お題「決意」「甘い誘惑」「泣いてしまえ」「ステージ」
盛り上がるステージ。湧き上がる観客たち。その日のライブは、いつにも増して熱を持っていた。
控室のテレビからその様子を見ていた私はしかし、熱狂するステージとは対照的に体を震わせていた。
「次の次でもう出番……」
両手の指では足りないほどステージには上がってきた。初めは吐きそうなくらい緊張していたが、数を重ねるごとに心に余裕が出てきたし、ステージも盛り上がるようになってきた。
しかし、先月のライブ。踊りを間違え、歌詞は飛び、挙句の果てに最初からやり直すも時間が足らず途中で終わってしまうという大失敗をしでかした。関係者も観客も笑って許してくれた。けれどその失敗以来、私はステージに立つことが怖くなってしまった。
「次の方、スタンバイお願いしまーす!」
「あ、は、はいっ!」
呼びにきたスタッフに連れられ、プロデューサーさんと一緒にステージ裏を歩く。どんどんと重くなる足を懸命に動かし、着いたのはステージ袖。ステージを見ると、いつの間にか前の人のステージが始まるところだった。
この曲が終われば、次は私の出番。駄目だ、やっぱり怖い……! 再び俯きかけたとき、震える私の手を温かな手が覆った。
「やっぱり緊張するか?」
顔を上げると、プロデューサーさんが心配そうな顔で覗き込んでいた。私が新人だった頃からずっと一緒に歩んできてくれたプロデューサーさん。彼を心配させたくはないが、今の私には虚勢を張る余力すらなかった。
「……は、はい。ステージに立つ自信がありません……」
「そうか……」
このステージは、私の復帰を兼ねてプロデューサーさんが手配してくれた仕事だ。元々大した人気があったわけでもなく、大失敗もした。そんな私を上げてくれるステージなんてほとんどなく、プロデューサーさんが必死に頭を下げて取って来てくれた仕事なのだ。
それなのに。そんな大切な仕事なのに。私は体の震えを止めることができないでいる。
「一度思いっきり泣いてしまえ。それでも無理そうだったら、ステージを降りてしまえばいいんだ」
そんな私をなぐさめるかのように。プロデューサーさんの口から紡ぎ出たのは甘い誘惑だった。
……この人は何を言っているのだろうか? 始まる前からステージを降りるなんて、以前の失敗どころの話ではない。私は半ば呆気に取られながらも、なんとか言葉を絞り出す。
「そんなことをしたら、みんなに迷惑が……」
「そのときは一緒に謝ろう?」
「……許してくれるわけないですよ」
「俺が土下座でもなんでもしてやるさ。可愛いお前のためならな」
屈託のない笑みを浮かべ、私の頭を撫でてくれるプロデューサーさん。その笑顔が、その温かな手が、私の不安で固まった心を急速に溶かしてゆく。そうして溶けた不安が水となり、ゆっくりと目から流れ落ちた。
「何ですか、それ。口説いているんですか?」
「あ、いや。そんなつもりじゃ」
「……ふふっ、冗談です。ありがとうございます、プロデューサーさん。私、もう一度頑張ってみます」
「大丈夫か?」
「はいっ!」
前の人の曲が終わり、名前が呼ばれる。ついに出番がきたのだ。
私は涙を拭い、立ち上がる。体の震えはいつの間にか収まっていた。そして、最後にプロデューサーさんへ振り返る。
「行ってきます!」
「ああ、行ってこい!」
笑いかけてくれるプロデューサーさんに、握りこぶしを作って笑顔を返す。こうして励ましてくれる彼のためにも、最高のステージにしてみせる。そんな決意を胸に、私はステージに立った。
溢れる色とりどりの光。突き刺さる期待と好奇心に満ちた観客たちの目。でも、もう怖くない。
だって、私は一人じゃないから……!
「みんなー! いっくよー!」
その日のステージは大成功を収め――。
数年後、私の歌は世界中で知られることとなった。




