お題「古文書」「獏」「もしも生まれ変わったなら」
「夢が現実になる古文書……ですか」
それは、とある日のこと。
いつもの骨董品店で日課である珍しい品物探しをしていると、面白そうな本を見つけました。古文書という割には綺麗すぎる、けれどなぜか興味の惹かれる本。
気がつくと私はその本を購入して家へ持って帰ってきていました。自分でもびっくりです。
「……せっかくですし、読んでみましょうか」
ベッドの縁に腰かけ、少しだけ傷んだ古文書の表紙をそっと開きます。
『もしも生まれ変わったなら、あなたは何になりたいですか?』
まず目に映ったのは、そんな意味の英文。『夢が現実になる古文書』なのですから、まず夢を尋ねてくるのは分かりますが……やけに具体的ですね。まあ、突っ込んでいたらキリがないのでさっさと読み進めましょう。
私は……そうですね、獏なんて面白そうではないでしょうか?
獏は人の夢を食べると言われている生き物です。ちなみに、ここで言う『夢』は寝ているときに見る夢のほうです。
人は睡眠時に記憶を整理する。その際に頭の中で流れる映像のことを夢と呼ぶそうです。
獏になればそんな夢を食べられる……つまり、他人の夢――その人がこれまでの人生でどんなものを見聞きしてきたのか――を覗けるということ。実に面白そうではありませんか。きっとどんな本を読むよりもワクワクすることでしょう。
――そんなことを思っていた時期が、私にもありました。
いや、さすがにこれはないのでは?
私は長くなってしまった鼻を持ち上げ、自分の体を振り返ります。胸元で綺麗に黒色から白色に変わっており、また足の根元で黒色に戻っている。
どう見ても獏です、本当にありがとうございました。
一体どうしてこうなったのでしょう。私にもなにがなんだか分かりません。ベッドの上からそっと下を見下ろすと、古文書が落ちていました。……まあ、十中八九、あの本が原因でしょう。
さて、まずはどうにかしてベッドから降りましょうか。四足歩行は生まれて初めての体験です。正確には生まれた直後も四足歩行でしたが、残念ながらそんな昔の記憶はありません。
幸いベッドはそんなに高くありません。重心を後ろにしたまま、ゆっくりと右前足をベッドから床に降ろします。続いて左前足。人間でいうと腕立て伏せのような状態でいったん止まります。……ふむ、このままいけそうですね。そのまま後ろ足もベッドから降ろし、ようやく床に着地です。
ようやく古文書とご対面。いったいこの本は私に何をしてくれやがったのでしょうか。まあ、続きを読めば分かることでしょう。
前足で古文書をめくり……めくり……。うん、めくれませんね。人間の手というのはなんと素晴らしいのでしょう。失くして初めて分かることもあるものです。
――いや、本当にどうしましょう?
唯一の手がかりである古文書のページがめくれず、少し気持ちが焦ったのでしょう。本に伸ばした足に体重をかけすぎ……ずるりと滑りました。
ガンッ、という鈍い音とともに、後頭部に衝撃が加わり。やがて遅れて痛みがやってきます。
「あいたっー!?」
後頭部を両手で押さえます。……両手?
慌てて体を見ると、ベッドから上半身がずり落ちた状態で横になっていました。もちろん獏なんかではなく、見慣れた人間の体です。
「……夢?」
ふと視線を横に向けると、古文書が床に放り出されていました。獏になったのは夢だったのでしょうか? それとも現実にあったことだったのでしょうか?
どちらが本当なのかは分かりません。ただ、唯一心に決めたことがあります。
「明日、あの本を売りに行きましょう」