0-3 「平和へ課金したって感じかな?」
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「腹、減った」
残暑がようやく過ぎ去った9月末。
とある地方都市の片隅にあるアパートの一室にて、男が畳に五体投地したまま無力に呟く。
年齢は二十台後半、野暮ったい癖のある黒髪に何処か幼さの残る目元をした青年だ。
黒いジャージ一式を着たまま、一歩も動けない──否、一歩動く体力も無駄に出来ないと窓から差し込む斜陽を仰向けのまま眺めていた。
「明後日、明後日は給料日。まぁ、まず明日の飯代すらないのがヤバいけど」
この青年真城慎二は現在、端的に言って金欠であった。
元々非正規雇用な身の上で収入も同年代と比べて若干物足りない程度ではあったのだが、それでもとある理由で今月は金が無い。
なら、無いモノは増やせないので絞り出すしかない。
そして日々の出費の中で最も絞り出し易い部分は何処かと言えば、やっぱり食費なのである。
切り詰め切り詰めした挙句、最後の手段は我慢となるのはなまじ基礎体力に余裕がある成人男性のサガか。
それでも空腹は限界だし、冷蔵庫の食材はもう無し、米櫃に米も無しで割と万事休していた。
無駄に考え事するのもカロリーの無駄と思い始めたその時、部屋のインターホンが鳴った。
「まじか」
動きたく無い、だが動かざるを得ない。
渋々と言った程で起き上がり、のそのそとした緩慢な動きで玄関へ向かう。
「あい、どちら様で」
ガチャリと扉を開くと、目の前には一人の少女が立っていた。
黒く長い髪とマゼンタのインナーカラーが目を引く、涼しげでシニカルな雰囲気の漂う少女である。
年齢は十台半ばくらいで、高校の制服であろうモスグリーンのブレザーを身に纏い、首や指に複数のシルバーアクセサリーをつけた派手目な格好をしている。
少女は彼の顔を見て少し丸く目を見開いた後、すぐに眉間に皺を寄せる。
「相変わらずですね、叔父さん」
「エンジュちゃん、実は絶賛絶不調中なんだけど、それが相変わらずなら普段から俺はどれだけ陰気な顔をしてるんだい?」
淡々とした対応の姪──真城縁寿に対し、自虐を絡めて幾分柔らかく対応する。
「今日はどうしたの──まさか!?」
「えぇ、多分予想の通りです」
ムスッとした表情で彼女がズムっと扉の隙間から差し出してきたのは、大きめの紙袋。
その紙袋を受け取ると、ずっしりとした重さが伝わってくる。
紙袋の中を覗き込んで、は思わずガッツポーズを取った。
「ママからのお裾分け」
「や、やったぁぁぁぁあああ!! 義姉さん愛してるッ!!」
「きも」
アラサー男性の心にぐさっと刺さりそうな言葉を吐くものの、今の慎二にはノーダメだった。
紙袋の中には色々なオカズがタッパーに分けられてギッシリと詰まっていたのだ。
彼の命と明日の活力が繋がった瞬間である。
そんな年甲斐もない叔父の姿を見ながら槐は嘆息する。
「また無駄な特撮グッズ買ったんですか、良い大人が生活費切り崩してまでやることじゃないと思いますが」
「ご、ごもっともで」
年下の少女からの厳しい視線に対し、彼はさっと視線を逸らす。
「けど今回はちょっと違うから、有意義だから!」
「何したんです?」
「いやまぁ、ちょっと平和へ課金したって感じかな?」
慎二の意味不明な弁明にツカサは眉間に皺を寄せて首を傾げた。
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真城慎二、二十七歳男性フリーター。
彼はアプリ「ソシャゲイザー」を使って正義のヒーロー"重課金戦士ソシャゲイザー"に変身し、人知れず街の平和を守っているのだ。
──渋々、身銭を切って。