50:もしも生まれ変わることができるのだとしたならば
デリック視点。
悪魔を滅ぼし、そのために怒り狂ったマレガレットは力尽きて眠った。
俺は倒れ伏す彼女を見下ろしながら呟く。
「ごめん。――俺には君を殺せない」
なんて情けないんだろう、俺は。
この剣で彼女の胸を貫く。ただそれだけのことなのに。
きっとこれ以上生かされるのが彼女の本望じゃないことくらいわかっている。だが俺の心は弱く、殺してやることすらできなかった。
俺は眠る彼女――マレガレットの体を胸に抱き、炎の中を歩き去る。
本当なら俺の方が死にたいが、俺にはまだやらなければならないことがあったから。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺はあちらこちらを彷徨いながら、まだマレガレットに滅ぼされていなかった都市を探し回った。
ほとんどが瓦礫の山と化していたが、その中でも生き残りはあって、俺が来たと知って歓喜した。
「デリック王子様!」
「王太子殿下……いいえ国王陛下、どうか私共を助けてください」
俺が何ができるというわけではない。
俺はまだまだ若造だ。せいぜい畑を耕したりすることしかできないけれど、彼らを懸命に手伝った。
やがて復興が進んでいくと、とにかく減った人口を増やさなければならない。
皆が子作りしやすいような環境を整える。新たな城を設け、働きたい者はそこで働かせるようにした。
そうして小さな国が出来上がる。国名は『スピダパム』と名付けられた。
焼け野原に人が再び息づき、村が増え、人々の瞳に光が宿った。
「――なあマレガレット。君の計画は失敗だ、世界は滅んでなどいなかったろう?」
俺はそっと彼女に語りかける。
ちっとも目覚める様子がない彼女は、まるで老いる様子を見せない。
そのうちに俺の方が寿命を迎えてしまうかも知れないな。そう思うと少し寂しい気もした。
ある程度安定すれば子作りだ。
人間や動物に関わりなく交わりを繰り返し、子を孕ませた。そうして、スピダパム王国以外にもいくつかの小国を作っていく。
正式な王妃も娶り、俺はスピダパム王国の国王として奮闘を続ける。
ただ、その胸にはいつも紫髪の女性を抱いていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「すっかり豊かになったな……」
あの大惨事から随分と長い月日が流れた。
王国にあの災厄の影はなく、繁栄を極めている。魔女が襲来したあの年を元年と定め、今年で四十年になるらしい。
そんな時、俺はとある夢を見た。
それはお告げだった。
「お主はもうじき死ぬ。その時までに彼女を『地獄の峡谷』へ封じよ。
そしてお主に予言を残す。必ず遥かな子孫にまで言い伝えるのじゃ。
『千の年、魔の手が世を脅かさん。それ阻止したくば九九九の年、聖女を召喚せよ』
ワタシの声が聞こえたなら、頷け。そしてワタシの言の通りに動くのじゃ。さすれば未来は――」
女神だった。
それは幼い顔立ちをした、しかし凜とした佇まいの女神。
この世界では天の神々が信じられている。けれども俺は、今までそれを信じていなかった。
あんな大惨劇をどうしてただ見ていたのか? 説明がつかないではないか。
しかしその女神の声を聞いた瞬間、俺は恐ろしいほどの使命感に駆られた。だから……マレガレットを地獄の峡谷に投げ入れることを決断したのだ。
確かに俺が死んでしまえば、彼女がどうなるかはわからない。
誰にも『破滅の魔女』だなんて言えてはいないが……もしやその事実を知る人間がいるかも知れないからだ。
地獄の峡谷へ突き落とした瞬間、俺はそっと呟いた。
「さようなら。君を救えず、すまない……」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
予言はきちんと伝えたし、書き記してある。
これでもうやり残したことはないはずだ。あとは後世の人間たちに任せるとしよう。
俺は寿命が近い。もうすぐ、お迎えが来るだろう。
俺はベッドの上で静かに夢想する。
マレガレットと歩める未来があったら……それは一体どんなものだったろうか。
きっととても楽しかったに違いない。
マレガレットは多分、笑ったら素敵な子だった。それをあんな悲しげな狂笑に歪ませたのは、恐らくは俺の知らない俺なのだろう。
時魔法。その特殊な力によって運命を歪められた哀れな少女。俺は彼女を助けてやることができなかった。
もしも生まれ変わることができるのだとしたならば。
その時はきっと、彼女を――。
絶対に、殺してみせる。
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次話で完結します。




