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彼女が僕を振った理由

作者: 青葉伊吹

初の短編小説です。

「やっぱり別れてください」


そんなラインを彼女から受け取ったのは、付き合ってわずかひと月目のある日の事。理由の記載は無くただそれだけ。正直頭にきた。頭にきたのでこちらから理由を聞くことはせず


「わかりました」


とだけ返してやった。大学4回生、就職活動真っ只中の出来事――。それから彼女とは一度も会っていない。連絡もない。


彼女、間宮雫(まみや しずく)は僕、雨宮晃(あまみや あきら)より2つ年上のバイト先の先輩だった。大学を中退してからアルバイトをいくつか掛け持ちして生活しているような、言わばフリーターというやつだった。


一方僕は有名私立大学の4回生で、既に大手企業の内定をいくつもとっており、翌年度から東京へ行くこともほぼ確定していた。言わば、将来を約束された男。なので、正直そんな自分勝手な彼女の気まぐれに付き合ってる暇はないというのが当時の僕の本音だった。代わりの女性なんてこれからいくらでもいる。心からそう思っていたし、疑わなかった――。


あれから10年。32歳になった僕は未だに独身をしている。東京での仕事はそれなりにうまくいっているし、同年代の平均年収の倍は優に稼いでいる。合コンに誘われれば、言い寄って来る女性なんて沢山いたし、彼女も()()。しかし、どれも上手くいかずすぐに終わった。そして、別れた後に必ず思い出すのは10年前、たったひと月だけ付き合っていた、彼女……雫先輩のこと――。


正直に言おう――。僕の一目ぼれだった。そして僕の初恋。


「私達、苗字似てますね」


大学2年の春。人生初のバイトの面接で緊張していた僕に、彼女はその屈託のない笑顔でそう言った――。


裏表がなく、いつもニコニコしていて、たまに素っ頓狂なことを言う。しっかり者ではないが、とても面倒見のいい人で気遣いのできる女性だった。そして僕が就職活動の不安や、高い学費に加え生活費も親に出してもらってるのが申し訳ないといった悩みを相談すると「雨宮君なら大丈夫だよ」「親の脛なんてかじれるときにかじっておけばいいんだよ」と励ましてくれた。そんな優しい人。


いま思えば、意地を張らずに聞いておけば良かったと思う。僕を振った理由を――。気になるなら聞きに行けばいいって? それも、今となっては叶わぬ夢だ……。


実を言うと、5年前、一度だけ彼女に会いに行ったことがある。友達の結婚式で、たまたまそのバイト先の近くまで行く用事があったからだ。表向きは『お世話になったバイト先に挨拶に来た』そんな(てい)で。その頃の僕は、就職に成功し、家族や大学時代の同級生や女の子にもにちやほやされたおかげで、()()()有頂天になっていたと思う。そんな僕は、友達の結婚式という理由もあって、有名ブランドのスーツに身を包み、高級な腕時計、ピカピカの皮靴、お洒落なネクタイで着飾って、ばっちりワックスで髪を固め、どうやって僕を振ったあの女(雫先輩)を見返してやろうかと考えていた――。


◇◇◇


大学時代、僕が働いていたバイト先。老夫婦が経営する個人書店はまだそこにあった。僕はその夫婦に、以前お世話になったお礼を言い、近くまで来る用事があったので立ち寄った旨を伝ると、快く歓迎してくれたのだった。お店の中は5年前と変わらず、落ち着いたレトロな雰囲気でジャズミュージックが流れている。まるで、タイムスリップでもしたかのような懐かしさと、あの頃の甘酸っぱい気持ちで不覚にも胸が満たされた。


「そう言えば、間宮先輩ってまだおられるんですか?」


と、自然を装ってその夫婦に尋ねると、二人は顔を見合わせ、少しためらった口調で僕にこう言った。


「本当に残念だった……」


◇◇◇


間宮先輩は亡くなっていた。


1年前、バイトを3日間無断欠勤していたので、住んでいたアパートの大家に確認してもらったところ、眠るように亡くなっていたとのことだった。心不全。それが彼女の死因だった。大学在学中に精神疾患を患い、薬の服用もしていたとのこと。両親とは不仲で普段から連絡を取る相手もおらず、彼女の異変に気が付いた人は誰一人いなかったそうな――。


『親の脛なんてかじれるときにかじっておけばいいんだよ』


僕を励ましてくれたあの言葉は、いったいどんな気持ちで投げかけてくれたものだったんだろう。それを思うと胸が引き裂かれそうな気持になった。


彼女が僕を振った理由――。今はもう、それを想像することしか出来ない。その理由は、もしかしたら本当に僕の事が嫌になったのかもしれないし、自分が病気であることに負い目に感じて、年下の僕の負担にならないように身を引いたのかもしれない。いずれにしても、後悔せずにはいられないし、相談さえしてもらえなかった僕自身を不甲斐ないと思わずにはいられない。


来世――。そんなものを信じるようなたちではないが、もしも、万が一そんなものがあるのなら、心からまた彼女に出会いたいと思う。そして、ひとつだけ我儘を聞いてもらえるのならば、一年でも半年でもいいから彼女より先に生まれて、今度は彼女に頼られる存在になりたい。

最後まで読んでいただきありがとうございました!


「さくらびと−回想録−」(連載中)こちらもよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] タグのラブコメはいらないと思いますね。 笑える所が無いよ?
[一言] 真実がどうだったであれ、知らないでいい事を知ってしまったんだなって感じ。 自分から酷い事言ったりやったりして突き放したのなら後悔して当然だけど、何もなくて彼女から別れを切り出したのなら仕方な…
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