11:嗚咽と破滅
デリックの首が、目の前で、落ちる。
触れ合うはずだった唇は失われ、そこにはただただ何もない空間があった。
「え……?」
飛び散る赤い水滴が、視界いっぱいに広がる。
私はそれをただ眺め、呆然と立ち尽くす他なかった。
「――キスの最中、失礼したね」
そんな声が聞こえて、背筋が寒くなるのを感じた。
どうして? 何故? 疑問が湧いて来て、わけがわからなくなる。
抱き合っていたはずの彼の体から力が抜け、腕に重くのしかかって来た。
私はその意味が理解できなくて。
首を横にやり、扉の方を見る。
そこは客人用の入口で、先ほどまで閉ざされていたはずだった。しかしそこには一人の人影がある。
ボサボサの白い髪を伸ばし、狂気的な微笑みを湛える少女。
その姿を一眼見るだけで、私は恐ろしくて動けなくなる。だって、だって――。
「メア」
「へえ、覚えててくれたんだね。そりゃどうも」
あの頃と比べればすっかり身なりがボロボロになったものの、確かにあの少女に違いない。
そしての頭上で旋回する、一羽の黒い鳥。その口には赤いものが染み付いていた。
「アタシの可愛い悪魔ちゃん、ご苦労様。あとは世界を滅ぼしちゃって」
黒い鳥が大きな翼を羽ばたかせ、扉の外へ飛んでいく。
その頃になって、私はようやく理解に及んだ。
私たちの歩むはずだった幸せの道が、全て、全て台なしになって、この掌からこぼれ落ちたのだと。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
デリックの首を噛みちぎったのはあの黒い鳥だった。
そしてそれを仕掛けたのは他ならぬメアである。
「アタシさぁ、この時を何年も何年も待ってたんだよ? アンタに陥れられてから、ずぅっとね。……負け犬になった気持ちはどう?」
「……う、あぁ、うぁあああっ」
涙が、そして嗚咽がとめどなく漏れ出してくる。
せっかく掴んだはずのものが、守りたかったものが、一瞬にして奪われて砕かれて。
私はただ、幸せのために。
平穏な日々のために努力してきた。ただ、それだけなのに……。
式の会場に崩れ落ちて泣き喚く私を、メアは満足そうに見ていた。
魔女だ。魔女の逆襲だった。
『魅了の石』のことを言っても、結果は何ら変わりなかった。しかもデリックの命を失う結果にすらなってしまったのだ。
魔女の怒りに触れた私が悪いのか。
だったらどうすれば良かったのか。どうしたら幸せを掴むことができたのだろう。
どうして私が、こんな理不尽な思いをしなければならないの?
城が、音を立てて崩れ落ちていく。
一体何が起こっているのかなんて、正直今の私にはどうでも良かったけれど、でも『終わり』が近づいていることだけはわかった。
城の天井が剥がれ落ち、その上に広がる空が真っ赤に染まっていく。
その時、掌サイズだった際の数十倍は大きいと思われる黒い鳥の姿が見えた。
「全て全てを滅ぼして! アタシ以外の全部をひねり潰せ!」
空へ向かって白髪の少女が叫ぶ。
直後、空から何か赤いものが降り注いで――。
「リープ! リープリープリープリープリィープ!!!」
……私は嗚咽まじりの絶叫を上げた。
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