間話4:躾の日々
マナー。
貴族を縛るそれが、アタシを雁字搦めにする。
口調も砕けた喋り方ではいけない。
カーテシーも綺麗に見せ、笑顔は決して歯を見せないように。
こんなのに何の意味があるのだろうとアタシは疑問に思う。
いつもロープで手足を縛られているようなものだ。これのどこが幸せなのか、とわからなくなる。
食事は溢さずに。しかも食べる順番までがっちり決められている。
厳しい躾。
それにアタシが屈さずにいられたのはきっと、デリックのおかげだと思う。
「デリック様……」
彼の優しい瞳を思い出すだけで、アタシは諦めないで頑張ろうと思えた。
この苦しい日々も全て彼との幸せのため。そう思えば幾許かは苦痛が和らぐ。
ただ、彼と会えないことだけが残念だったけれど。
「お父様ぁ、いつになったら会わせてくれるんですかぁ?」
「まだだ。お前が十三になるまで、社交界には出してやれない」
養父――お父様はいつも厳しい。
どうしてこんなにアタシをいじめるのか。単に強制労働させられる孤児院の方がまだマシだった。あの時は苦しみを苦しみと思っていなかったからかも知れないが。
十三歳になるまでの日々を指折り数える。
その日までには完璧な令嬢になっていなければならない。元孤児のアタシが王妃になるためには、それくらいの訓練が必要だ。
アタシはダンスの練習をしながら、ふと王妃になった自分の姿を想像してみた。
白い髪、白いドレス。気品あふれる表情。ああ、なんて素敵なんだろう。アタシこそ王妃にふさわしいに違いない。
だってデリック様はアタシを選んだ。少なくともアタシはそう思っている。
あの時の出会い、忘れたとは言わせない。アタシはあの時のあなたに恋心を抱いてしまったのだから――。
「うわっ!?」
ダンス中、こけた。
すぐに指導の先生からの叱責が飛んでくる。ああ、サイテー。
でもこれも全ては王妃になる幸せな未来のためなんだ。
ここで弱音を吐いていちゃダメ。もっと精神を強く持って、前へ前へ前へ前へ前へ――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ひたすら努力し、進み続ける。
マナーも最初とは見違えるくらいに上手になったし、口調も完璧とまで言われた。
これでもうほとんど完成だ。あとは社交界デビューを待つだけだった。
そんなある日のこと。
アタシの耳に、不穏で不吉で最悪で最低な噂が届いた。
それはデリック第一王子と、アタシでない別の金持ち令嬢が婚約するらしいのだ。
目の前が真っ暗になる感覚を、生まれて初めて味わった瞬間だった。
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