2-1 「あ、待って糸が! 糸が全然解けな、解けないッ!?」
──朝。
半ば寝ぼけたまま、煎餅布団から身を起こす。
カーテンの隙間から差し込む眩しい朝日に目を細めながら、慎二はぼそりと呟く。
「あ、夢か」
何が、とは言わない。
だが、何となく彼が言わんとしているモノはその場で誰かが聞いていたのなら簡単にわかっただろう。
『おはようシンジ』
──だから、その場にいた誰かが釘を刺す意図を含めた朝の挨拶を彼にする。
「夢じゃなかったか」
まるで二日酔い明けのような気分になりながら、片手で頭を抱える慎二。
手負の熊を彷彿とさせる動きで、のそりと布団から抜け出して台所へ向かう。
適当なコップを手にして、水道の蛇口を捻る。
微妙に鉄っぽい味付けがされている様な気がする水を一息に呷り、ほっとひと息をつく。
何となく目が覚めてきた気がした慎二は、改めて畳に充電コードブッ刺した状態で直置きしているスマホに胡乱気な視線を向けた。
「それで、詳しい説明はあるのか?」
『何から聞きたい』
「まずはそうだな」
腕を軽く組みつつ、シンクに体重を預けながら慎二は軽く思考を巡らす。
聞きたいことは山ほどあるのだが、今日も今日とてこの後に仕事がある。
悲しき資本主義の奴隷にとって、朝の時間は思いの外貴重だ。
つまり質問にさける時間も限られている為、一番重要そうな事だけを今は聞くことにした。
「昨日の怪人、大丈夫なんだよな?」
彼にとっての一番重要な事項──それは昨日倒した怪人の安否であった。
『安心して欲しい』
▽▲▽
「──俺、殺しちゃった?」
『大丈夫だ』
「いや爆発してんじゃん、ここは例の採石場じゃないんだからダイナマイト級の爆発がある、と」
そう言いかけて、ソシャゲイザーはある事に気がつく。
間近で爆発したにしては、やけに余波が少ないような気がしたのだ。
『よく見てみろ』
爆風が晴れ、爆発元の怪人の姿が徐々に露わになっていく。
──そこには、倒れ伏している青年の姿があった。
「あれ?」
そう、怪人に変身した強盗そのニの青年である。
しかも、結構派手に爆発した筈なのに青年に大きな怪我は見当たらず衣服に焦げ目すらない。
「どうなってるんだ?」
まるで狸にでも化かされたかの様な、何とも言えない妙な気分になるソシャゲイザー。
いっそあの爆発は幻覚か妄想だったのでは、と自身を疑い始めた時。
『そんなことより早く逃げるぞ』
「逃げる?」
『爆発を通報されて警察が来る』
「やっぱ爆発してたんじゃん!!」
爆発が嘘や勘違いの類いじゃなかった確証が嫌な意味で得られた。
だが、果たして本当に逃げる必要があるのだろうかという考えがソシャゲイザーの脳裏を過ぎる。
自分はあくまで被害者で──、と思考した瞬間に視界の端で倒れる青年の姿が映る。
「や、待て。これって正当防衛になる?」
確か正当防衛って結構シビアな基準があったような、とこめかみあたりを人差し指でくるくるしながら呟く。
『むしろ、決闘罪に問われる可能性の方が高い』
「げ!?」
事態の深刻さを理解し、すぐに逃走の意思を固めるソシャゲイザー。
正義の味方であっても、国家権力は怖いのである。
アタフタとヒーローらしからぬ慌てぶりで逃げようとして、彼はそのまますっ転んだ。
「あ、待って糸が! 糸が全然解けな、解けないッ!?」
真城慎二という青年がヒーローになった日は、そんな締まらない様で幕を閉じたのであった。