2-6 「見返りが欲しくてやった事ではないけど」
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前半の勤務を終えた慎二は、棚落ちで三割引きになっていた変な味のカップ麺を休憩室にでずるずると啜っていた。
『ところで』
そんな中、テーブルの傍らに置いたままのスマホからイッカクが声を発する。
「うん?」
『シンジ特撮が好きになったキッカケ、とはなんだ?』
それは、唐突な質問であった。
「何、藪から棒に」
訝しげに眉を顰め、割り箸を食べ終えた容器に入れてから彼はイッカクに視線を向ける。
スマホの画面では、二頭身のユニコーンが腕組み──みたいなポーズをしながらこう続けた。
『知れば今後のソシャゲイザーのアップデートに反映できることがあるかもしれないと思ってね』
「ふーん?」
ソシャゲイザーのチカラは変身者の感情の昂りに左右されるらしいのは慎二も覚えていた。
つまり、特オタ的なオリジンを知ることによってよりコミットした新機能とかを付け足せるかも、ということらしい。
「そんなことより、真っ先に無料ガチャの実装を」
『──善処しよう』
善処する、という「考えるだけ考えるけどする気はない」みたいな反応を返された慎二は、ムッとした表情でスマホに詰め寄る。
「そもそも、何で必殺技が課金ガチャなんだよ」
イッカクは画面の中で渋い顔をしながら、少し申し訳なさげにこう答えた。
『強制的にテンションを上げさせる為、らしい』
「強制的に?」
課金することとテンション上昇に関連性が見出せない慎二は頭上に疑問符を浮かべる。
『つまり、ソシャゲの課金ガチャや競馬やパチンコで勝つとどう感じる?』
「よっしゃぁああああ!! 脳汁出るわって、──あ」
『テンション、上がるよな?』
一瞬、慎二の思考がフリーズし、ふたりの間に沈黙が降りる。
三秒ほどの硬直の後、慎二は思わず大声を出した。
「え、そういうシステム!?」
確かに、理にはかなっていると彼は顎に手を当てて首肯する。
確かに納得はしたが、したが──。
「釈然としない」
人間は理性と感情のふたつの側面を持つ生き物。
理性で納得したとして、感情はどうかはまた別問題なのであった。
『それで、話を戻すが』
「あぁ、特撮好きになったキッカケだっけ?」
慎二は右手で口元を覆い、少し記憶の深い部分を探ってみる。
好きなモノを何故好きになったか、なんて割と根源的な話だなと慎二は思う。
好きなモノを好きな理由──。
それに対して、慎二は結局こう結論付けた。
「まぁ、特に深い理由みたいなのは無いよ。子供の時からヒーローが側にいてくれただけさ」
いつも側にいたから、当たり前にあったから好きになった。
慎二が出した答えが、ソレであった。
「両親は共働き、兄さんは県外の高校で寮生活って感じで、小さい頃は夜になるまで家でひとりっきりってパターンが多くてさ」
「そんな時に、兄さんが昔見てたっていう特撮ヒーローを録画したVHSをずっと──あ、VHSって知ってる?」
『今検索した。数十年前の映像機器か』
VHSとは、四角く中に巻取り式のテープがセットされている旧式の映像記録機器である。
Blu-rayやDVDの前身、と言ってもいいかもしれない。
「そう、それでずっと見てた。ヒーローがいてくれたから、寂しくはなかったかな?」
昔を懐かしむように、遠くに視線を投げかけながら彼はつぶやく。
「だから、その延長でずっと大好きってだけだよ。別に対した理由じゃないだろ?」
大した理由はないと、慎二は微かに笑った。
その笑顔をスマホのカメラ越しに捉えたイッカクは、彼の言葉とは裏腹にソレを大した理由であると認識した。
幼少期に心の隙間を埋めてくれたモノを好きになるのは、当たり前だと。
それは彼の人生観の根底を成したモノの一つになったのではと、イッカクは感じ取った。
「まぁ、そういう経験があったから、昔はよく縁寿ちゃんと一緒にいたかな」
ここに来て、無関係だと思われていた縁寿の名前が出てきたことにイッカクは驚く。
『彼女が何かあるのか』
「単に、縁寿ちゃんが小さかった頃に兄さんたちに色々あって、あまり家にいられなかった時期があったからさ」
──言ってしまえば、幼少期の彼女の家庭にもそれなりの事情があったのだ。
「そういう時、先に家で待っていて兄さんたちの代わりに縁寿ちゃんに"お帰り"って出迎えて、兄さんたちが帰るまで一緒にいただけ」
なんでもなさそうに、慎二は言う。
実際、彼は自分がしたことがどれだけ少女の救いになっていたかは知らない。
「見返りが欲しくてやった事ではないけど、最近の縁寿ちゃんがキツくてちょっと悲しいような、寂しいような」
そう言って慎二は深いため息を吐き出した。
最近のキツい態度は、縁寿が成長して親離れならぬ叔父離れした──と思っている慎二。
世知辛いなぁと残ったカップ麺の汁を一気にあおった所で、イッカクが何かに気がついたように画面上で片眉を上げた。
『そして、食事中に申し訳ない』
「──嫌な予感」
何となく、イッカクがこれから言おうとしている事に察しがついた慎二は露骨に嫌な顔をする。
『怪人が現れたようだ』
「今!?」
慎二がそう大声を上げるのも無理は無い。
何故なら、休み時間は残り三十分を切ってしまっている。
今から怪人退治の為に切った貼ったをした場合、確実に時間オーバーする。
仕事に関しては今まで真面目一辺倒にやってきた慎二にとって、実質サボりみたいなことをするのには非常に強い抵抗があった。
『怪人が出現したのは、この近くの私立神崎高校の──』
瞬間、がたりと勢いをつけて慎二が立ち上がる。
怪人退治へ行くことに難色を示していたのが嘘のような、強い焦燥感と鬼気迫る様子で彼は叫んだ。
「縁寿ちゃんの高校じゃねぇか!?」