お題「人間嫌い」「主従」「夏は遠い」「時計塔」
桜が咲き始めたある日、わたしは一匹の子猫を見つけました。
丘の上にある古びた時計塔。その軒下でその子猫は泥にまみれてうずくまっていました。
「子猫さん、どうしたの?」
わたしは尋ねました。けれど子猫はこちらを見向きもしてくれません。
「子猫さん、お名前は?」
わたしは再度尋ねました。子猫は面倒臭そうにこちらに顔を向けましたが、すぐに視線をそらしてしまいました。
もしかして人間が嫌いなのでしょうか? ……そうだ、いいことを思いつきました!
「子猫さん、ちょっと待っててね」
わたしは立ち上がってスカートについた汚れを落とすと、その場に子猫を残して急いで家に戻りました。
誰もいない家の中に向かってただいまと一言。それから粉ミルクとペットボトルのお水、あと小さなお碗を持ち出します。
もうどこかに行ってしまったかも? そんな不安をよそに、子猫は変わらず時計塔の下で丸まっていました。
よかった。安心したわたしはほっと胸を撫で下ろしました。
「子猫さん、これあげる」
わたしはお椀にミルクを用意して差し出しました。子猫は鼻をひくひくさせてこちらを向きます。
そのまま様子を見ていると、ついに子猫は立ち上がり、ミルクをペロペロと舐め始めました。
美味しそうにミルクを飲む子猫を、わたしはじっと見守ります。
やがてミルクを飲み終えた子猫は、わたしの足元にやってきました。
「子猫さん、わたしとお友達になりましょう?」
人間が嫌いな子猫のことです。わたしと主従関係になるのは嫌でしょう。ならお友達になればいいのです。
子猫は返事をするように、わたしの手をペロリと舐めました。
「ありがとう、子猫さん。これからよろしくね」
わたしは子猫を抱きかかえて、家への帰り道を歩きます。
桜が舞い散り、誰もいない街中を、一人と一匹で歩きます。
世界からわたし以外の人が消えてから二度目の春――。
まだ夏がくるのは遠そうです。