13:初めての殺人
開けた草原、そこで少女は待っていた。
いつもの初対面の時は互いに十三歳であるが、この時は十歳。
たったの三歳違うだけなのに、ただでさえ幼かった彼女は小さな子供そのものだ。本性を知らなければ、誰もが愛でたくなる愛らしさよ。
白髪のお団子でまとめたメアは、私を見るとにっこりと微笑んで言った。「あなたが王太子殿下の婚約者、マレガレット・パーレル様ですかぁ?」
「ええ、いかにも。メア・ドーラン嬢、初めまして」
すでに手紙でお互いの名は知っている。
しかし多少は相手の情報を得ている私とは違い、向こうは完全なる初対面。それにしては落ち着きがあるなと私は思った。
この場にデリックがいないせいだろう。
「大変申し訳ないのですけどぉ、アタシ、あまり時間がなくてぇ。本題に入っていただいてもよろしいですかぁ?」
「ええもちろん。私としてもその方が助かるもの。……私、デリックのことが好きになれないのよ」
メアを呼び出すため、私は大嘘を吐いた。
婚約者に決まったデリック第一王子。しかし私は彼を好きになれないという、出鱈目な設定だ。
メアが王太子に惚れていると聞いたので、私はメアに婚約者を譲りたいと思っている。しかしその方法がわからず、相談したいという内容を手紙に書いた。
そしてメアは愚かしくもそれに乗ったのだ。
「あんなに魅力的な方ですけどぉ、もちろん合う合わないはありますよねぇ。ならぁ、一ついい案があるんですけどぉ」
「なあに?」
「アタシがマレガレット様になりすまして、マレガレット様がアタシになるんですぅ。変装なんて大した手間じゃないですしぃ、きっと誰にもバレないでしょうしねぇ。どうです……」
こちらへ一歩、また一歩と近づいて来たメア。
その時私はにっこりと笑い、呪文を唱えた。
「――――」
そして直後に異変が訪れる。
メアの体がぴたりと止まり、驚いたような顔のまま微動だにしなくなったのだ。
時を対象限定で停止させる魔法。
これをこの数日間でどれほど練習したことか。見事に成功してくれて、私は心から安堵した。
時の流れから切り離されて硬直しているメアへと歩み寄る。
そうそう、大事なことを忘れていた。私は彼女の服の中から手紙を抜き出す。「証拠隠滅は大事だものね」なんて独り言を呟きながらそれを細かく破って食べた。
口の中に紙の味が広がって気持ち悪いが、これくらい何でもない。
そしてそれが終わると私は思い切り、彼女の体を蹴飛ばした。
――ここは断崖絶壁の草原だ。
ここなら誰もいない。そう手紙では誘ったのだけれど、実のところはメアを崖から突き落としたかったがためである。
「さようなら」
崖から蹴落とした瞬間、時間停止魔法を解除した。
落ちていく少女の姿、聞こえて来る悲鳴。崖の下は岩だらけであり即死は間違いないだろう。
私はメアの体が四散するところを見届けると、満足して頷いた。
初めて人殺しに手を染めたのだ。しかし胸の中は非常に落ち着いていた。
「――だってこれでもう、何の心配もいらないのだもの」
今度こそ邪魔者は消え、存分に私の人生を楽しめる。
もちろん、この後メアの死について追求されるかも知れないが、もはや証拠は失われた。私だと特定する術はきっとないわ。
そっと崖の上の草原を立ち去る。
早く戻らなくてはデリックが心配しているわ、なんて思いながら。
面白い! 続きを読みたい! など思っていただけましたら、ブックマークや評価をしてくださると作者がとっても喜びます。
ご意見ご感想、お待ちしております!




