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天国の家  作者: せいじ
3/18

第三話   おにぎり 

「沢井さん、お昼ご一緒しませんか?」

「うん、行こうか」

 遠藤さんと連れ立って、社員食堂に向かった。遠藤さんは、いつもお弁当だ。私は、昨夜買ったコンビニ弁当だ。捨てる訳にもいかないしね。

「う~ん、混んでますね」

 食堂内に設置してある、電子レンジでお弁当を温めていたら、場所取りにちょっと出遅れたようだ。とは言え、お昼時の混雑ぶりだけど、食堂は広いから席はすぐに見つかった。私たちはそこに陣取り、お弁当を広げた。

「珍しいですね、お弁当なんて」

 遠藤さんに言われて初めて、そういえばいつもここではうどんかカレーだったことに気が付いた。売店では弁当やパンも扱っているが、私は買ったことがなかった。

「昨日の夜ごはん用に買ったコンビニ弁当なんだけど、つい食べずにいたんだ。もったいないしね」

「あるある!お店で買ったけど、食べようとしたら何か違うなあ、これが食べたかったものじゃなかったなあと思うことって、よくありますよね」

 いや、あんまりないけど、相槌を打つ。私って、大人。

「遠藤さん、いつもお弁当だよね。手作り?」

「はい、朝作って持ってきます」

「へええ、偉いなあ」

 実際、偉いと思う。だって、三つの小さいお弁当箱に、それぞれごはん、おかず、サラダとフルーツが色鮮やかに入っているから。私なら、一つにする。それをレンジでチンして、後悔することになる。いや、温かいモノは温かく、冷たいモノは冷たくが基本だと思う。つまり、慣れないことはやらない方がいいということなのだろう。それが教訓だと思うから。だから、私は弁当を作らない!料理はしない。いいでしょう?どうせ、ひとりなんだから。

「美味しそうだね」

「あ、ひとつ食べます?」

「いいの?」

「はい」と、卵焼きを一切れ貰った。うまい!これなら、いつでもお嫁に行ける。うちに来る?

「じゃあ、お返しに」と、コンビニ弁当に入っている、唐揚げを一つ箸でつまんで渡そうとすると、遠藤さんはいきなりパクツとかぶりついてきた。いや、カワイイというより、意表を突かれてドキドキした。まるで、新婚さんごっこをしているようだ。いや、マジでうちにお嫁に来ない?

「スパイシーで美味しいです。今度、作ってみますね」

 口を手で隠しながら、もふもふしながらしゃべる遠藤さん。何をやっても絵になるなあ。私がやったら、ただ行儀が悪いと言われるだけだろう。それって、差別じゃない?

 すると、遠藤さんは箸を止め、ある一点を凝視していた。遠藤さんの視線の先にあるのは、大きなテレビ画面だった。

「ひどい事件ですよね」

 なんだろうと思い私もテレビを見ると、ニュースが流れていた。食堂内はがやがやしているので、音は聞こえないが字幕が流れていた。

 児童虐待事件のニュースの続報のようだ。そういえば、昨日の朝のニュースにも、そんな内容が流れていたような気がする。でも、そんなに大きい事件だったのかな?ニュースの内容は、警察と児童相談所との連携に不備があったとか、児童相談所の対応に問題は無かったのかといった内容のようだ。

「知ってます?これって、保険金目当ての事件なんですって」

「へえ?よく知っているね」

「ネットで詳しく出ていますよ。虐待があった子供を児童相談所が保護していたのに、家族の元に戻したら、こんな事件になったらしいですよ」

「うん?保護って、子供を?」

「はい」

「何で、家族の元に戻したんだろう?虐待があったんでしょう?ありえなくないかなあ?」

「大丈夫と判断したんですって。私なら、戻さないけど。酷いと思いませんか?子供に生命保険を掛けて、殺すなんて。そんな親に戻すなんて、ありえなくないですか?」

「う~ん、お役所だからねえ。似たようなことって、よくあるんじゃないのかな?子供を殺すなんて、普通は思わないでしょうし」

 たまにだけどお役所相手の仕事をすることがあるが、頭にくることが多い。しかも、こっちが常識から外れているような言われ方をする。それで予算オーバーすると、上司からも叱られる。世の中、理不尽だ。

「でも、子供の命がかかっているんですよ、そんな簡単に戻すなんて」

 手で机を叩く仕草と、ぷんぷん怒っている顔もカワイイと思う。いや、不謹慎でした。すみません。

「私には分からないけど、子供は家族の元に居るべきという、決まり事でもあるんじゃないのかな?」

「それは、そうですけど」

「ほら、早くご飯食べないと、お昼休みが終わっちゃうよ」

 話しに終わりが見えなそうなので、一方的に切り上げることにした。実際、昼食を終えたらすぐに外回りに出ないといけないからだ。

「は~い」とカワイク返事をする遠藤さん。

 ちょっと、ムスッとしているところも、カワイイと思う。私なら、はもうやめよう。考えると落ち込むから。

「さて、行くか」

 私はジャケットを肩に掛け、カバンもひっつかみ、外回りに出ることにした。先日の企画に関して、もう少し説明が欲しいと言ってきたし、後輩のバックアップもしないといけない。今日は定時は無理かなあ。買い物したいのにと思ったけど、今夜もコンビニ弁当かな。

 ピザ、美味しかったなあ。

 

 ふと、真希のことが頭をよぎった。


 ピザを食べている、真希の姿が思い浮かんだ。


 真希、大丈夫かな。


 帰りに公園に寄ろうと思った。


「疲れたあ」

「お疲れ様です♪」

「遠藤さんも残業?」

「はい、でももう終わりです」

「そう、じゃあ帰ろうか」

「はい♪」

 この笑顔に接したら、疲れが吹っ飛ぶ・・・・・訳はないか。しかも、何故か課長がこっちを見ているし。やめてください、止めをさすのを。明日休みたくなるから。ああ、でも明日も大事な案件があったなあ。やれやれ、サラリーマンは辛い。


 遠藤さんと別れた後、帰り道に在るコンビニに寄ることにした。雑誌コーナーに行きたい誘惑を振り切り、真っすぐお弁当コーナーへ行く。雑誌なんか見ていたら、時間を取られるからだ。分かってますよ、立ち読みはダメなんでしょう。と、ひとり漫才をしつつ、念のために、パンとおにぎりを手当たり次第にカゴに放り込んだ。一応、買っておこうと思ったから。なんだか、嫌な予感がしたからだ。

 コンビニで買い物を済ませると、小走りに公園に向かった。何だろう、急に焦ってきた。よく分からないけど、急がないといけない気持ちになってる。

「なんでっ、私はっ、こんなにっ、焦ってるんだっ?」

 ぜえぜえ息を吐きながらも、小走りにだけど走り続ける。ハイヒールで走るのは、正直おススメ出来ない。足痛いなあ。真希、居るかな?

 独り言が増えたなあと思いつつ、公園に辿り着いてからあたりを見回した。その間、私はなんとか息を整える。みっともない姿を、見せたくないような気がしたからだ。誰に?

 だけど、あずまやに人は居なかった。念のため、あたりをうろうろと見回り、誰も居ないことを確認してから、昨夜真希が座っていた椅子にドカッと座ってしまった。いつものように足は組まず、机に突っ伏してしまった。

「何だ、大丈夫だったじゃないか」

 安心したような、どこかがっかりしたような感情に戸惑った。

「子供がいる時間じゃない。これでいいのだ」

 私は帰宅することにした。誰も居ない、我が家に。風が冷たいなあ。


「ただいま」と、無人の部屋に向かって挨拶をする。

 ふと、部屋が広いなあと思った。いや、気のせいだろう。見ると机には、ピザのチラシがそのまま置いてあった。

 チラシを見ると、昨夜うちに居た少年の姿が、そこに重なる。真希のピザを頬張る姿が、目に浮かんできた。とても、美味しそうに食べている、あの姿だ。

「また、ピザが食べたいなあ」

 ピザが食べたい訳ではないだろう。誰かと一緒に食べたい、誰かと一緒に美味しさを共有したい。美味しそうに食べている姿を、この目で見たい。そんな気持ちがあるのだろう。だから人は、パートナーを求めるのかもしれない。私は少年に、そんな気持ちを抱いたのかもしれない。でも、それは抱くべきではないと思う。

 彼と私は、何の関係も無いのだから。

 そう思うと、少年との時間の共有は、私にはもう無いだろう。無くていいんだ。子供は家庭に居るべきだし、家族の元に居るべきだ。そう、自分に言い聞かせた。でも、そこで頭をよぎる、お昼に見た虐待事件のニュース。いや、考え過ぎだ。あんな事件は滅多に起き無いからこそ、派手に報道されるんだ。

「なんだか、食欲無いや」

 お風呂に入ると、また真希の顔が思い浮かんだ。タオルで頭をゴシゴシ拭いてあげた。ドライヤーで髪を乾かしてあげた。真希の紅潮した頬が、そこにあった。手足は痩せていたのに、不思議と柔らかそうなほっぺだったなあと、つい自分のほっぺを突っつく。なんか、違う。

「いかん、いかん」

 湯船に顔を突っ込み、ぶくぶくと泡を出した。

 そうか、私は寂しいのか。 

 何故か、納得した。納得することにした。



 ひとりでも大丈夫だよね


 ひとりはいや


 ひとりでも生きていけるよね


 ひとりはいや


 お母さんなんて必要ないよね



 は!と目覚める。

「夢か」

 部屋を見回す。誰も居ない。居たら怖いけど。でも、誰か居たら、安心するかも。

「はて、どんな夢だったかな?」

 思い出せないのなら、別にいい。どうせ、いい夢ではないのだから。

 気を取り直してテレビを点ける。世間は相変わらず、事件、事件、また事件だ。事件だらけだ。まあ、世界中探せば、どこかで何か起きているだろう。

「そういえば、生命保険がどうしたとか言っていたような」

 夢は思い出せないのに、昨日のことは思い出せる。何だか、不思議だ。

 朝のニュースでは、児童虐待事件はもう扱っていなかった。新しい事件に、この児童虐待事件が上書きされてしまったようだが、事件は決して終わった訳ではないはず。

 少なくとも、当事者には終わっていないと思う。でも、報道が無ければ、部外者にとって事件は終わったも同然なんだろう。そしてまた、別の事件を話題にするのだろう。

 私はテレビを消す。テレビさえ消せば、世界は平和なのだろう。でも、それでいいのだろうか?なら、私に何が出来るのだろうか?真希に、何をしてやれるのだろうか?

 何で、真希のことを考えてしまうのだろうか?もう、会うこともないのに。

 会社に行こう。私には関係無いし、家族では無いから何も出来ない。いい悪いではない。人の不幸を話しのネタにしたり、野次馬になるよりはマシだと思う。だから、今すべきこと、しなければいけないことをしよう。

 冷蔵庫に放り込んでいた、おにぎりやパンの入った袋を手に持ち、家を出ることにした。

 お腹が空いたなあ。今になって思い出した。そういえば、昨日は夜ごはんを食べてないや。もちろん、お酒も呑んでいない。本当です。嘘ではありません。

「行ってきま~す」と、いつもの挨拶をする。

 挨拶は大事だと、思うようにしよう。うん?

 バス停に向かっていつもの道を歩いて行くと、いつの間にか公園に着いてしまった。習慣になったせいか、ついあずまやを見てしまう。

 真希だ!

 真希が居た!

 何だろう、喜んでいる私が居る。

 そうか、私は期待していたんだ。

 真希と会えることを。

 私は真希の居るところまで小走りで向かい、努めて明るく挨拶をした。顔ひきつってないよね?

「おはよう~真希♪」

「あ!おはようございます、加奈子さん」

 元気で結構!私も元気だ!

「昨日は帰れた?」

「はい、帰れました」

「そう、良かった。ねえ、朝ごはん食べた?」

 そう聞くと、真希は一瞬、身体を硬くしたような感じがした。気のせいかな?

「だいじょう・・・・・いえ、食べてません」

 だいじょうがなんだってと思ったが、あえて聞き返さなかった。なんだか、触れるなという感じがしたからだ。誰にでも、そういう時はあると思う。私だって。いや、たまには触れて?

 気持ちを立て直し、昨夜コンビニで買っておいた、パンとおにぎりをテーブルに並べた。それを見た真希は、うわ~という声をあげた。目が輝いていた。私の目も輝いたと思う。おにぎりではない、嬉しそうにしている真希を見たらだけど。

「どれでも好きなの食べていいよ、私もここで朝ごはんにするから」

 真希はまた、戸惑った顔をした。

 「ほら」と促すと、彼は鮭のおにぎりを、恐る恐る手に取った。

「これ、どうやって食べるんですか?」

 真希は、おにぎりをくるくる回している。見ていて楽しいかも。

「こうやるんだよ」と、お手本を見せることにした。

「まずね、1と書かれたテープを引く」

 真希は私の所作の真似をして、1のテープを引いた。続いて2の端を海苔を引っ掛けないように引っ張るように見せ、最後は3の端っこを引く。それで、海苔を整えて出来上がり。

「うわあ、すごいです!」

 真希も私の真似をする。でもどうしてだろう、私より真希の方がキレイに出来ている。まあ、腹に入れば同じか。いえ、見た目は大事ですよ。キレイに出来た方が、美味しそうだし。でも、何で?

「さあ、食べよう」

「はい!」

「いただきます」

「いただきます!」

 うん、偉い、偉い。

「海苔がパリパリして、美味しいです」

 食べながらしゃべる真希を見て、思わずクスっと笑ったけど、気付かれなかったようだ。真希は笑われるのが嫌いなようだから、気を付けないといけない。でも、もくもくとおにぎりを頬張る真希を見ていると、胸がいっぱいになる感じがして、どうしても頬が緩んでしまう。これぐらいなら、いいよね?

「ほら、もっと食べて」

 食べ盛りの男の子が、おにぎり1個で足りるはずは無いから、もっと食べるように促した。お茶も飲むように、ペットボトルの栓を開けてあげる。

「どれにしよう」

 どれを食べていいですかという問いが来なくなったことが、なんだか嬉しい。子供が遠慮すると、悲しくなる。子供が我慢をしていると、むしろ怒りがこみあげてくる。

 だって、それって子供のせいじゃないでしょう?大人の側の問題じゃないのかな?

 それでも、私に出来ることはあまり無いと思う。だから、出来る範囲のことをしようと思う。それぐらいなら、問題はないはず。

 だって、真希が嬉しそうなんだもん。

「これにします!」

 今度はひとりでおにぎりの包装を外し、海苔を整えておにぎりを頬張る。私も2個目を食べることにした。

「う~ん、こんな朝もいいなあ」と思うのも束の間、公園内に設置してある時計を見ると、そんな優雅な時間を過ごしている場合ではないことに気が付いた。

 何やってるんだ、私は!遅刻するじゃないか!

「私は会社に行くね。ああ、お茶も飲むんだよ。おにぎり、もう1個食べる?食べるなら置いておくね。ゴミは、え~と、あそこのゴミ箱に捨てるんだよ。食べきれずに残したら取っておかないで、必ず捨てるんだよ。じゃあ、またね。車には気を付けるんだよ」

 私は慌ただしく、公園を後にした。真希は手をふりふり、3個目のおにぎりに取り掛かろうとしていた。やっぱ、男の子だねえと思った。ちゃんと、食べるんじゃん。おにぎりもう1個、置いておけば良かったかなと思った。

 私は、駆け足でバス停に向かった。スキップではない。したくなるけど、朝から何を浮かれていると思われるから、控えることにしました。でも、胸のうちは何だかむずむずしてきた。この気持ちを、どう処理したらいいんだろうか?

 処理する必要はないか。ありのままでって、そんな歌もあったなあ。今度、カラオケでも行こうかな。遠藤さん誘って。真希は、まだ早いかな。

 今日のお昼は、残りのおにぎりとパンかなと思った。もっと、野菜を食べないと。そうだ、遠藤さんに分けてもらおう♪甘いあんパンもあるし、遠藤さんなら喜ぶだろう。真希にも、何か野菜を食べさせよう。育ち盛りだもんね。


 なんだか、本当にスキップしたくなった。


 ああ、今日はいいことがありそうだ。


 真希にも、いいことがありますように。


 世界が平和でありますように。

 

  





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