お題「唐草模様」「酔っ払いの戯れ言さ」「共感性羞恥心」
「ごめん、お待たせ! 待った?」
「別に。今来たところ」
待ち合わせ場所である何かの石像の前。腕時計の長針がゼロ分を少し過ぎた頃、彼女は駆け足でやってきた。弾んだ息が、どれだけ急いで走って来たのかを如実に表しているようだ。
そんなに慌てて来なくても大丈夫なのに……。ああ、走ってきたから髪がぼさぼさじゃない。スカートだって少し捲れちゃってるし。
今すぐその綺麗な髪に指を通して整えてあげたい。服装だって直してあげたい……!
「髪、はねてるよ。あとスカートも」
そんな思いとは裏腹に。私の口から紡がれたのはそっけない言葉だった。
「――うえっ!? ほんとだ! せっかく時間かけてセットしてきたのにー!」
そんな私の言葉に、けれど彼女は気を悪くした様子もなく。慌てて鞄から鏡を取り出して手櫛で髪を直し始めた。
ああ、私のバカバカ! なんでいつも素直に言えないの!
せめてもの償いにと、すっと半身をずらす。彼女が乱れた服装を直し終えるまで盾になるのだ。ただでさえ十人中八、九人が思わず振り返ってしまうような容姿をしているんだから、もう少し自覚を持ってほしい。
「えへへー。ありがと。もう大丈夫だよ」
にへらと相好を崩した彼女に、思わず鼓動が早くなる。この笑顔は反則だ。こんなの、誰だって見惚れてしまうに決まっている。
「……別に。終わったなら行くよ」
「あ、待ってよー!」
私は熱を持った顔を隠すように後ろを振り返って歩き出す。彼女は追い掛けてくると、私の隣に並んで「そういえば」と話しかけてきた。
「この鞄、どう? かわいいでしょー?」
手に持った唐草模様の鞄を掲げる彼女。その自信ありげなドヤ顔がまたかわいい。かわいいのだけれど……。
「それはない」
「えーっ、なんでー!? みんなそう言う! 今日だってママに見せたら……あっ」
元気よく話していたはずが、突然口を塞いで立ち止まった彼女。どうしたのだろうか? と振り返ると、なぜか顔を真っ赤にさせていた。
そして焦ったように手を前に持ってきてわたわたし始める。なんだこのかわいい生き物は。
「ち、違うの! いつもはお母さんって呼んでるの! ママって言うのは、あの、その……ちょっとした間違いで!」
「……あー」
なるほど。『ママ』って言ってしまったから、慌てて言い訳しているのか。別に私だって『ママ』って呼ぶことあるし、そこまで恥ずかしがることないのに……。
ふと、彼女の前で『ママ』と口走ってしまったと想像してみた。……あ、これはダメだ。羞恥心が凄いわ。私まで赤くなってきたような気がする。これが共感性羞恥心というやつか。いや、違う気がする。
「うぅー。恥ずかしかった。……ふふっ、ただの酔っ払いの戯れ言さ」
「いや、酔ってないでしょ? というか未成年だから」
ひとしきり恥ずかしがって逆に吹っ切れたのだろう。突然髪をふわっとなびかせて、よく分からないことを口走り始めた彼女。
そんな彼女に突っ込みを入れると、私たちはどちらからともなく笑いあう。
「って、ああっ! もうすぐ映画が始まっちゃう!」
「……っ! なら急ぐよ」
私は冷静を装いながらも彼女の手を取る。
彼女から誘われた初めてのお出かけ。まだ何も始まってもいないのにいきなり予定が狂うわけにはいかない。私が今日をどれだけ楽しみにしてきたことか……! 昨夜だって興奮してなかなか寝つけなかったんだから!
「うんっ! 映画、楽しみだね!」
離れないようにと手に力を込めると、嬉しそうに私の手をぎゅっと握り返してくる彼女。彼女の高くなった熱が手を通して伝わってくる。
まだ私たちのお出かけは始まったばかりだ。