30:滅びへの第一歩
マレガレット視点に戻ります。
風で、全てを吹き飛ばして。
水で、あらゆるものを沈めて。
土で、残骸を押しつぶして。
炎で、人々を焼いた。
「光と闇は、まだ慣れない。修行が必要だな」
私は小さくそう呟いた。
私が今立っている地点、そこはもはや廃墟でしかない。
元々は青々とした緑がある村だった。それを私が私の手で破壊したのだ。
あたりに散らばるのは人の死体。死体死体死体。
人はこんなにもすぐ死ぬのだ。知っている。首を吹き飛ばされただけで一瞬で死ぬのだ。押し潰されて死ぬこともあれば焼け死ぬことも。
……なんで生きているんだろう。そんな疑問が湧いてきて、しかし私は虐殺を続けることにした。
逃げ惑い、村から出ようとしている一人の少年がいた。
幼かった。まだ、十歳にも満たないだろうと思った。彼は私を振り返り、悲鳴を上げる。
「――ごめん」
私は直後、彼の体に水を流し込んで破裂させた。
血飛沫が舞い散る中、思う。どうして今、自分が謝ったのかと。
殺すのに謝罪は必要か? 殺された相手は、きっと、謝罪など求めていないだろうに。
これは単なる私の心の弱さの表れ。人を殺してはならないという道徳心が拭えないからだ。
もっともっともっと魔女にならなければいけない。
「マレ様、結構派手にやりましたね〜」
「当然だ。この村はもう終わりだろう。次へ行くぞ」
「へいへい」
これで滅ぼした村は五つ目になる。
どれも地獄だった。叫びの中で死んでいく人々は、あの時を思い起こさせる。
私がどうやっても抗うことのできなかった『破滅』だ。
しかし今度はそれをもたらすのは私。
次の目標は、私の念願の場所だ。決して容赦はしない。
私はそこへと向かうべく、風魔法で空を飛んだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ただいま。私が誰だか、わかるか?」
にっこり笑顔でそう問いかける。
目の前で震えているのは、中年の男だ。ええと彼は私の父親だったか。ああそうだった。すっかり忘れていた……わけはない。
当然ながら覚えていた。
ずっと憎しみを抱いていた。そもそも、私の不幸の始まりは彼らだから。
幼い私は憎しみという感情をまだわかっていなかっただけだ。
成熟し、絶望した私になら理解できる。彼らに愛などなかった。だから憎んでもいいのだと。
「誰だ、お前は!?」
「紫髪に、金色の瞳。これでもまだわからないか?」
「…………!」
理解が遅いな、馬鹿め。
よくもまあそんな頭でこの馬鹿でかい屋敷を維持できるな、などと思う。が、今はそんなことはどうでもいいだろう。
「私を虐げた恨みは軽くない。覚悟しろ」
「ま、マレガレットなのか!? お前は……」
「――死ね」
男は、焼け付くような白光に胸を貫かれ、血すら出さずに死んだ。
あまりにも呆気ない死。もう少し痛めつけてからでも良かっただろうかと思ったが、まだ次の目標がいる。
そいつはちょうど、屋敷へ帰って来たところのようだった。
「だ、誰!? 誰なのっ」
私はもはやその声に答えるつもりはない。
その人物は、私を虐げたもう一人の人間――継母だった。
でっぷりと太った豚のような女。
こんな女にいじめられていたのかと思うと、少しゲンナリする。ぶん殴ってやれば良かった。殺してやれば良かった。昔の私でも、それくらいはできたろうに。
「あなたは昔の分と合わせ、苦しみの末に殺すとする」
まず、どこからともなく水を引き出し、継母を溺れさせた。
「わぷっ、わっ」手足をバタつかせる彼女の滑稽な姿を見ながら、しかし私は手を緩めない。
彼女を闇に包む。これは一種の結界のようなものだ。
そしてその中に、様々な魔法を投じていった。
業火。土砂。暴風。気が狂うような痛みを与え続けた末、ようやく女が動かなくなる。
思わず「ふっ」と笑みが漏れた。
「私と貶めたからそんなことになる。自業自得だ」
苦しみ、苦しみもがいても助けは来ないのだ。
それは私が一番知っている。
死んだ女を闇の中から解き放った。彼女の醜い亡骸を見て、少しばかり満足する。
「悪魔、見てくれ。この豚女の死に様を。滑稽で哀れで救いようがない、まさに人間の象徴のようだとは思わないか?」
「マレ様も人間ですけど?」
「私はもうすでに人間ではない。魔女、だからな」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
滅びへの道は、第一歩を踏み出したと言ってもいい。
これからさらに苛烈に猛烈に。私は、世界をぐちゃぐちゃにするその日を夢見るのだった。
面白い! 続きを読みたい! など思っていただけましたら、ブックマークや評価をしてくださると作者がとっても喜びます。
ご意見ご感想、お待ちしております!




