4-6「戦え、ソシャゲイザー!」
柔らかい風が頬を撫でる。
最近まで続いた茹だるような残暑と、そして昨日の燻るような曇天が嘘みたいな、正しい意味での小春日和と言えるような涼しくも温かく過ごしやすい日和。
「もう秋かぁ」
『残念ながら明日からはまた残暑が戻る予定である』
「水を差しやがって」
イッカクによる残酷な報告を口を尖らせながら聞く慎二。
あの激闘から一晩が立ち、今は仕事の合間の休憩時間。
外で食後の一服と洒落込んでいた。
一服と言ってもその手にあるのは、安い缶コーヒーである。
店の裏手、外壁に寄りかかって木陰で缶の縁を指でなぞる。
「最近、空きっ腹にブラックコーヒー流し込むと胃が荒れるような気がするんだけど、歳かな?」
『歳だ』
「そっかぁ、無慈悲だなぁ」
半額弁当を詰め込んだ胃に、無糖のコーヒーをずずっと啜って送り込む。
若さ、というのは気が付かないうちに失うものだと慎二はしみじみと憂う。
いや、時間と共に失うモノは若さだけとは限らない。
その事を、慎二は知ったばかりだ。
「好きだったモノとか、情熱を傾けてていた事とか、そういうのも何処は」
無くしてしまうのか、という続きの言葉を吐く勇気がなかった。
ソレは昨日を経た今日だからこそ、口にするのを憚られる言葉だったからだ。
和泉鏡太郎のが変化した竜頭怪人を、彼の妄執ごと撃ち倒した。
だが、そソレは本当に妄執だったのか?
あれはただ、現場の苦労を知らないイチファンによる幻想の押し付けに過ぎなかったのではないか?
そういう迷い、もしくは後悔といえなくもない感情が未だ心中で渦巻いていた。
だからこそ、慎二は軽率にその言葉を吐く事が出来ない。
誰に聞かせる訳でもない、この一人の時でさえ口に出来ないと言うとこが彼の優しさであり誠実さでもあり、無駄な繊細さでもあった。
『そういう場合もあるだろう』
しかし、イッカクは憂慮しない。
人間ではなく、感情もないシステムの化身故に。
だからこそイッカクは、ヒトが躊躇いかねない一線を敢えて無視して飛び越える。
『それこそ、多くの子供達がやがて特撮を卒業するように。変わらずに居続けることは、人間に取っては非常に困難な事だ』
「それは、まぁ」
『変わらない事は悪では無い。だが、正しい事でも無い』
突如、哲学みたいな事を言い出したAIに慎二は眉を顰める。
『人の想いに正解は無く、善悪も無い。だから君が昨日の事を憂う必要など全くない』
時代や人間性の変化というモノに、絶対的な善悪や好嫌の尺度を落とし込む事は出来ない。
あくまで個人的かつ相対的にしか判断出来ず、考えても答えは出ない。
ならば、考えるだけ時間の無駄であると合理性の化身が宣う。
『昨日のは押し付けでは無くディスカッションだったと捉えるのもひとつだ』
「ディスカッション」
『ディスカッションで勝っただけ』
その言葉を聞いて、思わず慎二は吹き出した。
随分とまぁ、肉体言語主軸の討論会もあったものである。
イッカクの主張は理に適っているが、やはり慎二はこういう感想を抱くしか無い。
「やっぱり、だいぶ無神経じゃない?」
『そもそも神経が存在しないが?』
「ははっ、言えてる」
顔を上げると、まだ夏らしさの残る清々しいまでの晴天が広がっていた。
なんとなくだが、少し気分が晴れた気がした。
「ありがとな、イッカク」
『なんの話だ?』
「なんでもない」
なんて事ない雑談がひと段落ついたその時であった。
少し離れた場所で、金属の扉が開くのが背中越しに振動でわかった。
振り向いた先にいたのは、和泉鏡太郎。
「休憩中すいません、店長が呼んでます」
影があるその顔は、昨日と少しも変わっていない。
あれだけの激闘があったのに怪我もないのはよかったが、心境の変化も読み取れない。
いや、もしかしたらそんなのは無いのかも知れない。
「──たかが、ディスカッションに負けただけだしね」
「何の話ですか?」
「何でも無い」
それでも良いと慎二は思った。
今はもう、それだけで構わない。
「店長なんて?」
「あぁ、その──駐車場の件」
途端に眉どころか顔全体を顰める慎二。
昨日の戦闘で、店の駐車場の一部はアスファルトバキバキに割れた状態となっていた。
無論、放置すればクレームの原因になる為修繕が必要なのだが、修繕費は店の予算から差っ引かれる。
「今朝の店長、発狂してたなぁ」
休憩前に見たこの世の終わりみたいな姿を思い出し、慎二はぶるりと身を震わせた。
アレは新人時代に商品の発注単位を間違えてしまった時以来かも知れない。
「いや、絶対あの時よりやばいだろ」
『安心しろ、証拠は一切残してない』
「言い方が犯罪者のソレ」
器物破損という罪を正しく犯しているのだが、不可抗力的な面もあったので大目に見てほしいと慎二は内心で懺悔する。
「多分、心当たりを聞かれるだけかと思いますが」
『本年度の主演男優賞をも狙える演技を期待する』
「無茶言うなぁ」
ストレスに後頭部をガリガリと掻いて、慎二は店内へと歩き始める。
胃が急に痛みだしたのは、絶対にさっき飲んだコーヒーのせいだけじゃない。
憂鬱な心持ちで向かうその背に。
「あと昨日は──ありがとうございました」
かけられた言葉は届いた。
そのありがとうはどういう意味か。
これ以上、怪人として罪を重ねなくて済んだからか。
それとも──。
『シンジ』
一瞬立ち止まってしまった歩みを、イッカクの言葉を聞いて再開させる。
よし、と過去一の強敵の下へ向かう慎二は、
自分を鼓舞する為の口上を謡い上げる。
「戦え、ソシャゲイザー!負けるな、ソシャゲイザー!悪を打ち倒すその日まで!」
ヒーローを鼓舞するナレーション口上はやはりこうだよな、と自画自賛するのも束の間。
『今回に限れば、我々が悪だ』
「いやお前さ、誰の味方!?」
イッカクにより水を刺されて、気分を挫かれた慎二はまだ見ぬ先行きへと不安を募らせ始めたのであった。




