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19:悟り

 ――百度目の世界が生じた瞬間、私が最初に見た物は赤髪に緑眼の少年。


 ああ、またここへ戻って来たのね。

 私はそう思い、静かにため息を漏らす。


「もう……いいでしょう」


 疲れた。

 疲れ切ってしまった。何もかもを救えないとわかってしまった。


 幾度となく裏切られ、罵られ、そして絶望に落とされる。

 私の微力ではデリックを守ることさえできない。そんな小さな望みすら果たせない。


 どう力を尽くしても世界が滅ぶなら、私がこの手で滅ぼしてあげる。

 いいわ。いいわよ、もう、諦めた。


 私が魔女になる。

 そして終わりにしてみせる。私が守りたいと思っていた物も、私の幸せを踏み躙ったあいつらも。


 私は悟りを得て、悲痛な笑顔を浮かべた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「君が婚約者になる娘か」


 懐かしい、彼の声。

 初めて彼の前で名乗ったこの大切な瞬間。


 しかし私は、一度目の世界とは別の名乗りを上げる。

 吹っ切れてしまった私の声は氷のように冷たいと自分でも思った。


「私は、マレガレット・パーレル。――全てを諦め、手放した女よ」


 その瞬間、世界の時間を停止させる。

 この頃の私の魔力はそう多くないから、何秒止められるかはわからない。しかし、デリックの前から逃げてしまうくらいのことは簡単にできた。


 走り、走り、走った。

 空気も停止しているはずなのに呼吸が苦しくないのは何故だろうといつも思うが、今はそんな疑問は湧いて来ない。

 ただひたすらに逃げた。走って走って無我夢中で駆けて、王城を飛び出す。


 その頃にはすっかり魔力を消耗してしまっていて、私は時間停止を解除した。

 そして近くにあった草むらへ勢いよく倒れ込んだのである。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 私は決して、屋敷に帰るようなことはしなかった。


 ドレスを脱ぎ捨て、街に出る。

 美しいと評判があった紫色のロングヘアへ乱雑にハサミを入れた。


 金色の瞳だけはどうにもならなかったけれど、それくらいはなんてことない。

 この小さな体じゃ不便だから、自分の体に時魔法をかけて成長を促して……あっという間に大人の体つきになった。

 急に変わったので動かし方が難しいとかいう心配は私に限ってない。私は何度もループを繰り返していたのでこんなことには慣れっこなのだ。

 そして服は街に売っていた安物を買った。まるでぼろ切れみたいではあるが、今まで一度も袖を通したことのない大人用の服。


 ……そう、私は今日から変わる。

 いいえ、その言い方は正しくないわ。今まで歩み、守ろうとして来た『マレガレット・パーレル』としての人生を捨てる。


 私は魔女になる。魔女になるため、今まで築き上げて来た物全てを投げ捨てたのだ。


「ああそうね。それと……この上品な喋り方もいらないな」


 貴族であった頃に叩き込まれたマナーなど知ったことか。

 とはいえ私は平民の男のことは知らなかったので、デリックの真似をしただけだ。彼ならこうやって喋るだろうから。


「いけない。どうして私は未だにあんな男のことを考えているんだ。私に七十回以上も婚約破棄を言い渡した、あの醜く哀れな男のことを……」


 過去への未練なんて、不必要だ。

 歩むはずだった輝かしい未来なんてものは、元々からなかった。

 かつての、何もかもを救いたいと願った健気なタイムリープ令嬢――マレガレット・パーレルはもうこの世のどこにもいない。


 ただそこには虚しい決意を固めた、何も持たない一人の美女がいるだけだった。

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