開天闢地(カイテンヘキチ)〔10〕
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長文となりますが、よろしくお願いいたします。
黒い大洋に沈む幻の大陸ランディア、その大陸の東側の海洋プレートの境界域で異変が起こっていた。それは数百年に一度、起きる程度の連動型の異変では有った。本来ならそれだけの事、地球規模で起こりうる通常の出来事であったはずだった。
・・しかし、その瞬間に急激に魔素で覆いつくされていた黒い大洋の海が透明な青色へと変わっていき、その膨大なエネルギーは全て異変の起きた境界域の両側に注がれ南北に連なる海洋プレートの境界域その全てに巨大な地殻運動が伝わっていく。その事によって本来は軽い大陸プレートであったランディアが海洋プレートに引きずり込まれ沈降させられていた圧力が解放され、僅かずつでは有ったが沈んだ大陸は再び浮上へと転じていた。
そしてその膨大なエネルギーの拡散は黒い大洋と呼ばれていた海だけに留まらず。東側の南北の大陸の回廊にまでも押し寄せていた。
その異変に最初に気づいたのは首都WAから要塞都市バリキシメトに向かって飛行していたアレン達の小隊だった。
「アレン隊長、回廊が消えて海が繋がっています」
後方を飛行していた部下が慌てて連絡を入れてくる。
「なに?フェアリースライム達に状況を調べさせろ。いったんこのまま上空で待機だ」
間髪入れずにアレンが指示を出す。
「西の黒い大洋からもの凄い水量の水が押し寄せているようです」
ラートリーがまず最初に状況報告を入れる。
「ラートリー、全てのフェアリースライム達から上がってくる情報を精査して現状の状態と今後の予測を示してくれ」
「アレン、このままだと国が沈んでしまうんじゃないのか?」
ジルは不安そうにアレンに聞いてきた。
「ラートリー、本国への到達時間は」
アレンは待ちきれず、再びラートリーに命令する。
「後、二時間後には第一波がWAに到達するものと予想されます。その際の波の高さ50メートルを超えそうです」
「ジル、本部に大至急連絡を、避難を急がせてくれ」
ありえない光景を眼下に見つめながらアレンは叫んだ。
「第二波、観測されました。第一波より巨大です、100メートル級の疑いあり」
ラートリーの言葉にアレンは即座に部下とジルに命令を発した。
「私以外の者は要塞都市バリキシメトに迎ながら途中の集落に避難を呼びかけろ。最悪、近くに山がない所は子供達だけでも装備してある盾に載せてバリキシメトに避難させろ」
「ジル、次はバリキシメトにも緊急救援の連絡をとって同様の行動をとる様に説明を」
「本部から、フォー国務魔導長官より直接、念話が入っています」
この距離での双方向の念話か可能なのかとアレンは驚きながらフォーの念話を受ける。
「こんな緊急事態の中で貴方と会話する事になるとは思いませんでしたね。50メートルの大波ではなく、海水全体が巨大な壁となって進んできてはいませんか?」
「壁?」
フォーの言葉にアレンが戸惑いながらもよく観察し答える。
「はい、その通りの状況です」
「フジワラから学びました。海底の地面が動いて発生した現象に間違いないようですね」
アレンは第二波の報告をフォーに告げる。
「第二波は推定100メートル程の波が観測されました」
「100メートル!フェアリースライム、波紋の進行方向は読み取れますか?」
今度はラートリーが答える。
「進行方向は回廊部分を起点に東北向かっています」
「東北、東の大陸に直撃するわね。そちらにも連絡を取ります。貴方はそこに留まって観測を私まで逐一報告して下さい」
「わかりました」
二人が会話を終えると、アレンはこの空域に残っていたジルの報告を受ける。
「一方的にだが連絡はできた。もう少し近づけば双方向の連絡が可能だと思うが」
「バリキシメトに向かって行って確認をとってくれ、その後はシュミーの故郷の街にも向かってくれ。多分あそこも危ない」
ラートリーが思わず声をだす。
「ありがとう、アレン、ジル」
「了解だ、バリキシメトで待っているぞ」
そう言うと、ジルもこの空域から高速で離脱していった。
WAの大統領官邸大統領室の隣の私室でエクスペルは魔道具に話しかけていた。
「何が起きたのですか?私の国が私の全てが波にのまれようとしています」
(エクスペルよ、こちらも多大な被害が出たが。どうやら前回のチーリン(黄麟)とチューチュエ(朱雀)が魔力暴走の果てに消失し黒い大洋が生まれて以来、我ら1000万年以上にわたる悲願が達成できたようだ。後一万年も経たない内に我が大陸「ランディア」が再び浮上する)
バイフー(白虎)の言葉にエクスペルは何を言っているのか理解できずにいた。
「お喜びの様ですが、私達はどうなるのですか?」
(これ程の地殻変動を起こしたのだ。世界が波にのまれるのも仕方があるまい、プレートテクトニクスを学んだ我々にとって100年先でも200年先でも良かったのだがな。図らずも今回の地殻変動が利用し得る規模だったのでな)
「私達はどうなるのです!」
再びエクスペルは問いただした。
(また最初から始めるのだよ。私達に与えられた時間は永遠に等しいのだからな。私達の知恵の探求と好奇心の児戯に付き合ってくれて感謝するよ)
そう答えた後、創造主と呼ばれたスライム族との連絡は全て途絶えてしまっていた。
フォーの命によってラジオ放送は緊急速報に変更され西の大陸だけではなく東の大陸でも緊急放送されていた。
「こちらにも海が波が押し寄せています!全てが海に飲み込まれています!逃げて!逃げて!少しでも高い所に!逃げて下さい!貴方の街にも押し寄せてきます!少しでも早く高い所に逃げて下さい!」
WAの放送局でアナウンサーの叫びが続く。
「第二波はこの倍の勢いとなるとの事です!逃げて下さい!逃げて!皆さんさようなら・・逃げて!・・ああ、来てくれたのね・・」
その音声の後、首都WAからのラジオ音声は途絶えた。
大統領官邸にも既に大量の水が押し寄せていた。
「大統領は、エクスペルは何をしているの?」
大統領室の前でフォーが叫ぶ。
「大統領は自室です、・・が外からは開けられない仕組みになっておりまして、お呼びしているのですが出てこられません」
側近達の返事に再びフォーが叫ぶ。
「そこをおどきなさい。魔法で扉を破壊します。貴方達は大統領官邸上空に魔導航空機の手配を」
「はっ!」
側近達が駆け出すとフォーは魔法の詠唱に入り、鈍い爆発音と共に扉は消えてなくなっていた。
「エクスペル、もう水が押し寄せているのよ、貴方は何をしているの」
フォーが部屋に入ると、魔道具に向かっていたエクスペルはゆっくりと座っている椅子を回転させフォーの方向に向きを変え、うつろな目で口を開く。
「何もかもが違っていた、価値観が・・いや、我々とそもそも同じ時間軸に彼等は居なかったのだ・・」
「何を言ってるの!早く逃げないと」
フォーが叫ぶ。
「神は、創造主達は、我々の存在など微塵も気に留めてはいなかったのだよ。そう知恵の叡智の塊の怪物達だったのだ・・」
「貴方は神殿に転移してきたその魔道具を手にしてから少しずつ変わっていったわ。もう彼等を頼る事をおやめなさい」
「頼る・・、彼等は元々我々、いや、自分たち以外の生命など眼中になかったのだよ」
「この災害も、彼等が引き起こしたのでしょう」
「そうさ、「いつ」でも良かったそうだよ。100年、200年先でもな・・たまたま今日だったそうだよ・・全てが流されてしまう。なにもかも・・」
そう言うとエクスペルは笑いながら机の引き出しから鉄の塊を取り出す。
「これは、私が転移されていた時に一緒に飛ばされた物だよ。最後の一発はこの時の為に有ったのだな」
エクスペルは笑いながら、その鉄の塊をこめかみに当てるとフォーを見つめ優しく微笑んだ。
「エクスペル!」
その様子に驚き叫び、フォーがエクスペルに駆け寄ろうとした瞬間、静かに目を閉じ語りかけた。
「愛していたよ・・」
その声と同時に小さな砲声が部屋に響きエクスペルは前屈みに崩れ落ちていた。
「全速前進、前方に見える巨大な波に向かって正面より突っ込むぞ!」
わの国に向かう最新鋭の巨大コンテナ船の船長は大声で船員を鼓舞する。
「総員、身体を船体の頑丈な場所に固定しろ。急げ!」
過去に小船で荒れた海の大波を渡った経験を持つ船長にしても初めて目にする異変だった。しかしこの船は全長は200メートル以上あり、上方の海面に乗り上げる事は可能だと彼は信じていた。のちに彼はこの災害唯一生還した船の船長として後世に語られる事となる。
時間差の有ったブリーテンの放送局でも、既にアナウンサーは放送局の建物の屋上に魔道具を持って上がっていたが、放送内容は悲痛な叫びに変わり始めていた。
「海です、全てが海に飲み込まれています。東の大陸の皆さん、まだ間に合います!一行も早く高台に駆け上がって下さい!」
「多分これが最後です!もうこの建物以外、何も見えていません!早く、早く逃げて下さい!」
自由貿易港湾都市アムス、大都会となったアムズの港に停泊していた大量の貨物船が街のビル群に突き刺さっていた。そしてその巨大な濁流は運河としても利用されている大河を遡行していき「なかつ国」の王都も海にのまれていく。
「持ち出せる貴重品を早く高所に」
アーナッル大統領は後悔していた。最も高かった王城を解体していなければ避難場所としては最適だったが彼の憎しみの心が王城解体を急がせてしまった。
「無理です、もう水がすぐそこ迄、駆け上がってきています。大至急ミスリルゴーレムの盾に乗って大至急避難を」
「ここも沈むのか?」
「今の勢いでは街は全て沈んでしまいそうです。お早く」
そう言いながら側近は駆け出していた。
「これを持ち出せないのか、せめて金貨を」
そう言いながら自室に戻っていた彼の判断がその一生を終わらせる原因となってしまていた。
元スイの国の王都跡に建設された東の大陸の軍事本部にラーバン将軍はいた。
彼はブリーテンのラジオ放送を受け、全てのゴーレム騎士にフェアリースライムに与えられるだけの魔核の粉を与え、更に飛行可能なゴーレムに持てるだけの装備をし、非戦闘員を盾を使って山奥の高台迄、避難させ続ける事を命じていた。
「可能な限り、高台に運べ。此処も水の底となるようだ。幸いこの地には高い山がそびえたっている。時間が許す限り救出し続けろ!」
「ハサン」の港町フェルの高台で林業に従事していた男は眼下のフェルの街が海からの水に飲み込まれていく情景を目の当たりにし、これは本当に現実の光景なのかと愕然としていた。
「俺は、冒険者を廃業していなければ、あの海の中に居たのか・・」
彼はいかに自分が幸運であったのかを自覚できずに震えながらただただ脅えていた。
パーナやカーメル達はスイの国リュウの街の高台にある放送局に集まりブリーテンの最後のラジオ放送を聞き入っていた。
「アンジェラ、こちらからも放送して避難を呼びかけよう。アナウンスを頼む」
カーメルの判断にアンジェラが答える。
「急ぎ放送を開始しましょう。シャトルーズのアキュラからは連絡は?」
「まもなく有るでしょう、北の山脈の向こう側の様子が入ってきます。私も同行します」
パーナはそう答えると、二人の子と共にアンジェラの後を追い放送室へと向かって行った。
「パーナ、水流は「なかつ国」を越えウロポロに向かっている。凄い勢いだ」
「アキラ、いま放送室にいるの。アンジェラが避難を呼びかけているわ」
アキラからの念話にパーナが答える。
「ウロポロ迄の到達予想時間、45分」
チャアが続けて報告を上げる。
「アンジェラ、ウロポロ迄あと45分よ伝えて」
アンジェラがその言葉に答えて強く喋る。
「早く高台に!川を遡行している濁流は後45分でウロポロに到達します!高台に逃げて!」
「この川は運河に使われる程、標高差が無い。ほとんど減衰しないで向かっている。街が沈むぞ!」
アキラのこの言葉にパーナは意を決してアンジェラに席を変わってもらう。
「なぁの国の皆様、私はヴェルビー・ナァ・パーナです。わの国の関係者、軍属なら聞いているはずです。私の言う事をよく聞いて下さい、大水害が迫って来ています。素早く運河から離れて下さい。王城に近い者は王宮の最上段に避難を王城を守る者達も国民と共に王宮に避難して下さい。王城から遠い場所の方々は山を目指して下さい。お願いします、この事を皆に伝えて下さい、どうか命を最優先に避難して下さい」
「なぁの国の皆様、私はヴェルビー・ナァ・パーナです。わの国の関係者、軍属なら聞いているはずです。私の言う事をよく聞いて下さい、大水害が迫って来ています。素早く運河から離れて下さい。王城に近い者は王宮の最上段に避難を王城を守る者達も国民と共に王宮に避難して下さい。王城から遠い場所の方々は山を目指して下さい。この事を皆に伝えて下さい、命を最優先に避難して!」
「お願い、皆、避難して!」
パーナは必死に魔道具に向かって叫んでいた。
アキラは眼下で逃げ惑う住民達を盾の裏側に乗せて移動させているミスリルゴーレム隊の姿をみて念話を試みる。
「盾に乗せて避難させているのか」
「え、なに、あ!聖戦士?・・そうだラーバン将軍からの命令だ」
脅えながら答えるその言葉にアキラはラーバンの本当の真の姿をみる思いがした。
「俺も手伝いたい、何処かで大きな盾は見なかったかい?」
「・・元の「ぜら・あな」商会の倉庫にあるはずだ」
そう言い残すと高台の方へとゆっくりと飛んで行った。
「パーナ、スイの国の飛べるゴーレム全てに救援活動に向かわせてくれ。わの国のゴーレム隊は既に救援活動に従事している。ラーバンからの命令だそうだ」
アキラからの念話の内容にパーナは驚きながらも答える。
「直ぐに王達に伝えるわ、ぜら・あな号も救援に向かわせる」
アキラ達はこの世界の様相全てが変貌をとげた未曾有の災害が、創造主とも神とも呼ばれたスライム達によって引き起こされていた事をこの時は知る由もなかった。
長文をお読み頂きありがとうございました。
開天闢地の章はここ迄となります。どうか次章もよろしくお願い致します。
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