お題「麦わら帽子」「夜空に咲く華」「炎舞」
「あいかわらず何もない場所ね……」
都心から電車とバスを乗り継いで四時間。久しぶりの帰省で出てきた感想がそんな言葉だった。
見渡す限りの田んぼに、ところどころポツンと建っている家。四方を山の緑で囲われており、砂利道がその山々へ続いている。見紛う事なき田舎に思わずため息すら出てしまいそうである。
「はぁ……。早くいきましょ」
夏の日差しが日焼け止めの上から肌をチリチリと焼き、貴重な水分が汗となって首筋を伝っていく。気温自体は都心よりマシだが、セミやカエルの鳴き声がそれを覆すかのように夏であることを推してくる。
そんな暑さから一秒でも早く逃れられるように、砂利道をひたすら歩く。こんなことならもっとヒールの低い靴を履いてこればよかったと後悔するがもう遅い。帰省するたびに同じ轍を踏んでいる気がするのだが、きっと気のせいだろう。
「……あら、子どもかしら。こんな暑いのに元気ね」
少し先、田んぼの中に女の子の姿を見つけ、思わず呟いた。真っ白なワンピースに麦わら帽子。まるでどこかの漫画やアニメの中から出てきたような恰好である。
女の子は私に気づいたらしい。軽くお辞儀をすると、逃げるように田んぼの向こう側へ走って行ってしまった。
「ま、こんな田舎じゃ、知らない人がいたら逃げるわよね」
お辞儀をしてくれただけマシだろう。自分が子どもだった頃はそんなに礼儀正しくなかった気がする。女の子の背中を見送りつつ昔の自分を思い出して、私はつい苦笑いするのだった。
◇◇
「暇ならお祭りでも行ってきなさい」
ようやく辿り着いた実家。お土産を渡したり近況報告したりしたあと、扇風機に当たりながらのんびり夕涼みしていたときだった。そんな無慈悲な言葉とともに親に家を追い出されてしまった。
初日くらいゆっくり休ませてほしいと心の中で愚痴りながら、日も暮れた中、神社に向かってとぼとぼと歩く。お盆の数日の間、近くの神社で小さなお祭りがやっているのだ。屋台も出ているので、昔はよく連れて行ってと親にねだっていたものだ。
鳥居をくぐり、階段を少し登ると、お祭りの賑わいが見えてくる。昔と少しも変わっていないようだ。少しだけ心を躍らせながら懐かしい屋台を見て回る。
「……ん? なんか音楽が聞こえる?」
音に連れられて神楽殿を覗く。どうやら神楽を踊っているらしい。巫女服を着た女の子が、松明で照らされた舞台の上で舞いを踊っていた。その様子はさながら炎舞のように猛々しく、そして美しく――。いつの間にかその女の子に見惚れてしまっていた。
ちょうど神楽も終わりなのだろう。最後に女の子が止まったところで、その顔に見覚えがあることに気がついた。
「あ、昼間の子だ」
田んぼの中で一人遊んでいた、白いワンピースと麦わら帽子の女の子である。彼女は役目を終えたのか、拍手とともに神楽殿から去ってゆく。
それから別の巫女さんが現れ、また神楽を踊る。しばらくその様子を見て、そろそろ帰ろうかと思ったときだった。先ほどの女の子が神社の奥から現れ、こちらに駆け寄ってきたではないか。
「あ、やっぱり昼間のお姉さんだ。こんばんは」
「こんばんは。覚えてくれてたのね」
「うん。こんな田舎じゃ、見覚えのない人がいたら気になるからね」
奇しくも私が考えていたことと同じである。
「お姉さん、都会の人でしょ? あたしの神楽、どうだった?」
「綺麗だったわよ」
「良かったあ……。正直あんまり気乗りしなかったんだけど、お姉さんみたいな都会の人に綺麗だったって言って貰えるなら、やってよかったよ」
……なるほど。たぶん、この女の子は昔の私と同じなのだろう。都会に憧れ、田舎から出たがっていた、昔の私に。
女の子が安堵したように笑顔を浮かべると同時。ドン、という音とともに打ち上げ花火が上がった。
「え、うそ、もう花火始まっちゃった!? ごめん、お姉さん、じゃあね!」
「ええ、さよなら」
あの女の子も、いつか私と同じようにここから出て都会へ行くのだろう。
夜空に咲く華を見上げながら、私は昔を懐かしむのだった。




