0-2 「さぁ、ガチャの時間だ!」
「重課金戦士ソシャゲイザー!!」
名乗りを上げた瞬間、彼の後ろで爆発──みたいなホログラムエフェクトが発生する。
その様子は正しく、日曜朝に子供たちが目を輝かせて見るヒーローであった。
「と、言うわけでオジサンは安全な場所へ早く逃げて」
彼──ソシャゲイザーが振り返りながら後ろにいる筈の男性に声をかけようとして、ある事に気がついた。
例の男性は、あまりの恐怖に口から泡を吹いて既に気絶してしまっていたのだ。
「こっちも蟹みたいになっちゃったよ」
『誰が上手い事言えと』
突如、ソシャゲイザーの言葉に反応する姿なき第三者の声が発生した。
「我ながら中々だと思うけど?」
『座布団一枚未満』
「辛辣っ!」
「キサマ サッキ カラ ヒトリ デ ナニヲ?」
「気にすんな、こっちの話」
しかし。怪人には彼に話しかける謎の声が聞こえていない。
その正体は、ソシャゲイザースーツに組み込まれたサポートAI「イッカク」であった。
「それでお前は、サルカニ怪人? 被害者と加害者ガッチャンコしちゃった系?」
グリグリと肩を回して、軽く準備運動をしながら言うソシャゲイザー。
「ワガ ナ ハ──」
「あー言わなくていいよ、蟹の口はそもそも発声向いてないんだから聞き取り辛い」
平手をシッシと振りながら怪人の言葉を無碍に扱う。
その不躾なリアクションに怪人は怒りの声を上げた。
「ナニヲ!?」
「──それに」
準備運動を終えて軽く息を吐いた彼は、怪人の異様を真っ直ぐに見据えてこう告げる。
「すぐに倒す」
胸部に埋め込まれた炉心──ソシャゲイザーの力の源であるESドライヴからの光が強くなる。
瞬間、ソシャゲイザーは地面を蹴り、高く跳躍した。
「ナッ!?」
助走無しで自身の身長より遥かに高い位置まで跳び、その高低差を活かした飛び蹴りを放つ。
怪人は咄嗟に甲殻に覆われた右半身を前に出して防御の構えを取るが、それは正しく悪手であった。
高低差からくる位置エネルギーを加算した蹴撃は、受けた怪人をあっさりと弾き飛ばす。
しかしそれは蹴り飛ばしたソシャゲイザーも予想していなかった姿であった。
「ありゃ、殻ごとぶっ壊す気で蹴ったのに」
『それだけ硬いということだ』
そう、衝撃に身体が弾き飛ばされたとはいえ、彼の攻撃を受け止めた甲殻には傷ひとつない。
甲殻の硬さは、中々のモノであった。
「じゃあ甲殻のない猿の部分を攻撃するのがベストか」
『気をつけろ、猿の握力なら手足が潰れかねないぞ』
「おっかねぇ」
口では恐ろしいと言うものの、ソシャゲイザーは仮面の下でニヒルに笑う。
「グル ァ !!」
怪人が立ち上がり、その鋭い鋏を振り上げて襲いかかる。
ソシャゲイザーはその大振り攻撃を半身になって最低限の動きで躱わすと、ガラ空きの腹部に強烈なボディブローをお見舞いする。
そして怪人が反撃に転じようと猿の左手を引いたタイミングで、彼はステップを踏んで距離を取る。
甲殻に覆われた右半身を避け左半身側に移動しつつ、細かく徒手空拳を叩き込み続ける。
そして、敵の攻撃動作を見るなり一旦距離を置く。
イッカクからのアドバイスを受け、ヒット&アウェイを軸にしたコンパクトな攻めを軸に怪人の攻略に取り掛かったのだ。
やがて細かな攻撃を断続的に受け続ける怪人は強い疲労とストレスを蓄積させていき、より攻撃が力任せに大雑把になっていく。
そして──。
「シッ!」
一際勢いよく、彼の首を掴む為に突き出された猿の左手。
それを紙一重で躱し、その左腕に交差する形でソシャゲイザーの左拳が怪人の顎を捉える。
俗に言う、クロスカウンターだ。
「ガ ゲフ」
顎にかなり良い一撃を貰い、軽い脳震盪を起こしてふらつく怪人。
『今だ!』
「あいさ!」
イッカクの指示を受けて、ソシャゲイザーは右腕を掲げる。
その腕にあるのは、変わった造形したガントレット型アタッチメント。
三つのスライド式スイッチとガチャガチャの円形レバーに硬貨投入口がついた様なソレは、ソシャゲイザーの戦術の要となる専用武装"ガチャッチメント"である。
「さぁ、ガチャの時間だ!」
彼の左手には、何処からか取り出した黄金に輝く五百円硬貨。
それをガチャッチメントの硬貨投入口に入れようとして──。
『どうした?』
──動きが一瞬止まる。
「う、うぅん。月末で厳しいが仕方ない!」
一瞬の躊躇いを押して、彼は硬貨を投入する。
【カッキーン!】
ガチャッチメントから硬貨投入を確認した音声が流れ、ソシャゲイザーがレバーを回す。
するとガチャッチメントの表面にホログラムで出来たカードが出現する。
【ハイシュツ SR 】
「よし来た、アタリ!」
ホログラムカードをタップし、真横にスライドさせる。
するとソレが巨大化し、彼の背後に再出現。
カードの表面には赤い文字でSRとデカデカと記載がある。
見るからに必殺技が来る、と怪人は頭では理解したものの未だに身動きが取れない。
──端的に、万事休すという奴である。
胸の炉心から放たれる光が更に活性化すると同時に、彼の右腕がバチバチという音と共に青白い雷光を纏う。
そして、ソシャゲイザーが動く。
踏み出した一歩は、コンクリートを砕く程強く。
その強い踏み込みからの、雷光を纏った強烈なボディーブロー。
「必殺、サンダー・ブロー!!」
ドン、と重たい音と共に衝撃波と電撃が怪人の身体を突き抜ける。
その衝撃は怪人の身体を軽く吹っ飛ばし、そして──。
「グ ア ア ァァァァ !!!?」
──爆散した。
それはもう見事に、少し近所迷惑じゃないか心配になるくらい見事に爆発した。
「よし、正義は勝つ!」
やがて、爆発による黒煙が晴れるとそこには怪人ではなく一人の青年が横たわっていた。
そしてソシャゲイザーはその青年に近づいて、軽く彼の状態を確認する。
「うん、気を失ってるだけで中の人も無事みたいだ」
『じゃあさっさと逃げよう、爆破で警察が来る前にな』
遠くで鳴るサイレンの音を聞いた気がして、一瞬ヤベェとつぶやいた彼は、正義の味方っぽくなくソソクサと逃走を開始した。