第十三話 疑惑
帰りに立ち寄ったファミレスで、真希と一緒にごはんを食べてから、彼を家に帰すことにした。
明日の朝、必ず私の家に来ること。
真希と約束をした。グーを突き出して。一応、彼は応じてくれた。いやいやじゃ、ないよね?
「さて、買い物でもしようかな。鮭の切り身を買わないと。でも、パンもいいかな?お野菜も買わないと」
買い物を済ませた私は、公園に立ち寄ってから帰宅した。なんだか、習慣になっているような。
「さっき別れたばかりで、居る訳ないよな」
それでも私は、公園内を見てしまう。誰か残っていないか、確認してしまう。
まるで、最後の戸締りをするように。
「真希、大丈夫かな?」
やっぱり、滝川さんと話さないといけない。それも、なるべく早く。
「真希は、どう思うかな?やっぱり、怒るかな?」
真希は嫌がるだろうけど、でも、やらないといけないと思う。その一方で、真希の嫌がることはしたくない、真希に嫌われたくないと思う自分がいる。
自分無視!今は、真希優先だ!
でも、中々思いきれない私が居る。
「閉じ込めるって、いったいなんだろう?」
私は家に帰り、ネットで調べることにした。児童相談所と児童の保護について。
朝食を作っていると、真希がやってきた。
「開いてるよ、入って入って」
真希は朝の挨拶をしながら、うちに入ってきた。私も挨拶を返したけど、ちょっと、変な感じがする。暗いなあ。
でも、まあいっか。来てくれただけでも、私は嬉しいから。
「手を洗ったら、椅子に座ってて。今、スープをよそうから」
真希はいつものように、椅子にちょこんと座る。私はオーブンからトーストを取り出し、スープをよそい、真希の前に用意した。
「さ、おあがり」
「いただきます」
真希は手を合わせ、スープをすする。トーストにはバターとジャムを用意した。他に目玉焼きとベーコン、サラダを用意した。
「美味しい?」
「はい、美味しいです」
「パンのお代わりは?」
「はい、お願いします」
うんうん、男の子はそうでなくっちゃ。
でもなんというか、暗いと言うより、開き直った感があるような。以前より、生命力を感じる。これが、成長というものかな?
そうだったら、いいな。
「真希、おうちではどうしているの?」
真希の手が止まった。しまった、食べ終わってからにすれば良かった。
「だい・・・平気です」
「でも、ごはん貰ってないんだよね?」
「たまにもらいます」
「そう、それならいいか」
たまにだって?いい訳ないだろう?大丈夫か、私。しっかりしろ、このボケ!
でも、顔には出さない。出してないよね?
胸がムカッとしたけど、それは真希のせいじゃないしね。
だから、ここで怒ってはダメだと思う。
怒る相手を、間違えてはいけないと思うし、勘違いをさせてもいけない。
私はダメな大人だから、そこは慎重にしないといけない。
「はい、いいんです」
よくあるか!とは言わず、私もさくさくトーストをかじった。真希も黙々とトーストを食べ、目玉焼きとサラダをたいらげた。ついでに牛乳も、真希に飲ませる。カルシウムは摂らないとね、育ち盛りだし。
「ごちそうさまでした」
「はい、お粗末様」
私が片づけをしている間、真希はしばらく本を読んでいた。まだ、学校に行くには時間は早いそうだ。だから、念を押すことにした。
「真希、もし今度おうちに入れなかったら、必ず私のところに来るんだよ。野宿なんか、絶対にしちゃだめだよ」
「・・・・・・」
「真希?」
「はい、分かりました」
う~ん、何があった?いや、私が何かしたのか?
「真希、ひとつ聞いていい?」
「はい、何でしょう?」
「もしかして、私のこと嫌いになった?」
「え?」
「なんだか、余所余所しいし、私を避けているようだし。もしかしたら、私のことが嫌いになったのかなって思ったんだ。だから、私のことが嫌いになって、もうここに来たくないんだったら、仕方が無いのかなって」
私はあえて俯き、悲しい素振りを見せた。いや、これは演技ではない。少し、涙ぐんできたから。
もしそうなら、悲しいし寂しいと思うから。
だって、私は真希の信頼を、失ったからだ。ふたりの関係は、信頼あってだから。
裏切ったのは、恐らくは私だから。真希のせいでは、ないと思う。
私が、不甲斐ないからだろう。
「いえ、いえ、そんなことはありません。僕は加奈子さんを、加奈子さんを・・・」
真希は、動揺していた。さっきまでの太々しさはすっかり消え失せ、以前の真希に戻ったようだった。ちょっと、嬉しいかも。本当に、安心したかも。
私は涙を拭い、ただ真希からの返事を待った。
真希は決意するように、私に向かって大きく宣言をした。
「僕は、加奈子さんが好きです、大好きです」
おおおおおおおおおお!いや、すみません。平常心、平常心。でも、今すぐ走り出したくなる。こんなストレートな告白なんて、生まれて初めてだ。え?いい加減にしろって?真希優先はどうしたって?いいじゃん、これぐらい。でも、しっかりしなくちゃ!せっかく、好きって言ってくれたんだし。もう、何でも来いだ!
心の中の動揺を、胸の奥の奥にしまいこみ、余裕の表情で私は問い返した。問い返せたと、思うよ。
「本当?」
「本当です。加奈子さんは優しいし、まるで女神さまのようだからです」
へ?何その女神さまって?いやいや、真希から見たら、私は、おば・・・・お姉さんだよね?やばい、自分で自分をおばさん呼ばわりしそうになった。自覚あるのかい?スカイツリー、遠くて見えなかったし。
「そりゃあ、言い過ぎだよ。でも私も、真希のことが大好きだよ。だから、真希がお腹を空かせていたり、寒空の下に居たら、私は悲しいよ。嫌だよ」
真希はもじもじしながら、時折上目遣いで私を見つめてくれる。良かった、いつもの真希に戻ってくれて。でも、ならさっきまでのあの感じは、なんだったんだろうか?
「僕は、僕は・・・」
「ねえ、真希。最近、私を避けているよね?何で?」
「そんなことはありません」
「でも、ごはん食べに来なくなったよね?おうちでは、ごはん貰えてないんでしょう?」
「それは」
「真希。私は真希がちゃんとごはんを食べてるのなら、それでいいと思う。でも、食べてないのなら、私は悲しいし、私は自分を許せないと思う」
「加奈子さんは、悪くありません!悪いのは僕です。僕なんです。それに、加奈子さんを巻き込みたくないんです」
巻き込む?何に?何から?滝川さんからかな?というか、滝川さんは悪い人のはずはないでしょう。一応、公務員だし。
でも一体誰だ、真希をここまで責めているのは?
だいたい、真希が悪いはずはない。こんなに、いい子なのに。
誰かが、真希にそう吹き込んでいるはずだ。
誰かが、真希を追い詰めようとしているに違いない。
悪いのは、真希だと。
一体、誰だ?
誰なんだ?
誰が、そんなことをしている?
少なくとも、そいつは真希の味方ではない。
そんなことを言う奴は、言う奴は、私の敵だ。
「私はさ、巻き込まれたいんだよ。真希がひとりで悩んでいるのが、とっても嫌なんだよ。それとも真希は、私がひとりで悩んでいたり、泣いていても平気なのかな?」
「そんなことはありません!」
「はは、ありがとう。だからね、私はなんとかしたいんだよ。だからね、滝川さんともお話がしたいし、真希のお母さんともお話しがしたいんだよ。真希は、どうしても嫌なのかな?」
「嫌です」
「どうして?」
「どうしてもです」
う~ん、堂々巡りになるなあ。いったん、話しを打ち切るか。今は時間が無いし。学校遅れたら、真希に悪いし。
「あ、時間大丈夫?」
「もう出ます」
真希は、明らかにホッとしていた。正直、私も少しこたえている。気持ちの上げ下げが、ちょっと激しすぎると思う。
真希は何かを、その小さな身体に抱え込んでいると分かったから。それは真希から見たら、私には到底抱える事が出来ない、そんな問題だと思っているから。だから、それから私を遠ざけようとしている。滝川さんに会わせないように、真希のお母さんと会わせないようにしているのも、そういうことなんだろう。
全部、自分で抱え込もうとしているんだ。子供なのに。
そうか、真希は私をその何かから、守ろうとしているのか?
子供の真希が、大人であるはずの私を、その何かから守ろうとしてくれているのか?
情けないなあ、私って。結局、真希から見たら、私って頼りがいがないって、そういうことなんだろう。でも、否定は出来ない。実際、何も出来ていないからだ。
ならば、いま出来ることをしよう。真希が私を頼ってくれるように、しっかりとしないと。
「そ、じゃあポストの暗証番号を教えるね」
私はポストに鍵を入れ、暗証番号を教えた。これで私が帰宅していなくても、真希は私の家に入れる。寒空の下に居る必要は無い。だいたい、家に入れないなんて、どんな罰なんだよ。
「私の帰りを、待つ必要は無いからね。後、中に入ったら鍵を掛けてね。誰が来ても、玄関を開けないでね。あと、飲み物や食べ物も好きにしていいから。いい?」
私は真希に向かって、グーを突き出す。真希も応じてくれた。ちょっと、恥ずかしそうにしながらだけど。
私は、にやりと笑ってしまった。真希も笑い返してくれた。はにかんだ真希は、やっぱり愛おしいと思う。この顔を、曇らせたくない。
だから、今はそれで充分だと思う。
私は真希の頭を、つい撫でてしまった。真希は、いつものようにされるがままだった。
そうだ、お菓子を買っておこう。ラングドシャがいいかな。コーラも用意しよう。パンとかおにぎりとか、簡単につまめるモノも用意しよう。たっくさん用意しよう。食べ物を切らさないようにしてあげよう。もう、食べ切れないぐらい、いっぱいいっぱい用意してあげよう。もう、要りませんと言われるぐらい、いっぱい、いっぱい。
たっくさん用意してあげよう。
痩せた子供よりも、ちょっとぐらい太っている方がかわいいと思う。
子供が痩せていると、胸が苦しくなるし、悲しくなるから。
子供が悲しそうにしていたら、私は何かを憎みたくなるから。
「行ってきます」
真希は走って、学校に向かった。相変わらず、足は速い。まるで、風のように。
でも、いくら足が速くても、逃げられない場所はある。逃げ切れないことだって、あると思うから。だから、逃げ場所は無理でも、退避出来る場所を作ってあげたい。一息つける場所を、私は真希の為に用意してあげたい。それがもしかしたら、偽善だとしてもだ。
それが私の、エゴだとしてもだ。
「それにはまず、滝川さんと話さないと。でも、平日の9時から5時までか」
また、有休を取ろうかな?そう考えながら、私も出社することにした。同時に、今夜はどうしようと考えながら。
真希の身体のことを考えると、野菜たっぷりお肉たっぷりなカレーが一番無難だな。
ああ、私はすっかり、主婦のようだった。
毎日のメニューを考えるのって、本当に大変なんだなあ。
私に主婦は、どうも無理そうだ。
「遠藤さん!おはよ~♪」
「あ、おはようございます」
そう言えば、遠藤さんの名前を偽名として使ったけ?ゴメン、遠藤さん。
「どうかしましたか?私の顔を見て」
「いや、別に。カワイイなと思っただけだよ」
「いやだ、そんなことないですよ。沢井さんの方が、大人っぽいですよ」
カワイイと大人っぽいって、比較するものか?まあ、いいや。愛想が悪いより、はるかにいい。
「あれ、課長が居ないね}
「また、出張のようですよ」
ああ、今度はボードに書いてあった。
「そんなに課長のことが、気になりますか?」
「別に。上司元気で留守がいいって、言わなかったけ?」
「何それ?」
遠藤さんは、くすくすと笑った。微笑んだと、言い換えた方がいいかも。
いやあ、本当に絵になる。でもね、私だって小学生から、女神さまって言われたんだよ。でも、女神さまも色々だからなあ。何の女神さまだろう?今度、聞いてみよう。
「そういえば、仕事はどう?課長不在で大丈夫?」
「はい、ありがとうございます。そろそろ、追い込みです」
「そう。それなら良かったよ」
「沢井さんは、どうなんですか?」
「う~ん、こっちはまあまあかな」
「じゃあ、終わったら祝杯をあげましょうよ」
「うん、いいね」
いやあ、本当に上司元気で留守がいい。あれ?違ったっけ?
「丸山さん、おはようございます」
「ああ、おはよう」
「どうかしましたか?」
「いや、例の件の住民説明会が、急に決まってね。大急ぎで、資料を作っているんですよ」
「ああ、手伝います」
「お願いね。私はこういうのが、どうも苦手で」
「意外ですね。根回しは得意なのに」
「嫌なことを言うねえ。根回しは、得意ではありませんよ。面倒ごとが、嫌いなだけなので」
「ちなみに住民説明会って、反対派を説得する為ですか?」
「う~ん、実は賛成派がごねていてね。ちょっと、面倒なことになりそうなんですよ」
「ええ?だって役所の人もオッケー出していたじゃないですか?」
「役所の人はね。まあ、彼らは反対はしないだろうけど。でも、地域住民の反対を押し切る程、情熱は無いんですよ」
「説得は、してくれないんですか?」
「そのための、説明会のセッティングなんですよ。お前らで何とかしろって、そう言うことなんだろうと思いますよ。まあ、つるし上げにならないだけ、マシかもしれない」
「え?そんなことがあるんですか?」
「公共事業では、よくありますよ。私なんか、水を掛けられたこともありますから。いいとばっちりですよ」
「うちら、そんなことをしていませんけど。関係ないじゃないですか」
「でもなあ、ぐずる人はぐずるものなんですよ。むしろ、不満をぶつける相手には、我々は丁度いいと思われたのかもしれませんよ。仕事が終わったら、我々は居なくなるし。さあ、愚痴ってないで資料作りをしよう。これが、峠です。多分ですけどね」
何だか、無駄に時間が経過したような。ぐったりしながら、会社を後にしようとしたら、エントランスの奥の方で、男女が言い争っているようだ。
「はあ~、元気だね」
私はため息を吐きながら、そっちをよく見ると、なんと遠藤さんだった。
「え?遠藤さんと、相手は誰だ?」
相手は私に背を向けているので、私からはよく分からない。
「どうしよう、口を出すべきかどうか?」
そう考える間もなく、つかつかと彼らの方に近づき、わざとらしく声を掛けた。
「あれえ、遠藤さんじゃない?どうしたの、こんな場所で?」
遠藤さんはぎょっとしたようだが、私は遠藤さんの話し相手にぎょっとした。課長だった。
「ああ、沢井さんか。お疲れさん。いや、仕事の話をしていただけなんだよ。ちょっと立て込んでいてね。君はどうしたのかな?」
「いえ、もう帰ろうと思っていました。課長はどうされるのですか?」
「うん、私ももう帰るところだよ。じゃあね、遠藤さん。お疲れさん」
何だろう、やけに早足で帰って行った。というか、遠藤さんを残して。
「遠藤さん?」
遠藤さんは、涙ぐんでいた。とりあえず、今すぐ課長を追いかけて後ろから殴るか。
「大丈夫ですよ、沢井さん。ちょっと、仕事でしくじっただけですから」
「本当?どうする?この後、お茶でもする?」
正直、真希のことを思うと、今すぐ帰りたいところだけど。でも、遠藤さんも放っておけない。
「大丈夫ですよ、私も帰りますし」
思わず、大丈夫禁止と言いたくなったけど、それはやめた。だって、遠藤さんも私も大人だし。
「心配かけてすみません。だから、沢井さんももう心配しないでください」
「うん、分かったよ、でも、何かあったら相談するんだよ」
「・・・・」
うん?よく聞こえなかったけど?でも、遠藤さんは会釈して立ち去ってしまった。
ふと気づくと、私一人になっていた。
あれ?何で私だけ、ここに取り残されているんだ?おかしくないか?
「仕方がない、帰るか」
何だか釈然としないまま、真希の居る、我が家に帰ることにした。居るよね?
「ただいま~♪」
「あ、加奈子さんお帰りなさい」
いいねえ。お帰りなさいなんて、言ってくれる人がいるなんて。
部屋に明かりがついている。人の気配がある。なんだろう、幸せな気がする。結婚したくなるかも。
「あれ、何も食べていないの?」
「はい、加奈子さんを待っていました」
う~ん、いい子だ。つい、真希の髪をわしゃわしゃしてしまった。
彼は、すっかりうろたえていた。
「あははは、ゴメン、ゴメン。何だかさ、嬉しくってさ♪ちょっと待っててね?今、ごはん用意するから」
とは言え、今からカレーを作る時間はない。どうする?
「ねえ、何か食べたいモノはない?」
「・・・オムライスが食べたいです」
オムライスが、本当に好きなんだね。男の子って、そうなのかな?それはそれで、楽かもしれない。
私は冷凍庫から、チキンライスを取り出して電子レンジに放り込む。卵も出しておく。
「ちょっと待っててね」
「あ、手伝います」
「うん、でも大丈夫だから、勉強でもしてて」
「加奈子さん、大丈夫禁止です」
「うはああ、ゴメン、ゴメン。じゃあ、サラダを作るのを手伝って」
レタスをちぎり、パックに入った千切りキャベツと一緒にお皿に盛り付けるだけだから、調理に危険はない。でも真希は、意外にきれいに盛り付ける。私よりもキレイかも。手先、器用なのかな?
「さあ、出来たよ」
今回は、成功した。やれば出来る。私は、出来るオンナなのである。ついでに、ケチャップでハートマークを作る。やめて、変なモノでも見るような目をしないで!
もう、これはやめよう。恥ずかしくなってきたから。
楽しい食事の時間を終え、ふたりでお茶を飲んでいたら、私はふとあることを思いついた。
「ねえ真希。今度の日曜は、ヒマ?」
「はい、ヒマですけど」
「じゃあ、どっか行こうか?」
「でも、迷惑じゃ・・・」
「はい、迷惑禁止!」
「えええ?」
「前に言ってた、水族館でも行く?なんだったら、友達も連れてきてもいいよ」
「友達は、居ません」
「へえ、真希は孤高の人かな?」
「友達を持つのを、禁止されているだけです」
自分でも分かるぐらい、盛大に眉が動いてしまった。
おいおい、何だよそれは?というか、真希はまた、しまったという表情をした。
友達が居ないことが恥ずかしいのか、友達禁止を知られるのがまずいのか、どっちなんだろうか?
どっちも問題だ!
「子供は、学業を優先しないといけません。だから、友達を持ってはいけないんです」
なんというか、子供のセリフでは無いな。大人のセリフとしても、もはやおかしい。
いよいよ、真希のお母さんと会わないといけないようだ。でもその前に、まずは滝川さんだ。真希のお母さんは、私にとってのラスボスだから。ラスボスに向き合うには、事前の準備が必要だと思う。ロープレと違って、やり直しは利かないから。
真希の安全が掛かっているからこそ、慎重に、そして失敗は許されないと思う。
「友達は、持っていいんだよ」
「でも、勉強の妨げになるから、ダメと言われました」
ダメという奴こそ、ダメ人間だろう。
そもそも勉強って言うけどさ、家でやらせてくれないだろう。だいたい、真希を家から閉め出しておきながら、なんだそれは?言ってること、矛盾しないか?
つまり、他に理由があるということではないのか?真希に友達を持たせたら、まずいと思う何かだ。それは、椎名家の中を隠しておきたいって、そういう事じゃないのか?
他人に見られるわけにはいかない、何かがあるということじゃないのか?
つまるところ、それは真希の為ではない、大人の事情だ。それも、大人の身勝手な都合だ。
やばい、怒りで頭がいっぱいになりそう。ダメダメ、今は遊びの話をしている時間だ。真希に、楽しんでもらうための予定を組む、それが今の最優先だ。
「とにかく、日曜はどっか行こう。勉強でもいいし、遊びでもいい」
「じゃあ、スカイツリーに行きたいです」
「いいよ。じゃ、日曜はうちに来てね。これたらでいいから。ああ、明日も学校が終わったらうちに来るんだよ。」
「はい」
真希を、玄関前から見送る。
走り去る真希に手を振りながら、私は別のことを考えていた。
「友達禁止って、どんな理由でだよ」
滝川さんと話をしたいけど、有休を使ったばかりだから、ちょっと時間が取れない。
「もし今度、真希が家から閉め出されたら、私が真希を保護する。もう、彼を家には帰さない。その後、滝川さんと話をする。一時保護施設には、真希を預けない」
私は児童保護について、時間の許す限り調べた。
一時保護施設が、保護される児童にとって、決して快適な施設では無いと言うこと。目的が児童の保護ゆえに、他がおろそかになっていること。児童を守るために、外部から遮断されていること。本もテレビすらも、自由に見れない。携帯も取り上げられる。
「暴力とか虐待とか、そういった関連する映像とか連想されたりすると、フラッシュバックの恐れがあるからが理由らしい。でも、そんな環境に置かれたら、誰だってきついだろう。ましてや、相手が子供ならなおさらだろう」
なんというか、まるで拘置所か刑務所のようだ。なるほど、これじゃ閉じ込められていると真希が錯覚していても、不思議ではない。外に出る自由が、保護されている児童には無いんだから。
これでは、監禁と同じじゃないか。
いや、これは逆監禁なのかもしれない。
虐待する保護者や、不良グループから被害児童を守るために、必要な措置なのかもしれない。
そして肝腎なのが、そこに保護されている児童が、ネグレクトなどの児童だけでは無いということ。非行少年の手前の、いわゆる素行の悪い子も、一緒に収容されていること。
どうしてそうなるかと言えば、一時保護施設のキャパシティはもう一杯だからだし、一部の心無い職員によるハラスメントもあるという。民間施設や家庭でも一時保護が出来るということも、分かってきた。
だからといって、では私が真希を保護しますと手を上げても、はいそうですかとはならないらしい。手続きが大変で、しかも審査の為の時間が必要だからだ。
「つまり、児童の安全を優先しているけど、養育とか成長に寄与しようとは、思っていないということか。いや、思いたくても出来ないということかな?これが、いわゆる縦割り行政の弊害って奴なのか?冗談じゃない」
だからこそ、養子縁組とか里親制度が必要なんだろうけど、それすらもハードルが高い。
私は色々な制度、仕組みを調べた上で、滝川さんと話し、最後にラスボスである真希の母親と対決しようと思った。
だけど、事態は私の予想を遥かに超えて進行していた。
私は、それに気付かなかった。