知らない顔であった。
頭に特大の疑問符を乗っけて首を傾げるが
「忘れたとは言わせねぇぞ!」
「いやだから誰ぇ!?」
全く心当たりがない慎二は焦る。
「本当に全く顔に覚えが無いんだけど」
そこまで言ってある事に気がつく。
確かに顔に覚えはない──顔には。
逆に声には、声は思い出した。
その怒声はつい最近間近で聴いたばかりだったと。
「あ、強盗そのニ!」
今朝の二人組のコンビニ強盗、その手下っぽい方。
もう一人をアニキと呼んでいた方の声と非常に似通っていた。
「テメェのせいでアニキが捕まっちまったじゃねえか!」
事件発生から半日で犯人逮捕したんだ、と慎二は内心驚いた。
日本の警察は優秀だと思った、が。
「半分はまだ逃げてるじゃん」
しかもどうやら復讐しに来てる。
ちょっとヤバいと、冷や汗が滲み出るのを慎二は感じた。
じりっと半歩後ろに下がって、いつでも逃げ出せる心積りをして相手の出方を窺う。
何故その正体がわかって一目散に逃げなかったかと言うと、相手の様子が尋常ではなかったからだ。
目の前の青年は、今朝方に現金を詰めたあのカバンともう一つ大きなスーツケースを持っていた。
血走った目は兎も角として、復讐しに来たにしてはやたらと大荷物だ。
そこに不自然さを、何より背を向けることへの強い危機感を慎二は感じた。
「よくもやってくれたよな!?」
青年はそう言うと、コンビニ強盗した時のカバンを開けてその中身をぶち撒ける。
道路にばら撒かれた硬貨や紙幣には、どれもオレンジ色の塗料が大量に付着していた。
あの時、慎二はカバンの中にコンビニレジに備え付けてあった防犯カラーボールをこっそり中に忍ばせていたのだ。
そして、カバンで殴ることで中でカラーボールを爆発させることで現金に塗料を付着させる。
防犯カラーボールの塗料は特殊な塗料なので、専用の道具がないと洗い落とせない。
その為、彼等が苦労して手に入れた金はまるで使い物にならない代物と化していた。
更によく見ると、中がどうなっているかも知らずに手を突っ込んだであろう青年の手も、オレンジ色に着色されていた。
「アニキは捕まるし、せっかく手に入れた金は使えねぇし!」
青年の手についた塗料も確たる強盗の証拠になるから、捕まるのも案外時間の問題になりそうだった。
「せめて自首すれば刑期軽くなるかもよ?」
「うるせぇ」
額に血管が浮き出るほどの怒りを滾らせながら、青年が慎二に見せつけるようにスーツケースを前に出した。
──それは、奇妙なスーツケースであった。
通常は強度を上げる為の凹凸がある筈なのに、それは磨き上げられた鏡のように平坦で真四角で、色も見ようによっては赤にも青にも見える。
キャリーとキャスターが付いているから辛うじてスーツケースだと認識できると言えるほどに、ソレの造形は奇妙であった。
『不味いな』
「おい、このタイミングでフラグにしかならない台詞吐くんじゃない」
「どうせもう終わりなら、テメェぶっ殺しついでに暴れ散らかしてやンよ!」
「──"怪着"!」
その一言がキーワードとなり、スーツケースの鏡のような四面が泡立ち、スライムのような粘液状態になって青年の身体に纏わりつく。
ギュルギュルという異音を響かせて纏わりついた粘液はその形を彼の身体に合わせて変化させ──。
「う、そだろ」
──瞬く間にその身を、怪人へと変貌させていた。