お題「渡る」「嫌いだなんてそんな」「信号機」「水の音」
雨は嫌いだ。
湿気で髪は跳ねるし、洗濯物は生乾きになるし、憂鬱な気分になってくる。雨の日はいつも学校をサボりたくなる。
傘に当たる水の音が、パラパラとリズムよく音を鳴り響かせる。まるでダンスでも踊っているようだ。そんな軽快な音とは逆に、俺はとぼとぼと帰り道を歩いている。
信号機が青になるのを見計らって道路を渡る。横断歩道の白と黒の間に溜まった水たまりが、ピチャピチャとズボンに跳ねた。
――クリーニングに出してまだ数月しか経っていないのに。だからこの時期は嫌なんだ。思わずため息が出てしまう。
そんな憂鬱な気分で歩くこと数分。ようやくバス停に着くと、そこには既に人影があった。見慣れたセーラー服……同じ学校の人だろうか。
……いや、あの三つ編みに、あのメガネ。同じクラスの委員長だ。
「あら。誰かと思えば、どこかの問題児じゃない」
俺に気づいた委員長がいつもの毒舌を吐いてくる。けれど俺は特に言い返すことなく、委員長から顔を背けた。
実際、問題児――授業中にいつも寝ている――というのもある。しかし、なにより、濡れて体に張りついたセーラー服がちらりと見えてしまったからだ。じろじろ見るのは失礼だろう。
というか、もしかして、傘がなくて走ってここまで来たんじゃないだろうか? ……仕方がない。このままじゃ目に毒だ。
「……これ、使えよ」
「え? あっ……ありがとう」
俺がタオルを差し出したことで、ようやく自分の状態に気づいたらしい。委員長はおずおずと受け取って髪や制服を拭き出した。
やがて拭き終ったのか、「もういいわよ」と声がかかり。ようやく俺は委員長のほうを向くことができた。
「タオル、ありがとうね。また今度洗って返すわ」
「……ああ」
「それにしても、まさかあなたがタオルを借してくれるなんて思わなかったわ」
……そんなに意外だっただろうか? いや、確かにクラスで浮いている自覚は多少ある。けれど、別に俺は不良というわけじゃないし、実際普通に喋っているやつもいる。
そんな疑問を顔を浮かべていると、委員長がふふっと冷たい笑みを零した。
「私のこと嫌いだと思ってた。だって、いつも注意ばっかりしているし」
「別に、嫌いだなんてそんな……。俺がいつも授業中に寝ているのは本当のことだから」
「その割にはテストの順位は私よりいいのよね。……ねえ、なんでそんなに眠そうなのか、聞いてもいい?」
「ちょっと、家庭の事情で。夜にバイトしてるだけ」
よくある話だ。片親で、俺以外に弟と妹もいる。だから自分の学費ぐらいは自分で稼ぎたい。たったそれだけの話。
けれど委員長はそう思わなかったのだろう。俺のほうに向きなおると、小さく頭を下げた。
「ごめんなさい。私、あなたのこと、ちょっと誤解してたかも」
「気にしてないよ。俺だって、誰にも言ってないんだし」
「……ありがとう。そう言ってくれると助かるわ」
ふわりと微笑む委員長。
と、ちょうどそんなタイミングでバスが来た。どうやら委員長はこのバスに乗るらしい。
「じゃあ、また明日、学校でね。バイバイ」
委員長は柔らかく微笑むと、小さく手を振ってくれる。そして、俺が手を振り返す前に、バスの扉は閉まってしまった。
上げかけた手をぎゅっと握りしめて降ろす。
「たまには雨もいいかな……?」
バス停の屋根。止まない雨の音を聴きながら――。
俺は一人頬を緩めてそう呟くのだった。