3-6 『切り替えが早い』
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「最悪だ」
慎二は帰宅して早々、そう呟くと久々の自己嫌悪に畳の上に五体を投げ出した。
こう見えて真城慎二という男の精神構造はシンプルである。
その日その時を真摯に決断して生きているが故に、後に引く後悔など殆どしない。
振り返るとそうではなかったと思うことは多々あれど、それはあくまで答えがわかったから言えること。
割り切りが早いともいうが、故に彼は自身の過ちをうじうじ反芻し続けるタイプの人間ではなかった。
ないのではあるが、流石に直近の失敗を悔やむこと自体は稀にある。
「しくじった」
鏡太郎の浮かべた嫌悪の表情が脳裏をよぎり、深い溜め息が口の端から漏れ出てくる。
結局あの後は思うようにコミュニケーションが取れず、そのまま退勤といった形になってしまった。
心の距離を縮めようとした行為が、かえって隔たりを深めたような結果になってしまったのは流石に堪える。
「いや、違うかもしれない」
五体を投げ打ったまま、もぞもぞと顔を上げる慎二。
「俺は、俺の好きなモノをあそこまで嫌う人を見てショックを受けたのかも」
そう考えると尚のこと罪深い。
仲良くなろうという大義名分を掲げて、自分本意でしかない行動をしたということなのだから。
自己嫌悪に「ぐおぉぉ」と腹を下した熊のような呻き声をあげ、ひとしきり身悶えした後。
慎二は、ぴたりと動きを止めるとすっと身を起こした。
「次の出勤日に、ちゃんと謝ろう」
反省時間、終了。
そして慎二はそそくさと台所へ向い、食事にしようと炊飯器に手をかけた。
『切り替えが早い』
そのあまりの切り替えの早最終に、畳の上に放り投げたままのスマホから思わず声を出すイッカク。
さっきまで散々引きずっていたとは思えないほどあっけからんとした表情で、茶碗にご飯をよそっている彼を見て、画面上のアニメ調アバターのイッカクは訝しげに目を細める。
人間ではないが故に人間らしい振る舞いには詳しい彼からしてみれば、あまりに感情の切り替え──オン/オフがはっきりしている慎二の姿に少しの非人間性を感じざるをえなかった。
『(いやしかし、この点もシステムの選定理由の一つなのかも知れない)』
自身の悪感情を引きずらないこと、それも正義の味方に必要な才能であると。
もっとも、慎二を選定したシステムとイッカクは別物であるから真相はわからないのであるが。
「んー、なんか言った?」
『なんでもない』
ちゃかちゃかと卵かけ御飯をかきこむ慎二に対して、イッカクは短くそう返事を返した。




