25:悪魔
「ようこそいらっしゃいました、あなたのおかげで封印が解けましたよ。あーあ、よく寝た〜」
私が呼びかけた途端、悪魔が目を覚ました。
そして開口一番に放ったのがこのどこか間抜けな挨拶である。
だが私はむしろ警戒した。
まるで朝に気持ちよく起きられた、期限のいい幼子のようだ。しかし相手は悪魔。急に殺されても何ら不思議はないのだ。
「えと、僕は悪魔です。こう見えて結構の腹黒。で、あなた様は一体?」
「……。私はマレ。マレだ」
「マレさん、いやあ、いい名前ですねぇ」
呑気な声の悪魔。
黒い霧で彼の姿までは見えないが、どうやらこちらに近づいて来ているようだということがわかった。
「あなたは常人ではないと見える。ほほぅ、時魔法の使い手ですか?」
「どうしてそれを」
「悪魔を舐められちゃ困りますよ。人間一人の能力くらい、匂いを嗅ぐだけでわかります」
そんなものなのだろうか。
私はその点に関して、深く追求しないことに決めた。代わりに本題を切り出す。
「実は私はあなたに頼みたいことがあるんだ」
「――? 何でしょう? 僕の封印を解いてくださった方ですし、何でもとは言いませんけれども条件ゆるゆるでお聞きしますよ?」
「なら遠慮なく。……私は、世界を滅ぼす魔女になりたい」
気配だけでも悪魔が目を見開くのがわかった気がした。
そりゃあそうだろう。出会って早々、世界を滅ぼしたいだなんて言われれば誰もが度肝を抜かれるに違いない。しかし、
「ハハ、ハハ、ハハハハハハ! それはいい! それはなんとも愉快ですねぇ!」
悪魔は喜んでいた。
私の背筋を何か冷たいものが走る。けれども私はあえてそれを無視した。認識してはならない気がしたからだ。
「あなたと契約を結べば、魔女になることが叶う。魔女になれば世界を破滅へと導くほどの力も得られるだろう。違うか?」
「いいえぇ、違いませんとも! 僕の力さえあればどのような望み、無茶振りでも叶えられますともさ!」
明るくハキハキした声でキッパリと答える悪魔。
かつて私がマレガレットであった時分、ループの中で悪魔と戦ったことがある。しかしその時の印象とは大きく違っていた。
敵として対峙した時はとても恐ろしく思えたのに、今では友好的な態度しか見えない。私が悪に染まったからだろうかと考え、しかし単純に契約相手がこの時はいないからだと理解する。きっとメアたちともこのようにして契約を結んだに違いなかった。
悪魔がまだ友好的なうちに出会えて良かった。
「そうだ。悪魔、あなたの名前をまだ聞いていなかったな」
「僕ですかい? 僕はねぇ、名前はないんですよぅ。僕の出自は実際のところこの世界の悪そのものなので、名づける必要がないってわけです」
「そういうものなのか」
この世界の悪の象徴。
なんと恐ろしいのか。悪を煮詰めて作られた存在だとすれば、きっとどんな人間にも敵わないだろう。あの破壊の日をふと想起し、私は慌てて脳内から追い払った。
名前を持たぬ悪魔。こいつと私は、今から仲間になる。
「――悪魔」
「はい何でしょうお嬢さん?」
「もう一度言う。私を、魔女にしてくれないか」
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