お題「終わりの前に」「オンライン」「記念日前夜」
かつて大ブームを巻き起こしたオンラインゲームがあった。
『フェアリー・アイランド』。
その名前はオンラインゲームを愛する人で知らない人はいないほど、有名なものだった。
そんな『フェアリー・アイランド』も、明日で早くも二十周年。
つまり今日は二十周年の記念日前夜。――そして同時に、サービス終了の前夜でもあった。
俺は久々に『フェアリー・アイランド』を立ち上げる。終わりの前に、一度だけログインしようと思い立ったのだ。
長いロードの後に現れたのは、今となっては古いテイストのトップ絵に、懐かしいメロディ。けれどなぜか温かいものが込み上げてくる。そんなタイトル画面だった。
懐かしのメインキャラクターを選択してログイン。当時はカッコいいと思って作った銀髪碧眼のイケメンキャラだ。ちなみに、名前も非常に痛々しい。
このキャラは、当時トップギルドの一つであった『黄昏の騎士団』というギルドのマスターだ。とはいえ、俺がインしなくなってからもう十年近く経つ。とっくの昔に解散しているか、もしくは幽霊ギルドになっているだろう。
そう思ってログインした俺の目に、『こんちゃー』というギルド専用チャットの文字が映った。
慌ててヘッドホンを付けて、マイクをオンに。そしておそるおそる話かけてみる。
「……こんにちは」
『こんちゃー! おひさ―!』
『おっ、ギルマスの登場だ!』
『ギルマス、超久しぶりじゃん!』
ヘッドホンから聞こえてくるのは、懐かしいかつてのギルドメンバーたちの声。……なんだ、これ? 夢でも見ているのだろうか?
「みんな、どうして……?」
『どうしてログインしてるのかって? そういうギルマスだってログインしてんじゃん』
『ま、みんな考えることは一緒ってことだな』
『そゆことー』
「……ははっ」
思わず乾いた笑い声が漏れる。
どうせ誰もいないと思っていたのに。最後に一人で思いでに浸ろうと思っていたのに。とんだ読み間違いをしていたようだ。
俺がゲームバカだったように、こいつらもゲームバカだったんだ。
「まったく。これじゃギルマス失格だな」
『えー、今さらじゃん』
『けど、ま、そういうギルマスだからこそ、一緒にいて楽しかったんだけどな』
「お前ら……」
それから俺たちは『フェアリー・アイランド』の思い出を語り合った。
明らかにレベルの高い狩場に突撃していったこと。
みんなで何度も死にながらボスのタイムアタックをしたこと。
かと思いきや狩りもせずにひたすら一日中チャットで駄弁っていたこと。
どれも懐かしく、今となっては楽しかった思い出ばかりだ。
このままもっともっと思い出を語っていたい。みんなでまたバカやっていたい。
けれど、どんな幸せな時間にもいつか終わりはやってくる。
『あっ! ごめん、あたし明日も仕事だから、もう寝なきゃ!』
『もうそんな時間か。オレも明日早いからな』
ちらりと時計を見ると、既に深夜をだいぶ回った時間だった。明日は普通に平日だし、俺もあまり夜更かししていられない。このゲームに熱中していた頃みたいに、徹夜で遊ぶわけにはいかないんだ。
「じゃあ、今日はここで解散だな」
『何言ってるのよ。明日でサービス終了なの、忘れたの?』
「いや、『フェアリー・アイランド』が終わっても、俺らの絆は終わりじゃない……!」
『……何臭いこと言ってるのよ』
『そう言いながらもちょっと涙声。さすがツンデレ姫』
『う、うるさい! 泣いてなんていないわよっ! ってかそのあだ名で呼ぶなー!』
相も変わらず賑やかなギルドメンバーたちに、俺は一人笑みを零す。
そう、これで終わりじゃない。このゲームで培ったもの、知り合った仲間は、一生残る大切な宝物なんだ。
「じゃあ、またどこかのゲームで!」
俺は最後にそう言って――。
長いようで短かった『フェアリー・アイランド』を閉じるのだった。