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お題「一瞬のときめきを返せ」「今まで何を見ていたの」「たとえば君が消えたとして」

 薬品の臭いが充満する薄暗く狭い部屋。世の中はLEDに変わりつつあるというのに、いまだ旧式の蛍光灯がパチパチと音を立て、どうにか照明の役割を果たしている。薄暗い灯りに照らされた金属の棚には、何のために使うのか、そもそも一体何の薬なのか、さまざまな薬品が陳列されていた。どうやら臭いはこの棚の薬たちが原因のようだ。

 すぐさま回れ右をして立ち去ってしまいたくなるような不気味な部屋の中。左右の壁際に一つずつ設置された机に、二人の男女が背中合わせに座っていた。何かの実験でもしているのだろうか。ともによれた白衣を着た二人は、終始無言で薬品同士を混ぜ合わせたりフラスコを火であぶったりしていた。

 やがて、男性のほうが一本のフラスコを手に突如立ち上がった。そのフラスコの中には、この世のものとは思えないような色をした液体が入っていた。


「――できた、ついにできたぞ! これこそ、人類史に残る偉大な発明品だ!」

「そうですか。それはよかったですね」


 狂喜に満ちた表情を浮かべる男性に対し、女性は机に向かったまま淡々と言葉を返した。まるでいつものこととでも言うように――実際いつものことではあるのだが――女性は微塵も意に介すことなく、ビーカーに入った紫色の液体を混ぜ続けている。

 そんな反応が不服だったのだろう。男性は振り返ると、作業を続ける女性の顔の横にフラスコを突きつけた。


「なるほど、君の反応が薄いのも仕方がないことだ。なぜなら、これがどんな薬かまだ説明していなかったからな! フハハッ、私としたことがこれは失礼した!」

「いえ、これっぽっちも興味ないです。それと、顔の隣に危険な薬品を近づけないでください」

「そうかそうか! ではこの私が直々に説明するとしよう!」


 話を全く聞いていない様子の男性は、出入口の扉近くのスペースへ踊るように移動する。そして謎の液体の入ったフラスコを掲げるように持ち上げると、もう片方の手で髪をかき上げた。

 女性はそんな男性へ、氷よりも冷たい視線を向ける。


「これは飲ませた相手の存在を一定時間消すことのできる薬なのだ!」

「はあ、そうですか。ちなみに、一定時間とはどのくらいの時間なのでしょうか」

「非常に良い質問だな! モルモットに飲ませてみたが、存在が消えるため時間の計測できないのだ! ゆえに、君に試飲してもらおうと思う!」

「嫌です。ご自分で飲んで勝手に消えてください。ついでにそのまま永遠に消えてもらえればより助かります」

「フハハッ、面白い冗談を言うではないか!」


 女性はフラスコへ一瞬視線を向けるが、吐き捨てるように言って机へ顔を戻した。しかし男性は折れない。フラスコを持ったまま器用に腕を組んで何度か頷いた後、再度髪をかき上げた。


「消えるのは不安だろう! だが、案ずることは無い! たとえば君が消えたとしても! 世界中の人間が君のことを忘れたとしても! それでも、私だけは君のことを覚えていると誓おうではないか!」

「所長……」

「というわけで! さあ、この薬をぐびっと飲みたまえ!」

「私の一瞬のときめきを返せこのやろう。はあ、私は今まで何を見ていたのかしら……。この人はこういう人だったわ」

「うん? なにか言ったかね?」

「なんでもないです」


 女性の深いため息の後に漏れた言葉は、男性には届くことなく。

 結局、その薬は誰も試飲することなく、金属の棚に並べられることとなった。

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