44:デリックの想い
今回はデリック視点です。
「私は、マレガレット・パーレル。――全てを諦め、手放した女よ」
彼女はそう言って、俺の目の前から消え失せていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
長く波打つ紫色の髪、黄金に輝く瞳。
それを目にした瞬間に俺の心は奪われた。
なんて愛らしい少女なのだろう。
力なく弱々しい微笑み。庇護欲をそそるようなその顔は俺を虜にする。
俺は心から思った。……この娘を守ってあげたいと。
「君が婚約者になる娘か」
そう声をかけると、彼女は「ふぅ」と息を吐いた。
先ほどまでの不安そうな顔が一変し、どこか疲れたようなものになる。もしかして俺の言葉が悪かったか、などと思っていると……。
彼女は意味深な言葉を残し、その場から突如として消失したのであった。
その後大捜索が行われたが、掴めたのは城下町での目撃情報のみ。
王都まで出た形跡も、他の場所へ逃げたとの話も皆無だ。
マレガレットのあの言葉は、一体どういうことだったのか。
彼女はどうして失踪したのか。彼女は俺のことをどう思ったのだろう。
疑問で疑問で仕方なく、俺は何日も頭を悩ませた。けれどもその答えは出ず、やがて捜索も打ち切りになる。
ただひたすらに虚しかった。もしかして彼女は俺が嫌で逃げたのではないだろうか。いいやきっとそうに違いない。
……でも俺は彼女に惚れてしまっていた。
何とか探し出そうとして努力した。
俺自らが出向き、パーレル家と話をしたこともある。しかし相手は「知らない」の一点張り。
埒が明かなかった。
そうしてマレガレットは見つからないままに俺は成長する。
やがて婚約者を選ぶ歳になり、メア・ドーランという娘がそれになった。
メアのことはあまり好きになれなかった。
どこか甘えていてうるさい。上目遣いな感じがわざとらしく、イライラした。
でもきっとこれは俺のわがまま。
未だにマレガレットを忘れられない己の自己中心的な心が生み出している妄想なのだということもわかってはいる。
王太子としてメアとの結婚は必須で、だから嫌がるわけにもいかなかった。愛せていないことを申し訳なくも思う。
でも俺は、マレガレットが良かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
結婚式の時現れたのは、黒服の女だった。
愛の誓いのキスを交わそうとしていたところだ。城の天井が崩れ、嗤う女がこちらを見下ろしていた。
その容姿は、短い紫髪に金色の瞳で。
すっかり大人びてしまっていて面影は薄かったが、俺はすぐにわかった。
「マレガレット……」
彼女は間違いなく、マレガレット・パーレルであるのだと。
しかし彼女から生まれる破壊は凄まじく、俺はメアを連れてただただ逃げることしかできなかった。
逃げ惑い、城下町や王都での死体の山を見る。そして追いかけてくるマレガレット。
俺は廃墟までやって来ると、立ち止まった。
メアを下ろしてマレガレットと話をしに行こう。
どうしてこんなことをしでかしたのか、彼女が今までどこにいたのか。問い詰めることはたくさんある。だから――。
しかしそう考えていた瞬間、俺の腕の中でメアが燃えた。
突然だった。ボワっと音を立て、火だるまになったメア。俺は何とかしようと思ったが体が動かず、メアはあっけなく死んだ。
……死んだんだな。
メアの死を受けて俺はそれだけしか思わない。
今夜、共に寝るはずだった女の死を前にして、だ。
俺はメアのことなどどうでも良かったのだと改めて思った。哀れな女だな、とも。
そして降りてきたのは、黒服の女。
すっかり変わってしまった彼女は、しかしあの時のままの目をしていた。綺麗な瞳が俺を見つめてくる。
その瞬間、彼女をほしいと思ってしまったのだ。
こんな大量殺人鬼を愛することは愚かだと自分でもわかっている。でも、俺は。
俺は――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「じゃああなたは何故、私を裏切ったの!?」
メアを殺し、突然現れた弟のジェイクを殺し、他の騎士たちも殺めた彼女。
そんなマレガレットから飛んできたのは、弱々しく、そして悲痛な叫びだった。
それは謂れのない罵倒だ。
俺はそれに首を傾げる。俺が彼女を裏切ったことなど一度たりともないはずなのに。
でも胸がズキリと痛んだことだけは確かだった。
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