2-4 「○すぞ」
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慎二と縁寿。
叔父と姪で特に盛り上がりもない、取り止めのない会話を交わしながら住宅街を抜けた当たりの十字路に辿り着く。
ここが、慎二の勤め先と縁寿の高校への別れ道であった。
慎二は内心、今日も間をもたせられたことにホッと安堵する。
「じゃ、勉強頑張ってね」
当たり障りのない事を言って、笑顔で縁寿に向かって軽く手を振る慎二。
対する縁寿は、何かを言いたそうに一瞬口をもごもごとさせてから──。
「叔父さんも、せいぜい仕事に励んでくださいね」
そんな憎まれ口を叩くと、慎二に背を向けて高校の方へとスタスタと早足で歩みを進める。
「──はぁ」
しばらく進んだ後、彼女はこっそり後ろを振り返って慎二がもうこちらを見ていないのを確認して小さくため息を吐いた。
そして、何か思うところのありそうなアンニュイな雰囲気を漂わせる縁寿に、こっそりと忍び寄る影がひとつ。
「悩める乙女っすかぁ?」
縁寿のすぐ後ろから驚かせようと耳打ちした影──いや、少女。
しかし、その気配をとっくに察知していた彼女は少女が求めるようなリアクションをせず、代わりに冷たい視線と言葉を投げかける。
「うっざ」
冷たい視線と冷たい言葉に一刀両断された少女はさして傷ついた風もなく、たははと笑った。
亜麻色のショートカットに、口元から見える八重歯と快活そうな風貌が特徴的な少女は戸塚美幸。
縁寿の数少ない友人のひとりであった。
「相変わらずエンジェルちゃんは趣味枯れてるねぇ」
ピクリと縁寿のこめかみが反応する。
美幸に嫌いなあだ名を口にされ、縁寿は小さく舌打ちした。
「うっさい」
そう言って腕で軽く彼女の身体をドつくが、美幸は意に介した様子は無い。
いわゆる、いつものじゃれあいの一環であった。
「私はこれで良いのよ」
「良いって顔じゃないけどね?」
美幸の指摘に一瞬表情を曇らせた縁寿。
しかしすぐに澄ました表情を作り直し、断言する。
「──良いの」
その澄まし顔を見た美幸は、何かいい事を思いついたといった悪い顔をする。
「じゃあ、あのオニーサンをウチに紹介してくれる?」
瞬間、縁寿の返答は早かった。
「○すぞ」
冗談半分で美幸がそんな事を言うと、短い返事と共に縁寿が本気の殺気を放ってきた。
ずぞぞぞぞッという効果音と背後に羅刹がいるのを幻視してしまい、美幸は思わず身震いをする。
「怖ッ!?」
恋する乙女の逆鱗に触れる恐ろしさを、美幸は実感した。
「じょーだんだからね!」
額から流れ落ちる冷や汗を拭いながら慌てて誤魔化す彼女を一瞥して、縁寿はまた小さなため息を吐いた。
そう、真城縁寿という少女は叔父である慎二に対して憧れ──を通り越した特殊な感情を密かに有していたのだった。