2-7 「ぎ、ギリギリセーフ!」
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「き、きゃぁあああああああああ!?」
──白昼の校舎に、けたたましい悲鳴が轟く。
それは休み時間の終わり間際、生徒たちがそれぞれの教室に戻り始めた時であった。
「な、なん、何!?」
悲鳴を聞きつけた教師のひとりが、使われていない空き教室へと駆け込む。
「誰だ、何があった!?」
勇ましく扉を開けたその男性教師は、次の瞬間に情けなく腰を抜かしてその場にへたり込んだ。
「ば、化け物がッ!」
得体の知れない容貌をした怪人がそこに立っていた。
ぬるりとした光沢のある紫色の右半身を持ち、あちこちから生えた同じ色の蔦のような触手が数本、ウネウネと蠢いている。
対する左半身は鳶色の羽毛に覆われ、左手は猛禽類の足みたいな黄色い鉤爪になっている。
頭には黄色い嘴がついているものの、全体としてツルッとした目や鼻のない紫色の球体状態。
総じて、非常に不気味な姿をしていたのだった。
「え、いや、私どうなって」
怪人は自分の顔を手で触れながら、自分の姿が変貌したという事実に愕然とする。
「せ、先生!」
何かを訴えようと、腰を抜かした教師に詰め寄ろうとする怪人。
だが、教師はその怪人の正体が生徒であることなど知らない。
「く、来るな!」
怪人側に害意がなかろうと、得体の知れない化け物が近寄ってきただけで人間は恐怖を覚えるモノ。
男性教師は腰を抜かしたまま、這いずるようにして怪人から逃げようとする。
その教師を追いかけて怪人が空き教室から出ようとした時だった。
「美幸!?」
昼食の後に別れて姿が見えなくなった親友の悲鳴を聞きつけて、縁寿が空き教室へとやってきたのだ。
「え、縁寿」
彼女の姿を見た瞬間、先程まで状況に混乱していた怪人の心中でわけもわからず激情が爆発する。
それはまるで燻っていた火種にガソリンをぶち撒けたような、意図的に増幅された激しい嫉妬心であった。
「──え、えぇぇぇンじゅぅぅうう!!!!」
怪人が縁寿の名前を叫ぶ。
強烈な嫉妬心は、もはや殺意と形容しても遜色ない程のドス黒い色で正常な思考回路を塗り潰している。
その怪人は、一瞬で心まで怪人となり果てた。
「ひっ!」
叫び声をあげて向かってくる怪人を見て恐怖を感じた縁寿は、脱兎の如く空き教室から逃げ出した。
唇を強く噛み締めながら、生徒が疎らに残る廊下を全力疾走する縁寿。
「えんじゅぅぅうう、えんじゅぅぅうう!! なんでアナタばぁぁあかぁぁありぃぃいいい!!!!」
そしてその彼女を追いかけて鬼気迫る様子で走る怪人の異様を目撃した生徒たちは、次々に悲鳴を上げた。
瞬く間に、白昼の校舎は阿鼻叫喚といった様相へと変貌したのだ。
「はぁ、はぁ、はぁ!」
息を切らせながら縁寿は走る。
だが、いくら高校生とはいえ少女の体力には限界があった。
一方で化け物と成ったことで無尽蔵のスタミナと高い身体能力を得た怪人は、自身の能力を持て余して中々距離を詰められなかった──が、徐々にそのチカラをモノにしていった。
──そして。
「つかまえたぁぁああ!!」
怪人半身から伸びる触手が、縁寿の身体を捕らえる。
「え、いや、いやぁぁぁぁぁ!!」
するりと縁寿の肢体を数本の細い触手が伝い、絡め取って持ち上げる。
「死ねぇぇえ!」
そして、怪人はそのまま彼女を窓の外へ放り投げた。
ガシャンとけたたましい音を立てて窓ガラスが砕け散り、縁寿は校舎の三階から校庭へ向かって放物線を描いて落下する。
声を上げる間もなく、無数のガラス片と共に背中から地面へ向かって落ちる。
縁寿は自分の死を覚悟する間もなく、呆気なく生涯を閉じようとしていた──が。
「ぎ、ギリギリセーフ!」
──落ちるその背を優しく抱き留める手があった。




