最終話 明日を生きる
「なんだか、加奈子さんの匂いがします」
実家の二階にある、私の部屋だった。
咲子さんが、いつも掃除をしてくれていたようなので、すぐに使えた。
私が、いつ帰ってきてもいいようにと。
「私の匂い?」
「はい、匂いです。加奈子さんがここに居たって、そういう匂いがします」
「ふ~ん、真希は詩人さんなのかな?」
「からかわないでください」
「フフッ。からかってないよ」
真希はすねたようで、そっぽを向いてしまった。
ふたりは布団を並べて、横になって休んでいた。
不思議な感覚だった。私の家なのに、どこか違う家の部屋のようでありながらも、やはりここは私の部屋だった。
お父さんは、真希と一緒の部屋で休みたかったみたいだけど。でも、迂闊な話題になったら困るので、私と一緒の部屋で休むことにした。また、うなされたら困るし。
いえね、私の生活態度について、根掘り葉掘り聞かれたら、私はまず生きては帰れないかもしれないから。嘘です、本気にしないでください。
とは言え、私の部屋がほぼそのままになっていたことには、正直ちょっと驚いたけど。
「加奈子さん」
「うん?」
「手を、繋いでもいいですか?」
「うん、いいよ」
私は手を伸ばしたけど、真希は動かずに私の手をただ見ていた。
「昔、母がそうやって手を伸ばしてくれました。でも、僕はその手を、掴めませんでした」
「そう」
「母は何かを語ろうとしていましたけど、僕は聞けませんでした。母とは、それっきりです」
彼に何を言えばいいのか、どう語り掛けたらいいのか分からなかった。ただ分かるのは、真希が私の手を取るまで、そのまま待つことだけだろう。
諦めずに、ただ手を伸ばすだけ。私には、それしか出来ないから。
出来ることがあるのなら、それを諦めてはいけないと思うから。
「僕のせいで、みんな死にました。母も父も、公園のおじさんも。だから、僕は悪い子なんです。地獄に行くんです」
「真希。前にも言ったけどさ、真希は悪い子ではないよ。真希のことを悪く言う人が、悪い人なんだよ。地獄に行くならさ、そういうことを言って、真希を傷つける人だと思うよ」
「でも、みんな死んだんです」
「人は、必ず死ぬよ。私も、真希も、いつかね。だから、それを自分のせいにしないで。だって、それって神さまの領分だもん」
「じゃあ、加奈子さんも死ぬんですか?」
「死なないよ」
「本当ですか?」
「真希を、ひとりにしたくないから。だから、私は死なないよ」
「僕を、ひとりにしないでくれますか?」
「もちろん。私の方こそ、ひとりにしないでよ。そっちが心配だよ」
「加奈子さんの側に、ずっといます。だから、だから・・・」
真希は、握りしめた手を伸ばしてきた。私も応じるように、開いていた手を握りしめ、真希の握った手と合わせた。少し、震えていたような気がする。
「加奈子さん、好きです」
「うん?何?」
か細い声だったので、よく聞き取れなかった。でも、なんとなくわかる。
人の思いって、言葉じゃないんだ。
「何でもありません。おやすみなさい!」
「はい、おやすみ」
いつの間にか、私は眠りに落ちた。
ねえ、どこに行くの?
どこにも行かないよ。
ホント?
本当だよ。
いつでもね、お母さんは加奈子の側に居るよ。
遠くで見守っているから。
「・・・・・なこさん、かなこさん、加奈子さん」
揺れているような気がする。地震ではないなあ。ああ、揺り動かされているようだ。私を揺すっているのは、誰?ああ、真希だあ。おはよ~、おやすみ~。
「起きてください、加奈子さん。みんな、もう起きていますよ」
「う~ん、もうちょっと寝かせて」
「ダメですよ、早く起きてください」
真希に身体を揺り動されていると、かえって起きたくなくなるのが不思議だ。
やばい、癖になっているかも。もうちょっとだけ、駄々をこねよう。私って、悪い子♪
「ねえ~、お願いだからあ、もうちょっとだけ~。あと、5分でいいから~、ううん、3分だけ寝かせてえ~」
いきなり、布団から叩き出された。
「馬鹿者!何を小学生に起こされてる!しっかりせんか!」
「えええ?」
何で、お父さんがここに居る?一応、私の部屋なんですけど。ねえお父さん、私の話聞いてる?
「真希君、いつも君が起こしているのかね?」
「ええっと、たまにです」
「もう、起こさんでいい。一体、誰に似たんだか。この子を、甘やかす必要はないからな」
「お父さん、ひどいよ」
「酷いのはお前だ。どこの世界に、保護者が子供の世話になる。お前が起こす側だろうが。しっかりせんか!」
「ほらほら、朝ごはん出来てるわよ。冷めないうちに、早く顔を洗ってらっしゃい」
「ほら、加奈子さん。顔を洗いに行きましょう」
「ふわ~い」
「加奈子!あくびなんかしとらんで、しゃっきとせんか!子供の前で、みっともない!」
「いた~い」
頭をポカリとやられた。何年ぶりだろうか、父のゲンコツは。というか、暴力反対。子供の前なんだから、やめてよね。私だって、立場と言うものがあるんだから。あるよね?真希は笑っているけど。
「さっさと顔を洗ってきなさい。真希君は、とっくに支度を終えてるぞ」
「はいはい」
「はいは、一度でいい!」
何だろう、お父さんのこのテンションは。それにしても、朝から元気だなあ。というか、何で真希がお父さんに謝っているの?咲子さんは、笑っているし。
ふわああ~、平和だなあ。
うつらうつらしながら、私たちは朝食を頂くことにした。いえ、うつらうつらしているのは、どうも私だけのようです。すみません。
でも何だろうか、真希と咲子さんは、いつの間にか仲良くなっているようだ。
「加奈子さん、卵焼きは真希君が作ったんですよ」
「へ、へ~」
「よくそれで、よそ様の子供を預かろうなんて思ったな」
「いや~、それほどでも」
「褒めてない!」
真希が、笑いをかみ殺していた。真希は、こんな顔も出来るんだ。いやあ、真希が笑顔なら、もう何でもいいや。だからお父さん、お願いだから朝から私を睨まないで。ごはんがマズくなるから。
あ、咲子さん、ごはんお代わり♪
「真希君、いつでもうちに来ていいからな」
「いつでもいらっしゃいな」
二人に見送られたけど、父は私になんだったらお前一人で帰れなんて言ってるし、本気じゃないよね?目は、本気だったような気がするけど。咲子さんは、にこにこしていたけど。
父も咲子さんも、真希を気に入ってくれたから、すべて良しかな。
「いい家族ですね」
「そう?私にはきついんだけど」
「あはははは。加奈子さんには、お家は天国では無かったんですね」
「でも、実家に帰ってきてよかったと思うよ。だからね、真希が帰る場所を、私は作りたいんだよ」
「僕の帰る場所ですか?」
「そう、帰る場所を。真希にとっての、天国の家をさ」
真希は俯いた。返事はなかったけど、私の手を握ってきた。私も握り返した。
「さあ、帰ろうか?」
「はい」
私は真希と繋いだ手を、ぶんぶん振り回しながら歩いた。
「は、恥ずかしいですよ。子供じゃないんですから」
「いいじゃん、私は気にしないよ」
真希が恥ずかしそうにしているけど、私は気にしなかった。人の目なんか、いちいち気にしてられるか!
私たちは、誰が何と言おうと家族だ!
家族が仲良くして、何が悪い!
家に帰って荷解きしていたら、真希のカバンの奥にお金が入った封筒が入れてあった。
「これは、どうしましょうか?」
「いいじゃん、貰っておきなよ」
「でも、10万円は入っていますよ」
「ええええ?私には何もくれなかったのに。ゲンコツだけだよ、貰ったの」
「手紙も入っています」
「へえ~、何て書いてあるの?」
真希は、手紙を広げて読んでいた。というか、イマドキ手紙なんて、古風な。
「ああ、加奈子さんは読まない方がいいかもしれません」
「まあ、だいたい想像が付くから」
「とにかく、お金は加奈子さんに預けます」
「いいよ。私が預かったら、お父さんにきっと怒られそうだよ。子供のお金に手を付けるか、怪しからんって。嫌だよ、そんなの」
「う~ん、じゃあ、おうちのお金にしておきます」
「ダメだよ、真希がおうちのこと以外で、使いたい何かがあった時用に、取っておきなよ」
「でも、手紙にはこのお金を交通費に使って、いつでも家に来なさいって、そう書いてありますよ?」
「ああ、やっぱり。でも、真希が預かっておいて。好きな、いや、自分の為だけに使って。その方が、お父さんも喜ぶし」
「分かりました。参考書でも買います」
「それは必要な経費、私がお金を出すべきだよ。そのお金は、真希の娯楽の為に使うこと!」
「ええ?無理ですよ」
「無理でもなんとかする、それが大人になる道だよ」
「加奈子さんが、それを言いますか?」
ガクッときた。いや、すまんと思う。私を反面教師にして、立派な大人になるんだよ。でもお願いだから、実家(お父さんのお家)に帰るなんて言わないでね。
真希はしばらく、父からの手紙を見ていた。少し、微笑んでいた。いい顔をしているなと、私は思った。
「他に、何が書いてあるの?」
「秘密です」
「ええ?教えてよ」
「いつか、教えますよ」
「ふ~ん、どうせ私の悪口でしょうし」
「そうでもないですよ。加奈子さん、手紙には夏休みには帰って来なさいって書いてありますけど、夏にまた行きますか?」
「夏は嫌だよ。だって、実家の夏は、死ぬほど暑いんだよ」
「じゃあ、冬休みはどうですか?」
「それこそ、私は死ぬよ。実家の冬は、マジで死ぬほど寒いんだよ」
「今まで、よく生きてこれましたね?」
「ホント、よく生きてこれたよ」
「じゃ、諦めます」
「夏休みになったら、真希が一人で行きなよ。途中まで、送り迎えをしてあげるから」
「いいんですか?」
お!いい顔をしたね。そうそう、男の子は外に出ないとね。
「もちろん!」
いつも私とべったりでは、ちょっと良くないと思ったから。だから、これはいい機会だと思った。それに実家なら、真希もノビノビ出来るだろうし、夏休みなら美咲も奈生も居るだろう。それにここにいたら、私の世話ばかりをする羽目になるだろうから。
せっかくの夏休みだから、何か思い出を作って欲しいと思う。父ならきっと、お祭りとか花火大会とかに真希を頻繁に連れ出すだろう。もしかしたら、釣りとかにも連れて行ってくれるかもしれない。
もしかしたら、友達も出来るかもしれない。
やだ、楽しくてうちに帰ってこないかもしれないじゃない。まあ、それはそれと思おう。私が迎えに行けば、いいだけだしね。
真希にはいっぱいの思い出で、こころがぎゅうぎゅうづめになって欲しいんだ。悪い記憶なんて、全部消えて無くなるぐらいに。
ぜ~んぶ、上書きすればいい。
子供の頃は、たくさんの思い出と経験で、記憶を一杯にして欲しいと思うんだ。
かけがえのないものを、見つけてほしいんだ。
問題があるとすれば、私が真希無しでどこまで耐えられるかだと思う。いえね、何とかなると思いますよ、多分だけど。とりあえず、栄養ゼリーを沢山買っておこう。
とまあ、ふたりのこんな関係がいつまで続くか分からないけど、出来るだけ続けようと思う。
居場所を無くした今の真希にとって、私が居場所だから。しかも、いつでも来ていい居場所が、もうひとつ出来たし。逃げ場所があるって、人には大事なことだと思う。
逆に私が、真希を逃げ場所にしてはいけないと思う。そうなると、もう依存と変わらないからだ。
買い物をする為に、ふたりで近所のスーパーに向かいながら、私は抱負を語ることにした。いえね、人に言わないと出来ない子なので。
「しっかりしないと。せめて、朝はひとりで起きないと」
「そうですよ。このままだと、加奈子さんのお父さんのおうちにも行けません」
「は~い」
「いっそ、朝のジョギングを一緒にしませんか?」
「え?何それ?」
「加奈子さんを起こす前に、少し走っています。それから、加奈子さんを起こしています」
「えええええ?君は一体、いつ寝てるの?」
「いやだなあ。一緒に寝てるじゃないですか」
「そりゃあ、そうだけどさ」
この子は、本当に子供なのかい?もう、私なんか、要らないんじゃないのかい?
「ため息吐かないでください」
「だってさあ、私は真希の面倒を見たくて、君を引き取ったんだよ。私の世話を、してもらう為じゃないんだよ。落ち込むよ、さすがにさ」
「加奈子さんは加奈子さんで、いいと思いますよ。僕は僕で、いいと思いますし」
「何それ?哲学?」
「いいえ、加奈子さんのお父さんが、そう言ってくれました。僕らしく、生きていいんだって」
あのさ、それを何で私にも言ってくれないかな?落ち込むなあ。というか、それって私を見放せってことだよね?
ホント、落ち込むなあ。
「だから、僕が加奈子さんのお世話をします。したいんです」
まあ、今はそれでいいかな。いつか、真希にもしたいことを見つけるだろうし、その時までに私は自立しないと。大人として。
「夕飯ですけど、何が食べたいですか?」
「う~ん、お魚がいいかな」
「じゃあ、煮魚にしますね。咲子さんから、レシピを教わりましたので」
ホント、出来過ぎだよ、君は。
でも、こうして真希と夕飯の献立を語り合えるのも、あの日に真希を保護出来たからなんだと思う。私と出会う前に真希を保護してくれた、公園のおじさんのお陰だと思う。真希を気に掛けてくれた、滝川さんや学校の先生方だと思う。
私の上司が隼田さんではなく丸山さんだったら、連日の残業で公園なんか覗いている暇はなかっただろう。現に私が真希を見つける2か月前から、彼は公園に入り浸っていたからだ。
私は、いつも公園にいる真希の存在に気付けなかった。そして普通ではない、異様な光景をまるで何でもない普通の光景と見てしまうように、バイアスにかかるのも普通のことなんだそうだ。
近衛さんが、最後にそんな話をしてくれた。
その近衛さんによると、虐待事案で保護出来なかった子供は結構いるらしい。縦割り行政や家庭に踏み込んではいけないという、この国の慣習が壁になって。それをどうにかして突破したいと、滝川さんは近衛さんや柿田さんに常々語っていたそうだ。
柿田さんも近衛さんも、滝川さんの教え子なんだそうだ。
というか、滝川さんって、結局何者なんだ?
ただの官僚じゃないよね?
「家族は家族か」
「何ですか?」
「ううん、何でも。何でもないよ」
訝し気に私を見る真希の頬に、私はそっと触れてみた。
命の温もりを感じる。生きているって、奇跡なんだと思う。
あの時の、真希の冷たくなった手の感触を、私は今でも覚えているから。
だから、時々触れたくなるのかもしれない。
私に触れられた真希は、くすぐったいというけど、抵抗はしなかった。
その代わりに真希は、私の胸の真ん中あたりに手を置いてきた。え?
「ええっと、さすがに恥ずかしいんですけど」
「え?ああ、すみません!」
「真希も、お年ごろなのかな?私のおっぱいが、触りたくなるなんて(笑)加奈子さん、困っちゃうなあ」
「ち、違います!お、お、じゃない、加奈子さんの胸に触れたかっただけですじゃない、心臓です!誤解なんです!」
「加奈子さん、ショックだなあ。真希がそんなに、私のおっぱいに興味があったなんて(笑)」
「やめてください。僕、そんなことに興味ありません!」
「ええ、本当かな?私のおっぱいに、興味があったんじゃなかったの?」
「ち、違います。本当に違うんです!そ、そんなことなんか、僕は絶対しません!」
「でもダメだよ、いきなりは。ちゃんと、おっぱい触ってもいいですかって聞かないと。いきなりだからさ、加奈子さんびっくりしちゃったよ(笑)」
「そんなこと、ぼ、僕は聞きません!触りませんし、さ、触ってません!」
「ほら、親しき中には、挨拶ありって言うでしょう?」
「それ、違いますよ。親しき仲にも礼儀ありですよ」
「そうそう、それそれ。意味は同じだよね」
「もういいですから、これ以上からかわないでください」
顔だけではなく、耳まで真っ赤にしているこの子の可愛さのあまり、私は彼を思わず抱きしめてしまった。真希はくすぐったそうにしていたけど、目を閉じてされるがままに私に身を任せてきた。
真希の背はまだ低く、頭は丁度私の胸のあたりになる。何だか、本当に私の心臓の鼓動を聞いているように見えた。私は、真希の頭を撫でてあげた。いつかこれも、出来なくなるだろうから。
だっていつか、彼は私に追いつくだろうし、私を追い抜くだろう。その時はもう、私は彼に追いつけないだろう。手も届かなくなるだろうし、触れることも出来なくなるだろうから。
寂しいけど、受け入れないといけない。それが、成長なんだから。
そうやって、人は大人になるんだから。
「いつまでも、子供のままでいていいのに」
思わず、つぶやいてしまった。
真希は、そんな私を見上げてきた。どこかいたずらっ子のような、そんな無邪気な顔を向けてきた。いい顔だと思う。この顔を、私は守らないといけない。
私と最後に別れた時の、真希のあんな顔は、もう二度と見たくないから。
「加奈子さんこそ、子供っぽいですよ」
「はは、そうだった。真希の前だけだよ、私のこんな姿♪」
真希は、恥ずかしそうにしていた。ちょっとぐずり始めけど、それもまた、可愛いと思うよ。
「は、早く行きましょう。もう、いいでしょう?」
「ちょっと、待ってよ」
真希は私から離れ、どんどん先に歩き始めた。私を置いて。
今は、今だけは私の真希でいてね。
私も、真希の加奈子さんでいるから。
私と真希は、今日も元気です。
少し体重が増えてしまった私は、真希と一緒にジョギングをすることにした。ダイエットも兼ねて。幸せ太りではない、と思う。
だってだって、一膳ごはんは縁起が悪いって、真希が言うんだもん。真希にさ、お代わりはって聞かれると、ついお願いって言っちゃんだよ。分かってよ、この気持ちをさ。
「真希~、ちょっと待ってよ。早いよ~」
「加奈子さん、それだと歩いているのと変わりませんよ?」
「そ、そんなことを言っても~」
「手も一緒に動かす」
「無理~。真希~、私を置いて行かないでよ~」
「ほら、頑張って」
「私を見捨てないで~」
真希の表情が、いっそ捨ててやろうかって、本気で思っているような感じがした。
やめて~!頑張るから。
そんな真希は、盛大にため息を吐きながら、ゼイゼイ言いながらぐったりしている、私の側まで戻ってきてくれた。
情けない私に、手を差し伸べてくれた。
「人聞きが悪いなあ。ほら」
「はは、ありがとう」
「ホント、しょうがないんだから」
真希は私の手を取り、笑いながら引っ張ってくれた。良かった、見捨てられなくて。
というか、ペース早いって。手を引っ張る時も、やけに力強いし。背はまだ、私よりも低いのに。
でもなんだろう、本当なら私が、真希の手を引っ張らないといけないのに。
少しぐらい、私に甘えてもいいと思うけどなあ。私が真希に、甘えてどうする!
いつの頃からか、真希は私の布団に入りに来なくなった。私は心配になって、真希の部屋を覗いたけど、彼はすやすやと眠っていた。安らかな、いい寝顔だと思う。いつまでも見ていたいし、つんつんと頬をいじりたくなるぐらい、かわいい寝顔を見せてくれた。
いや、やらないけど。だって、起こすと可哀そうだし。
起きている時にやろう♪
もう、真希は大丈夫だと思う。これなら、夏休みに真希を、実家に預けられるだろう。一応、咲子さんにはだけは、真希のことを伝えておこうと思う。お父さんには、内緒にしておこう。どうせ、本人から聞き出すだろうし。
真希は、もう大丈夫だから。
だって、彼はもう、自分の胸や私の胸に手を置くこともしなくなったから。
かけがえのないものを、見つけたから。
ちょっと、寂しいけど。
天国にいる、公園のおじさんに真希のお父様、そしてお母様。真希を、確かに預かりました。私が必ず、彼を幸せにしてみせます。真希は、きっと大丈夫ですから。いざとなれば、私の実家があります。父は本気で、真希を引き取りたがっていますし。
「もしかしたらお父さんは、女だらけのあの家が、嫌なだけかもしれない」
今のところ、私の方が真希よりも幸せかもしれない。
真希の作るごはん、ホント美味しいし。
だから真希には、私以上に幸せになって欲しい。
その為に、私が真希の心臓を守ります。
真希の笑顔を、守りたいから。
今度こそ、間違えたりしないように。
真希に明日があることを、私の当たり前にする。
明日を迎えられるように、これからも頑張ります。
時々、お父さんに叱られながら。
「ほら!もう少しですよ!」
「だ~か~ら~、ペースが速いって。もうちょっと、ゆっくりしてよ~」
「朝ごはん、間に合いませんよ」
「分かってるから、そんなに手を引っ張らないでよ~」
「ほら、頑張って!」
「は~い」
真希に置いて行かれないように、私も頑張ります!
はじめまして、せいじと申します。
初めて書いた小説が、本作品となります。楽しんでいただけたでしょうか?
私にとって、書きたくなったというよりは、書かずにいられなかった。それが本作品でもあります。
特に児童虐待問題を正面から取り上げようとか、社会問題に切り込もうとか、そんな大それた考えは一切なく、ただこの物語を書かなくてはいけない、真希と加奈子の物語を紡がないといけないと思い、ここまで書き上げました。
見届けなくては、そんな思いがありました。
正直、本作品がここまで長くなるとは想定しておらず、短編にしようとして気が付いたら、とうとうこの長さになってしまいました。
登場人物たちも当初設計した人物像を超えてしまい、著述する感覚としては、真希と加奈子の後ろから付いて回りながら、メモやスケッチをするそんな気分でした。
結末は何が何でもハッピーエンドにすると決めていましたが、書いている内に段々雲行きが怪しくなり、どうやってハンドリングしたらいいだろうか悩んだりもしました。自分で書いた自分の文章に憤ったり、泣いたりするところが、いかにも素人丸出しでした。
何だか、強引な気もしながらも、最後はうまくまとめたと思っています。
ふたりの生活はこれからも続きますが、もう物語になるような事件は一切なく、普通の日常を送ってくれると思います。
しかし、今も児童虐待による年間死亡者数は、統計によると多い年で100人弱とされています。小児科学会によると、それは氷山の一角に過ぎず、年間300人以上は犠牲になっていると言われています。本当のところは、よく分かりません。
不登校問題も同じでしょう。文科省は調査対象を学校ではなく、不登校児童に焦点を合わせた調査を行っています。学校の調査による不登校の理由が、実態と乖離していると以前から指摘されていたからです。
児童虐待も同じです。虐待の認知件数が右肩上がりなのは、平成16年に児童虐待の防止等に関する法令が改正されたからです。通報の義務化が、改正の趣旨になります。
それによって通報件数が増えた結果、児童相談所がパンク状態になりました。その一方で、報道されるような児童虐待死事件等が発生し、児相の対応を問題視する批判も起こりました。
しかし、助けることが出来なかった児童も確かに居るでしょうが、助ける事が出来た児童もまた、確かに存在するはずです。事件化していない事例の方が、圧倒的に多いはずです。
だいたい児童が亡くなったことで、苦悩を一切しない職員はいないはずです。
そしてそんな苦悩をしている時間も彼らには与えられず、今日もまた児童虐待の疑いがあると、市民からの通報が来ると思います。
そしてそんな市民からの通報こそが、助けることが出来きた児童をひとりでも多く増やすことが出来ると思います。
本作品を読んでいただき、感謝します。
本作品を発表できる場を提供してくれた、サイト運営者の方々にも最大限の感謝を申し上げます。
そして、今日も献身的活躍する、名も無き人々に感謝を捧げます。
ありがとうございました。
また、どこかでお会いしましょう。
なお、本作品はフィクションであり、本作品に登場する人物、制度、団体等はすべて架空であります。
実在する人物、制度、団体等とは一切関係ないことを、ここに宣言します。