お題「古びた楽器」「屋上」
「ねえねえ! 音楽室の隣、準備室にさ、今は使ってない古びた楽器があるんだって!」
この世界には二種類の人間がいると俺は思う。人生を楽しんでいるやつと、そうでないやつだ。
かくいう俺も人生を満喫している。青春真っ盛りの男子高校生なのだ。授業は退屈だが、学校には体育祭や文化祭、修学旅行など、イベントが目白押しである。もちろんイベントだけじゃない。生憎俺には縁のない話だが、部活や恋愛に力を入れているやつもいる。
今俺に話しかけてきたポニーテールの女子生徒――春香。こいつこそ、世界中で人生を楽しんでいる人間ナンバーワンだと言っても過言ではないだろう。いや、さすがに言い過ぎか。この学校で、くらいにしておこう。
とにかく、整った顔立ちに満面の笑みを浮かべたこの女子は、間違いなく人生を楽しんでいると言える。そして、こいつがこんな笑みを浮かべて俺に話しかけてきたときは、大抵ろくでもないことを考えているというのが鉄板なのだ。
ゆえに俺は机に顎肘をつきながら、そっけなく返すことにした。
「へえ、そうかい。それは良かったな」
「駿ってさ、確かキーボード弾けるよね?」
「……お前、やっぱりまた何かするつもりだろ?」
「んふふっ、ひ・み・つ! あ、今日の放課後、音楽室に集合ね!」
「ちょっ、待て……!」
俺の制止も聞かず、スキップするように廊下へ出て行ってしまう。伸ばした手が空を掴む。そんな俺の肩に、そっと誰かの手が乗せられた。振り返ると、同じクラスのやつが生暖かい目をしながら頷いていた。
「嫁の管理は夫の仕事だぜ。頑張れよ」
「誰が夫だ」
あいつはただの幼馴染である。ただの、というにはちょっとばかり暴走気味ではあるが。
俺は肩を落とし、盛大にため息を吐くのだった。
◇◇
放課後、俺はしぶしぶと音楽室へ向かう。過去に一度だけやってられないと逃げたことがあったが、その日から延々と家や帰宅時に待ち伏せされ続けた苦い思い出がある。それ以来、俺はあいつの言うことは素直に聞くようにしている。
音楽室の扉を開けると、春香が腕組みをしながら待っていた。その隣には、今はもう使っていないであろうキーボードとバイオリンが一つずつ置いてある。どうやってかは知らないが、準備室から持ち出してきたのだろう。
「――遅いっ! ほら、キーボード運んで!」
「運ぶってどこに……」
「もちろん、屋上よ!」
なにが『もちろん』なのだろうか。と俺が言う前に、あいつはバイオリンを持ってスタスタと先に歩いていってしまう。俺はキーボード――古い型だしスタンドもついているからかめっちゃ重い――を持つと、追いかけるように屋上へ向かった。
普段は閉め切られているはずの屋上はなぜか開いていて、その扉の向こうであいつが待っていた。
「おい、こんなことやって、後で先生に怒られても知らないからな」
「大丈夫大丈夫! そのときは一蓮托生だよ!」
「怒られること前提かよ!」
適当な場所にキーボードを置いて話しかけると、春香は笑いながら答え――。そして唐突にバイオリンを弾き始めた。教科書にも載っているような有名な曲だ。突然の演奏に固まっていると、目で弾けと促してくる。
もうここまで来たら怒られるのは確定だ。俺は色々と観念するようにため息を大きく吐くと、バイオリンに合わせて伴奏を始める。ピアノを弾かなくなってからもう一年は経つが、意外と体は覚えているものらしい。
「あははっ! 楽しいねーっ!」
「おまっ、走りすぎだ!」
笑いながら無茶苦茶な演奏をする春香に合わせ、キーボードを叩いていく。
青空の下、風がそよぐ屋上で。二人きりの演奏会はしばらく続いたのだった。
ちなみに、この後先生に見つかってこってり怒られたのは言うまでもない。
あいつは「ごめんなさい」と言っていたが……絶対に反省なんてしていないだろう。そして、そんな俺もまた、文句を言いながらもあいつの面倒で楽しい企みに巻き込まれるのだろう。




