4-5 「正義の後継、ソシャゲイザー!!」
午前零時。
一般道脇の街灯の光も満足に届かず暗いスーパーの駐車場。
サッカー程度なら余裕で出来る広さのあるソコに二人の影が立つ。
傍に怪しげな箱を携えた鏡太郎と、胸に決意と秘策を秘めた慎二。
「言いたいことは日中に全部言った。さっさと始めるか」
敵意をむき出しにする鏡太郎に対し、慎二は言葉では無くスマホを構えるという臨戦態勢で応じる。
「【怪着】ッ!!」
「【変身】!」
両者がそれぞれに叫んだ次の瞬間、戦いの火蓋は落された。
暗闇に奔る閃光。
両者が変わった瞬間に振るわれた竜頭怪人の蛇尾を、ソシャゲイザーの手刀が弾く。
ざらりとした尾の鱗が手の装甲と擦れて派手な火花が散り、暗闇の戦いに花を添える。
「ちっ」
不意打ちを防がれて舌打ちをした竜頭怪人は一時的に距離を取ろうと後ずさる。
しかし、ソシャゲイザーはソレを許さない。
距離を詰めようと力を込めて大地を蹴ったその瞬間に、ソシャゲイザーは仮面の下で目を見開いた。
自身のあまりの身体の軽さに、だ。
ソシャゲイザースーツによる身体能力の補強、強化の倍率言うべきか。
それが、今までより遥かに強い。
体感1.5倍くらいだろうかとソシャゲイザーは思った。
「おらぁ!」
漲る有り余るパワーをそのまま乗せた、渾身のドロップキック。
揃えた両足が叩き出したその威力は、両腕をクロスして蹴撃を防御した竜頭怪人の肉体をまるでビリヤードの玉のように弾き飛ばした。
「──なんかすごくない?」
『当然だ』
自身想定以上の攻撃力に驚くソシャゲイザーとは反対に冷静なイッカクは、そのパワーアップのカラクリを彼に説く。
『自分の胸を見てると良い』
「俺が女性だったらセクハラだなそのセリフ」
ソシャゲイザースーツの胸部アーマー、その中心部。
己のやる気を力に還元すると言われていたコアの部分──E.S.ドライヴが、かつてない程強い光を放っていた。
『今が一番、モチベーションが高いのだから、その分強くなっているというだけだ』
「了解。リベンジマッチで燃えない性質でもないしな」
「確かに基礎スペックは上がったようだが」
ダメージから回復して起き上がった竜頭怪人は、姿勢を低くしながらソシャゲイザーへむけて突貫する。
「それだけで勝てるとでも思ったかッ!!」
走力を乗せた拳がソシャゲイザーへ振るわれる。
その拳に対して引いて躱すではなく、ソシャゲイザーは更に前へ出る。
「全然!!」
お互いの拳が交差する、クロスカウンター。
痛烈な一撃を頬に受けて尚、仮面の下で笑みを浮かべたソシャゲイザーはそこから組みつこうと、更に一歩身体を寄せて胸ぐらへと手を伸ばす。
「しつこい!」
先の戦闘でも見せた戦法。
ヒーローらしい戦い方ではないと自らが宣っておきながら、繰り返されるそのやり口に竜頭怪人は少しの苛立ちを覚える。
竜頭怪人もまた馬鹿では無い。
それまでソシャゲイザーが相手にしてきた半ば理性の蒸発した輩とは違う。
故に、同じ手は喰らわない。
掴みかかろうと突き出されたその手へ向かって、竜頭特有の人と比べて巨大すぎるその顎をかっ開く。
──噛みつき。
ズラリと生え揃った鋭利な牙が、ソシャゲイザーの右腕に齧り付く。
そこから食いちぎってやらんとばかりに顎に力を込める竜頭怪人。
だが、今のソシャゲイザーはその程度では怯まない。
「がぁぁぁぁぁ!!」
ソシャゲイザーは、痛みを振り切る為の咆哮をあげる。
腕に噛みつかれているということは即ち、頭部を含めた身体の位置が固定されているということ。
そして、それでいながら視覚視野も固定されているということ。
ガラ空きの胴体へ目掛けて蹴りを入れる。
続け様に方向を変えて二度、三度。
竜頭怪人の身体へ、まるでサンドバッグにするように執拗に蹴撃を叩き込み続ける。
牙を離さなければ蹴撃は視野に入らない、まともに防御することもままならない。
一撃ごとに牙の隙間から痛みに耐える嗚咽が強くなる。
そして五発目の蹴りが脇腹へと刺さった瞬間にその牙は腕を離れる。
「顎関節症にご用心!」
瞬間、鋭いアッパーカットが疲れ切った顎を捉えた。
まさに、渾身の一撃。
竜頭怪人は一瞬だけ視覚に白点が散らつくのを感じた。
だが、それもあくまで一瞬。
「シャァァァアアッ!!」
竜頭怪人が苦し紛れに、最大の武器である蛇尾が空を切って唸らせる。
しなる鞭のように振るわれた尾は、したたかにソシャゲイザーの身体を打ちつける。
弾けるような強烈な音と共に、打ち据えられた彼の肩部装甲の一部が爆ぜ飛ばされた。
「ぃッ!」
鞭というのは拷問用具であり武器では無い。
痛みと音で苦しみを与えるのが主目的であり、殺傷能力自体は低い──はずであったが、竜頭怪人の蛇尾はそうでは無かった。
純粋に速度と硬度を超強化された一撃は、鞭のようでいながら鞭をも凌駕する威力を発揮していた。
その振るい方で充分な有効打になるということをこの瞬間にソシャゲイザーだけでなく、竜頭怪人自身も気付かされる。
『気をつけろ!』
肩を骨ごと砕かんばかりの衝撃を受けて仰け反ったソシャゲイザーに対し、その隙に数歩分の距離を取った竜頭怪人が尾を振るい追撃をかける。
長いリーチにしなるというおよそ鞭以外では眼にすることもない独自の挙動で放たれる攻撃は、間合いの判別が非常に困難である。
一撃が通常の比ではない威力があるソレを続け様に振るわれたソシャゲイザーは──。
「不意打ちじゃなければ」
悠々とソレらを回避した。
わかりづらい鞭の挙動を完全に理解し、連続して放たれた痛撃をその身を華麗に翻し回避し続ける。
「何故だ!?」
想定外の回避率に、焦りを滲ませる竜頭怪人。
『鞭の攻撃は──』
「──予習済みだコノヤロー!」
以前戦った鷹茄子怪人。
あの怪人の基本戦術が複数の触手を鞭のように使った範囲攻撃であった。
その攻撃を経験していたソシャゲイザーにとって、本数が減った蛇尾の攻撃を回避することは。
『雑作もない』
ソシャゲイザーの鼻先三寸を蛇尾が掠める。
風切り、一歩。
風切り、一歩。
風切り、一歩。
蛇尾が風を切り落とす度、ソシャゲイザーは少しずつ竜頭怪人へと距離を詰めていく。
ソシャゲイザーには手持ちの武器は無い。
それ故に彼の通常攻撃の有効距離は両手を伸ばした程しかない。
だからこそ、着実に距離を詰める。
蛇尾での攻撃が通用しなくなったと見るや、竜頭怪人は戦法を変更する。
「それならソレでッ!」
アンカーのように地面に蛇尾の先端を打ち込んで、竜頭怪人は迫り来るソシャゲイザーに向かって駆け出した。
怪人の脚力を活かした瞬間的な加速と、そこからの──。
「借りは返すぞ」
──渾身のドロップキック。
先程ソシャゲイザーが放ったソレと比べて助走が足りないが、その分防御や回避を行う暇は無い。
攻撃というより足関節を上手く使った押し出すといったドロップキックをくらい姿勢を崩すソシャゲイザーに対し、放った側の竜頭怪人は蛇尾を上手く伸縮させて空中で姿勢を整えて再攻撃へと移行してきた。
充分な高さからの踵落としが、ソシャゲイザーへと炸裂する。
「く、このっ!」
左腕で踵落としを受けて、反射的にその足を掴もうと伸ばした右手は空を切る。
バンジージャンプの命綱を彷彿とさせる運用で、蛇尾を使い竜頭怪人は瞬時にまた距離を取ったからだ。
鞭的な運用ならまだしも、戦闘補助で用いられると更に厄介だ。
蛇尾を機動に使った一撃離脱戦法の恐ろしさは前回の戦いでも身に染みていた。
──だからこそ、ソシャゲイザーはここで切札を切る。
「貴方は、大事な事を忘れている」
「何?」
「ダイリュウガンは、貴方だけのモノじゃない」
瞬間、ピシリと空気が張り詰める。
「貴方にとっては目障りな過去でしかないかもしれないが、俺に取っては幼少期の憧れだ」
自然と言葉に熱が入る。
「貴方たち大人も大変だろうけど、子供だって大変なんだよ。辛いことも苦しいことも、悲しいことだって山程あるんだよ──けど、ダイリュウガンが側にいた」
自然と脳裏に過ぎるのは、暗い部屋。
菓子パンの包紙が散乱したひとりぼっちの部屋で、唯一輝くテレビを凝視しつづけていた時代。
「心の中に貴方が居たから。悪い事をしようとしても、人を傷つけてしまいそうになった時でも、心の中で貴方が寄り添ってくれたから踏み止まれたッ!!!!」
鏡太郎は自身が成功出来なかったが故に、自身の全てを自己否定した。
しかし、そうでは無い。
鏡太郎自身が認識出来ていなかっただけで、そうでは無いのだ。
そもそも、人気がなければ時を隔て再度脚光を浴びることなどない。
シリーズ再開を推し進めた人も、あの遊園地でのヒーローショーをしようと決めた人も、きっと全員あの日のダイリュウガンが好きだった子供たちだったのだ。
「貴方は紛い物だなんだと自称するけど、アンタに貰ったモノは、間違いなく俺たちにとっては本物だった」
ダイリュウガンの活躍は、彼らの心に今もなお礎として深く刻まれている。
「紛い物だって、黒歴史だって言われたってそこだけは絶対に違わない」
あの人あの時、必死で駆け抜けて来た日々は無駄では──ない。
「苦しい時も悲しい時もしんどい時も、アンタから受け取った愛とか勇気とか正義とか」
だからこそ、かつてのヒーローにかつての少年が叫ぶ。
「ずっと俺たちを支えてくれていたんだ。これからもずっと心にあるんだ」
──その心を、愛と呼ばずになんと呼ぼうか。
仮面越しでもわかる真剣さ。
そして飾らない言葉、飾らない想いに竜頭怪人は怯む。
いや、気圧される。
自身の中にあった価値観が揺らぐ。
思わず一歩後ずさる竜頭怪人とは対照に、ソシャゲイザーはダメージに屈して折っていた足を持ち上げてコンクリートの大地を強く踏み付けて立ち上がる。
「そういえば、まだ名乗ってなかったっけ」
そうひとりごちると、彼はいつもの決めポーズと適当な課金標語を口にしかけて。
「課金は呼吸──いや違うな」
はたとやめる。
「いつもと同じじゃあ、締まらないか」
ここで名乗るのならいつもと同じではいけないと、彼は構えを変える。
かつてダイリュウガンが名乗りと共に取っていた構えを取り、そして声を張り上げる。
「──正義の後継、ソシャゲイザー!!」
慎二の名乗りを、竜頭怪人 は黙って見ている。
自身がかつて蒔いた無数の種の一粒が芽吹いたその姿を、驚くほど冷静に受け入れていた。
竜頭怪人自身も、自身のその心境に内心少し驚いていた。
ほんの少し前までの己だったならば、怒り狂っていたとしてもおかしくなかった筈だ。
ならば、このまま倒されるか──それは否だ。
竜頭怪人の胸に灯る憎しみの炎は消えない。
和泉キョウの足跡を消したい、ダイリューガンという存在を消し去りたい。
「やってみろよ、自称後継」
──なにもかもを全部ぜんぶ破滅しまいたい。
「俺の後悔を破滅願望を、粉砕してみせてくれ」
怪人としてではなく、ひとりの元ヒーローとして彼は懇願する。
「悪役を倒してくれ、ヒーロー」
「任せてくれ」
瞬間、疾駆。
重課金戦士ソシャゲイザーと竜頭怪人の最後の攻防が、始まった。




