0-1 「月の課金は、家賃まで!」
2023年9月、日本のとある地方都市にて。
そこでは、最近まことしやかに囁かれる二つの都市伝説があった。
一つは、人々を人知れず襲う謎の怪人たちが存在するということ。
そして二つ目は──。
▽▲▽
休日を目前とした金曜深夜の繁華街。
街のネオンや喧騒から一拍置いて行かれたような裏手の道を、程良く酩酊した男性が歩く。
くたびれたスーツに緩めたネクタイ、少し赤ら顔で頭頂部がやや心許なくなっているその中年男性は、いい気に口笛を吹きながら駅へ向かう。
近道だからと人気のない道を選んだのが悪かったのか、「夜に笛を吹くと邪が出る」とも言うのに口笛を吹いたのが悪かったのか。
彼はすぐさま、酩酊によるその赤ら顔を蒼白に染めることになる。
──バチッ、バヂィッ。
彼のすぐ目の前にある電柱の街灯が、不意に激しく点滅する。
一瞬のまばたきのような暗転明転の後、男性はパタリと脚を止める。
彼が足を止めた理由は、至極単純。
瞬く間の内に、街灯の下に突如何者かが現れたからである。
まだ残暑の残る季節だというのに、丈の長いトレンチコートをきてツバの長い帽子を被った不審な何者かが。
「ひっ」
不自然な格好と異様な登場の仕方に、男性は小さく悲鳴をあげる。
絶対にヤバい奴だ、と彼の魂が警鐘を鳴らす。
決して目を合わせぬ様に、ソレに気が付かれない様に──バレない様に。
男性は素知らぬふりで、距離を置いて通り抜けようとした。
「ミ」
非常に短い、音。
とても人間の発声とは思えない、そんな異音を男性は聞いてしまった。
「ミ タ ネ」
瞬間、ソレの身体が膨張して風船の様に弾け飛び、奇妙で怪しく不気味な本性を現す。
右半身は甲殻類の様な赤く硬い殻に覆われており、腕に限っては正しく巨大な蟹の鋏であった。
対する左半身は類人猿の様に毛むくじゃら。
そして頭は、蟹の口を持った赤ら顔の日本猿という不気味極まりない造形をしていた。
甲殻類特有の口元から粘性泡がぶくぶくと泡立ち、猿にしては大きな濁った黄色の瞳ががギョロリと蠢く。
──その怪人は、誰がどう見ても本物であった。
「ひ、ひぃぃぃ!?」
ここまで来てみて見ぬふりを続けられる程、男性は豪胆ではなかった。
血の気が失せた顔で、腰が抜けてその場に尻餅をつく。
そんな彼に向かって、怪人はゆっくりと歩み寄って行く。
「く、くる、来るなぁ!」
必死の虚勢であげる声も、怪人相手には意味がない。
ガチンガチンと鳴るのは恐怖に駆られた男性の歯か、それとも怪人が打ち鳴らす鋏か。
とうとう壁際に追い詰められた男性に、その魔の手が伸びる。
──筈、であった。
怪人が掴み掛かろうと伸ばした腕を横から更に掴む、別な腕。
怪人の有機的な意匠のソレとは異なる、機械的なデザインの腕だ。
「お触りはいけませんぜ、お客様」
ニヒルな口調でそんなセリフが聞こえた瞬間、怪人は強い力で投げ飛ばされた。
柔道の投げ技の様な相手の力を利用した背負い投げではない。
力任せにゴミ袋を遠くへ飛ばす様な、正しくの投げ飛ばしだ。
「ガハッ」
電柱に強く背中を打ちつけた怪人は、痛みに苦悶の声を上げる。
通常であれば人間並のサイズの怪人をそんな力で投げ飛ばすなど、不可能である。
だが、新しく現れた彼にはそれが出来る。
「キ キサマ ナニモノ ダ」
バチバチと光を弾けさせる電柱の街灯の下、立ち上がった怪人は己の武器である鋏をガチガチと鳴らしながら構える。
カツン、カツンと硬質の蹄音を響かせながら怪人の敵が、暗がりから徐々に姿を現す。
黒をベースに所々銀のラインの走ったインナースーツの上から白と青を基調とした装甲が肩や胸、四肢に装着されている。
頭部には一角獣をイメージしたであろう騎士を彷彿とさせるデザインのヘルム。
更に胸部中央には、燦然とした光を放つ炉心が嵌め込まれている。
「そこまで言うのなら、名乗って進ぜよう!」
彼はそう言うと、拳を天高く掲げて叫ぶ。
「月の課金は、家賃まで!」
そして武道の型の様な、良さげな決めポーズを取る。
「重課金戦士ソシャゲイザー!!」
瞬間、何故か背後で派手な爆破が起こった──。
▽▲▽
2023年9月、日本のとある地方都市にて。
そこでは、最近まことしやかに囁かれる二つの都市伝説があった。
一つは、人々を人知れず襲う謎の怪人たちが存在するということ。
そして二つ目は──それらを人知れず退治する謎のヒーローの存在であった。




