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天国の家  作者: せいじ
9/18

第九話   変化

「おはよ~♪」

「あ!おはようございます!沢井さん」

 うんうん、今日もいい笑顔だ。これで課長さえ居なければ、言うことなしだけど。

「沢井さん、出社したらすぐに、第六会議室に来るようにですって」

「え、誰が?」

「もちろん、課長ですよ」

 はあ~、朝からげんなりする。月曜日にいきなりか。朝、真希とは会えなかったし。いや、それは関係ないか。

 真希、どうしてるかな?朝ごはん食べたかな?と、今は仕事だ。集中しないと。

「うん、ありがとう」

「頑張ってください!」

「うん、頑張るよ」

 それで、私は何を頑張ればいいのかな?

 私はよく分からないまま、その第六会議室に向かった。

「失礼します」

 中に入ると、課長ひとりだった。ちょっと、身構えた。

「おはよう。掛けたまえ」

「おはようございます」

 なんだろう、改まって。

「丸山君の企画は知っているかね?」

「はい、だいたいは知っています。確か、地域おこしの企画でしたよね?」

「それは良かった。実は彼のチームの一人が急病でね、応援が必要になった」

 まさか、私に行けと?

「察しがいい君なら分かると思うが、応援を君にお願いしたい」

「いえ、待ってください。今の企画も大詰めです。急に外れる訳にはいきません」

「ああ、それなら遠藤さんに引き継いでもらおう。先方もそれを望んでいるようだし」

「しかし」

「これも仕事の一環だよ。遠藤さんもそろそろ、ひとり立ちしてもいい頃合いだと思う。アイデア出しもしてくれたんだろう?なら、君の後任に適任だと思わないかね?私も極力バックアップするつもりだ」

「はい」

 どうも、決定事項のようだ。ただ、遠藤さんを抜擢するにしても、やり方があると思う。

「では、この資料に目を通すように。遠藤さんには、今日中に引き継ぎをするように。先方への挨拶は、私が付きそうから」

「待ってください、せめて、私が」

「大丈夫だ。すでに先方とも話は付いているし、それに最近の君は定時での退社が多いだろう?用事があるなら、会社も配慮しないとね。ほら、働き方改革をね」

「ありがとうございます。配慮して頂き、感謝に堪えません」

 やられた。すでに根回しも済んでいるようだ。私の居ないところで、すべて終わっていたということか。もしかして、遠藤さんからの呑み会の誘いって、この件の話だったのかな。迂闊だったなあ。

「じゃ、戻っていいよ」

「はい、失礼します」

「君には期待している」

 何が期待だ。人の仕事を取り上げた挙句、体よく追い出しておきながら。

「でも、いい機会かもしれない。遠藤さんには頑張って欲しいし、それに」

 それに真希のこともあるし。確かに、仕事に身が入っていなかったのも事実だから。でも、何かおかしい。おかしいけど、今はそれどころではない。


「遠藤さん。仕事の引き継ぎをするよ」

 遠藤さんの顔に緊張が走った。緊張した顔も、カワイイと思う。いかん、いかん。

「沢井さん、すみません」

 申し訳なさそうにする遠藤さんだが、悪いのは課長であって、遠藤さんではない。

「ううん、平気だよ。それに、遠藤さんだってそろそろメインの仕事をしないと」

「でも、企画をここまでやってきたのは、沢井さんです。申し訳なくって」

「遠藤さん、我々は会社員だよ。業務命令には従う義務があるし、急な異動も珍しくないよ」

「でも・・・」

「でもじゃない。私は平気だから、遠藤さんも頑張って。急なことだから慣れないこともあると思うけど、私もバックアップするし、遠藤さんなら大丈夫だよ」

「はい・・・」

 やばい、遠藤さんが涙ぐんでいる、これって、私が泣かせたことになるのか?いやいや、ちょっと待ってよ。私、いじめてないからね。やめてよね、みんな、私を見ないでよ。いじめじゃないって。

「遠藤さん、ほら涙を拭いて」

 ハンカチを手渡すと、遠藤さんはにっこりしてくれた。

 うん、何だろう?何か違和感があるような。

「ありがとうございます。私、頑張ります!」

「うん、頑張りたまえよ!」

 私がやっている企画を遠藤さんに引き継いでから、丸山チームの部署に顔を出した。すると、丸山さんは驚いていた。

「何で、沢井さんが?」

「何でって、課長命令です。それで、私は何をすればいいんですか?」

「いや、もっと若手をお願いしたんですよ。沢井さんのようなベテランに、やってもらうような仕事ではありませんから」

 いや、ちょっとへこむんですけど。何、若手?何、沢井さんはベテランって?

「丸山さんのような方から見たら、私なんて駆け出しに毛が生えたようなものです。一応、若手のつもりですけど」

「はあ、でもまあ仕方がない。では、よろしくお願いします。とにかく、低予算で効果の見込める事業で、かつおじさんたちが喜びそうな内容にする予定です」

「何ですか、それは?」

「簡単に言えば、市民の血税たる予算を効率よく使い、結果として納税者たる市民のみなさまに還元出来るようにする、だそうですよ」

「何何?政治がらみなんですか?」

「税金を使う事業で、政治が絡まない案件って、あると思いますか?」

「最初は無くても、途中から首を突っ込んでくることはよくあると聞きますけど。私は、よくは知りませんけど」

「そういう訳です。だから、予算を一杯に使わず、いくらかプールします。そうしないと、最後は赤字を抱え込む羽目になりますから」

「いやな仕事になりそう」

「でも、これをやらないと大きなイベントに参加出来ませんから」

「それも政治がらみですか?」

「政治が絡まないと、何も進まないのがこういう仕事でしょう?ぎりぎりで要望書やら何やら送ってくる上に、締め切りが明後日なんて無茶を言われた事業もありますよ」

 私も課長に、そう言われたことがありますけど。何々、それも政治がらみですか?

「う~ん、確かにこれは若手にはハードルが高いかも」

「その通りですが、若手を育成しないといけませんからね。むしろ、何も知らない若手の方がいいんですよ。では、よろしくお願いします。でも、若手を送るって、部長からは聞いていたんですけどね」

「若手に戻ったつもりで、頑張ります」

 というか、課長じゃなくて部長案件だったのか?まあ、部長から見たら、私も遠藤さんも変わりはないかも。ないよね?

「ははっ」

 乾いた笑いって、実にいいねえ。とは言え、つまらなそうな仕事だけど、それでも仕事は仕事、従事している人は、みんな真面目で一所懸命なんだから。お給料分は、しっかり働かないと。

「さあ、始めようか」


 仕事も無事に終わり、帰宅しようとしたら丸山さんから歓迎会をするからと引き留められたけど、用事があると言って断った。丸山さんは意外にも、あえて私を引き留めようとはしてこなかった。丸山チームで同僚になった女子社員から、もしかして彼氏ですかと聞かれないところが、ちょっと微妙な気がする。彼氏ではありません、男です。男の子です。小学生です!はい、犯罪ですね。

 私はいつものバス停に降りると、あたりをきょろきょろ見回した。

「真希は居ないなあ」

 公園のあずまやを見るが、やはり誰も居ない。

「だとすると、うちに来ているのかな?」

 私は早足で帰るが、誰も居ない。なんだろう、寂しんですけど。嘘です、いえ、本当です。

「う~ん、まあ、これが普通なんだろう」

 私は無理やり、納得することにした。私に会いに来ないと言うことは、何もないと言うことだろう。きっと真希は、家でごはんを食べているに違いないと思う・・・・思えるか!

「だいたい、そんなはずあるか!急に真希の家の人が、真希に優しくするなんて、普通に考えたらありえないはずだ」

 そうであるなら、最初から真希に居場所を与えているはずだし、この寒空に子供を外に放り出すなんてことはしないはず。

 そう考えていると、何だろうか、胸騒ぎがする。居ても立っても居られない気がしてきた。

 まずい、まずい、まずい、まずい。

「やはり、無理にでも家の場所を聞き出しておくべきだった」

 今更、後悔しても仕方がない。こんなことならと思うこと何て、今までに何度も経験してきたはず。何をしている、私は。

 成長しない自分を、憎く思う。自分に怒ってしまう。

 どうする?どうする?と、部屋をうろうろしながら考え事をしていたら、急にドアフォンが鳴った。私はドアフォンを無視して玄関に向かい、いきなりドアを開けた。真希だった。何だか、元気が無いと思う。何があったのか?でも、無事で良かった。

 真希の顔を見たら、私は安堵した。

 心から安心した自分に、少し戸惑った。

「真希、良かった。どうしたの?さあ、早く中に入りなさい」

「すみません、急に。実は家でごはんが出るようになったので、しばらく来れません。連絡しないで、すみませんでした。すぐに帰りますので」

「いいよ、真希が無事なら。でも、どうして急にごはんを用意してくれるようになったの?」

「・・・・それは」

 何だろう?言いにくいことなのかな?

「言いたくないなら、無理に言わなくてもいいよ。真希がおなか一杯になれば、私はそれでいいんだから。さあ、立ち話もなんだから、入って入って。温かい飲み物を用意するから、飲んでってよ」

 真希はおずおずと玄関の中には入ったけど、それ以上中に入ろうとしない。

 真希はぽつぽつと、近況を話し始めた。

「先日、男の人と女の人が家に来て、色々とお母さんとお話ししました。それから、お母さんはごはんを用意してくれるようになりました。家にいても平気です。お父さんとお母さんは、僕に優しいです」

「何、その男の人と女の人って?」

 私は肝腎なところを、うっかりスルーしてしまった。お父さんとお母さんは優しいという、何かおかしな表現の方が重要だったことを、私は後で知ることになる。

 私は、後悔することになる。

 本物の後悔を。

「よく分かりません。でも、お母さんは怯えていました」

 怯えている?反社会勢力か何かか?大丈夫だろうか?

「真希、何かあったら私の家に来なさい。遠慮はしなくていいから。忘れないで、私は真希の味方だから」

「はい、でもしばらくは大丈夫です。僕は閉じ込められたりしませんから」

「え?何?閉じ込められるって、どういうこと?」

 真希は急に黙り込み、自分の胸に手を置いた。そうなると、私がいくら話しかけても、何も答えてくれない。真希を閉じ込めるって、何なの?

 私は執拗に問い詰めた。うやむやにしていい話ではない。

「真希、真希が酷い目に遭うのは、私は嫌だよ。閉じ込めるって、いったい何?家から出してくれないって、こと?」

「僕は平気です。だから、心配しないでください」

 真希は笑っている。でも、胸に手を置いたままだ。つまり、これは作り笑いだ。私に心配掛けさせまいとする、そんな配慮がにじんでいる。

 子供のすることではない。

「真希、今夜はうちに泊まりなさい。それで、明日私と一緒に真希のおうちに行こう。お母さんに会わせて」

 有休を取ろう。新しい仕事なんだけど、真希を優先しないといけない。幸い、まだ何も任されていないから、今しかない。私の評価なんて、この際二の次だ!

「加奈子さん、今はまだ平気です。だから、お願いです。今は平気ですから」

「今はって、じゃあこれからはどうなるの?閉じ込められるって、いったい何?」

「お願いです。離してください」

 私はいつの間にか、真希の両腕をしっかりとしかも強く握りしめていた。無意識にやってしまった。真希は脂汗をかいていたし、怯えてもいた。ダメだ、もっと冷静にならないと。子供を怖がらせてどうする。私は真希の腕から手を離し、掴んでいた部分をさすってあげた。

 ホント、ダメな私だ。

「ああ、ゴメン」

「いえ、平気です。それにずっと閉じ込められるわけではありません。安全になったら、家に帰してくれます」

 ますます分からない。安全っていうことは、前は危険だったていうこと?家に帰すって、それまではどこに閉じ込められるの?

「もっと、詳しく聞かせて。このままでは、真希を帰すことが出来ない。真希が心配で、私はおかしくなるから。だから、お願い」

 真希の額に私の額をくっつけ、懇願するようにお願いした。それでも真希は、平気を連呼してしまう。私を安心させようと、懸命に話す。私には、それがかえって悲しい。

「本当に平気なんです。お母さんが僕にごはんを作ってくれるうちは、平気なんです」

 閉じ込めるとごはんの因果関係が分からない。でも、真希はそれを言葉に出来ない。お母さんが真希にごはんを作ってくれなくなると、真希はどこかに閉じ込められるということなのか?益々、分からない。

 では、理解するにはどうしたらいいのか?

 分かるまで、質問するしかない。話し続けるしかない。

 理解したつもりになるな。分かった気になるな。

 いい人になんか、なってやるもんか!

「真希、その閉じ込められる場所って、どんなとこ?」

「大きい建物です」

「学校みたい?」

「そこまでではありません」

「じゃあ、どんな感じの建物?例えば、駅みたいとか?」

「う~ん、病院みたいな感じの建物です」

「病院?真希、どこか身体が悪いの?どんな病気?」

 何か悪い病気で、入院したと言うことなのか?入院なら確かに、閉じ込められると言う表現は正しいかもしれない。子供にとって病院とは、そんな負のイメージがあるだろうから。

「病気ではありません。ただ、外には出られないだけです」

「じゃあ、ごはんは出るの?」

「はい、ごはんは出ます」

「朝、昼、晩も?」

「はい、おやつも出ます」

 三食昼寝付きというこか。でも、外出は出来ない。入院ではない。隔離だとしても、何かおかしい。もしかしたら、カルト宗教か何かか?このあたりで、そんな話は聞いたことがないけど、私が知らないだけかもしれない。

「学校にも行けないの?」

「はい、行ってはダメと言われました」

「何で?」

「安全ではないからって、言っていました」

 学校が危険?じゃあ、何で今は通えるの?安全になったから?

「じゃあ、お勉強はどうしてたの?」

「建物の中に教室があって、そこで勉強をしています」

「学校の先生に教わっているの?」

「いいえ、知らない人です」

「そこには、知っている人はひとりも居ないの?」

「はい、誰もいません」

「友達と会うのもダメなの?」

「はい、誰とも会っちゃダメって、言われました」

「誰ともって、お母さんやお父さんとも?」

「はい、そうです」

 参った。益々分からない。なら、切り口を変えよう。

「真希の家に来た、その男の人と女の人は、何か話していた?」

「僕のことを、良く出来た子だと言っていました。勉強ばかりではなく、友達とも遊ばないとって」

 う~ん、社交辞令だな。しかも、情報量が少ない。でも、友達と遊ぶことをヨシとしていることは、少なくとも悪い人ではないと思える。

 いや、建前を真に受けるな。本音が別にあるかどうかなんて、ここでは分かるはずもない。

 だいたい、社交辞令を真に受けるほど、私は出来た人間ではない。

 空気なんか、読んでやるもんか!

「他には?」

「また来るって、言ってました」

「いつ?」

「分かりません。お母さんも前もって教えて欲しいと言ってましたけど、それでは意味が無いと」

「意味が無いって、どういうことかな?」

「ありのままの生活が見たいと」

 うん?ありのままの生活?もしかして。

「ねえ、真希。その人たち、こんなカードみたいな何かを置いて行かなかった?」

 私は真希に、会社の名刺を見せた。真希は頷いてくれた。私は、しめたと思った。突破口だ。

「じゃあ、それを私のところにこっそり持ってこれるかな?お母さんに内緒で」

「はい、いいですよ」

 真希の軽い口調に、かえって不安を覚えた。

 急に何だろう、私はやってはいけないことを、真希にやらせようとしているのではないだろうか?

 それでも、それしかないし、それこそ真希の安全に関わるはずだ。場合によっては、その男の人と女の人と直接話しをする必要がある。真希にとって、味方かどうかも見極めないと。

 でも、もっとうまい方法は無いのだろうか?真希に危ない橋を、私が渡らせようとしているのではないのだろうか?どうしても、そう考えてしまう。

 やはり、真希の家に直接乗り込むことが一番間違いないような気がするけど、どこかにためらいがある。何か、いい方法は無いだろうか。いや、今はこれしかない。

 ああ、もう!何で、私はこんなに馬鹿なんだ!もっと、勉強すれば良かった。

「いい、決して無理はしないで。誰にも見つからないようにね。時間は、いくらでもかかっていいから」

 もう、言ってしまった。でも、相手がもしやばい連中ならどうするか?本当に、そんな時間的猶予は、あるのだろうか?

 逆だ、やばい連中が相手なら、益々真希を放っておけない。

 そんなやばい連中に、真希を預けられるものか。

 どうもこうもない、戦うのみだ。

「分かった?無理はしない。もし見つかったら、私の名前を出すこと。私が持ってこいと言ったって。真希は、嫌々やったんだって。そして、私がお母さんに会いたがっている、ご家族と話したがっていると言うんだよ。いい?真希は仕方がなく、やったんだって言うんだよ。約束出来る?」

 私はグーを作った手を、真希の前に出した。真希はしばらく、私の握りしめた手をを見つめていた。長い時間が経ったような気がしたけど、そんなには時間は経っていない。ただ、空気が重かった。

 真希の目が、ちょっと怖かった。

 真希は頷いてくれた。

 真希は、そっとだけどグータッチをしてくれた。

「加奈子さん、約束してください。無理はしないと」

 へ?何で?今は私よりも、真希でしょう?無理しているように見えるのかな?

「無理はしてないよ。私より、真希の方が心配なんだよ。だって、閉じ込められるんでしょう?」

「僕が悪い子だからです。悪い子には、罰を与えないといけないからです」

 !?

「そう、悪い子には確かに罰は与えないと。でもね、悪くったって閉じ込めるのはやりすぎ。学校を休ませるのもいきすぎ。ご飯をあげないのも、家に入れないのもやってはいけないこと。だから、真希は悪くない。真希は悪い子ではない。私を信じられない?」

「加奈子さんはいい人です」

 何で、ここでそれが出る?私がいい人だろうがなんだろうが、真希には関係ない。でも、説明しづらい。そう考えていたら、真希の方から語り掛けてきた。まるで、子供を諭すように。

「いつか、分かりますよ。僕が悪い子だって。じゃあ、もう遅いので帰ります」

 何だろう、いつもの真希ではない気がする。悪ぶっているのではない、何と言えばいいのか、何か開き直ったというか、まるで悟ったような感じがする。気のせいか?

 いずれにせよ、子供らしくない。子供に、そんな表情を作らせてはいけない。でも、何と言えばいいのだろうか?ダメだ、私には分からない。

 やはり、私は頼りない大人なのだろうか?

 真希を助ける力が、私には無いのだろうか?

「ああ、そこまで送るよ」

「大丈夫です。風邪ひきますよ?お休みなさい!」

 真希は、いつものように走って帰らなかった。とぼとぼと歩く様は、いつも私に見せてくれるような元気は無かった。私は付いていきたいという衝動にかられたが、真希の背中がそれを押しとどめた。これ以上は、やめた方がいいと思ったから。真希との信頼を繋ぎ留めないと、いざという時に何も出来なくなるから。

 でも、なんだろう?悪い子って、軽い言葉じゃない。少なくとも、子供の話し方ではない。

 これはきっと、大人の言葉だ。

 それも、いい大人の言葉ではない。

 子供の冗談とも、思うべきではない。私は、確かにそう感じた。

「とにかく、出来ることをやろう。責任ある仕事を任されないように、いつでも有休が取れるようにしないと。企画を取り上げられたのは、むしろラッキーだったかもしれない。課長、ありがとう!ゴメン、遠藤さん。いつか、埋め合わせするから」

 暢気な私は、真希の本当の願いを知らず、その思いも分からずにいた。


 真希の状態を、理解出来ずにいた。


 私は少しずつ、問題の核心に近づいていく。


 真希の心の変化に気が付かないまま。


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