お題「傘が降る」
ある日、傘が降り始めた。
雨ではない。雪でも霙でも雹でもない。降り始めたのは傘だった。
世界は混乱に包まれた。報道者がニュースや新聞で取り上げ、学者が解明しようと躍起になり、政治家が対策を議論した。
降ってくる傘に当たれば痛いし怪我だってする。人々は建物の中からほとんど外に出なくなった。
傘が降り始めてから一週間が過ぎた頃。一人の技術者が新しい傘を作り上げた。
その傘は芯や骨組みに今までよりも丈夫な金属を使い、布の部分を硬質プラスチックに変えたものだった。今までの傘より重いものの、試しに新しい傘を差して外を歩くと、降ってくる傘を見事防いでいた。
世界中の人々が今までの傘を捨て、挙って新しい傘に買い替えた。世はまさに、大傘時代! 新しい傘は大量生産され、見る見る間に広まっていった。
もう降ってくる傘に怯える必要なんてない。人々は新しい傘を差して、再び外を歩き始めた。
新しい傘が広まってから一ヶ月。一人のサラリーマンが違和感を感じて傘越しに空を見上げた。
相変わらず降ってくる傘。その傘たちの中に、見覚えのある傘が紛れていた。芯や骨組みに丈夫な金属が使われ、布の部分が硬質プラスチックになった傘だった。その傘は、サラリーマンが使っていた傘を一瞬で壊してしまった。
世界は再び恐慌に包まれた。報道者がニュースや新聞で注意を促し、学者が解明しようと連日徹夜し、政治家が頭を抱えた。
降ってくる傘の中に丈夫な金属と硬質プラスチックで作られた傘が混ざる割合は日に日に増していった。人々は再び建物の中で隠れるように過ごすこととなった。
丈夫な金属と硬質プラスチックの傘が降り始めてから数日が過ぎた頃。技術者によって再び新しい傘が作られた。
その傘は芯や骨組みにさらに丈夫な金属を使い、硬質プラスチックの部分を強化ガラスに変えたものだった。さらに重くなったその傘を差してみれば、降ってくる傘を難なく防ぐことができていた。
世界中の人々が新しい傘を買い、丈夫な金属と硬質プラスチックの傘を手放した。見ろ! 傘がゴミのようだ! 新しい傘は品切れ続出、瞬く間に世界中で普及していった。
一抹の不安を抱えながらも、人々は新しい傘を差して、再び外を歩き始めた。
新しい傘が広まってから一週間。路上ライブをしていた一人のミュージシャンがマイクを天に向けて絶叫を上げた。通りすがりの人が何事かと空を見上げれば、降ってくる傘の中に見覚えのある傘を見つけた。
人々の不安は的中した。降ってくる傘を防ぐ新しい傘が作られ、しばらく経つと、降ってくる傘の中にその傘が混ざる。それが何度も繰り返され、いつの間にか新しい傘は人が持てる重さを越えていた。
世界中の人々が建物の中から外へ出なくなってから一年が経ったある日。一人の少女が外を歩いていた。
砲弾のような傘が降り注ぐ中。古びた黄色のレインコートを着た少女は、少しリズムのずれた鼻唄を歌いながら、それはそれは楽しそうに外を歩いていた。
買い物をしていたおばあさんが悲鳴を上げ、ティッシュを配っていた女性が驚きで口を開け、救助に向かった勇敢な男性が傘に倒れる。
誰もが少女を見つめる中、誰かがぽつりと呟いた。
「あの女の子のレインコート、傘をはじいているぞ?」
それを耳にした少女は、歩みを止めてこう言った。
「だってこのレインコート、お気に入りなんだもん! みんながどんどん傘を捨てても、あたしはこのレインコートはぜったい捨てないもん!」




