お題「この冬最初の雪」「あなたが笑っていられるために」「溶けた」「いつかどこかで」
この冬最初の雪が降った。
私と先輩だけの二人きりの部室。白く曇った窓を袖で拭うと、校庭には白い雪が積もっていた。
「雪、積もりましたね」
「そうだね」
「今日の合唱、うまくいきましたね」
「大成功だったね」
「みんな、楽しそうでしたね」
「うん、私も楽しかった」
ぽつぽつと先輩と言葉を交わしていく。まるで降りやまない雪のように。けれど、やがて言葉は途切れてしまう。
「先輩、部活来るの、明日で最後なんですよね」
「……そうだね」
「先輩……まだ部活やめないでください」
「私もそうできたらいいなって思うよ」
「だったら――!」
「でもね。もうすぐ卒業する私がいつまでもここに居座るわけにはいかないんだよ」
私がその先を言う前に、先輩の言葉で遮られた。先輩の言いたいことは分かっているつもりだ。これがただの我が儘だというのも分かっている。だけど、まだ先輩とお別れしたくない。
そんな私の目に映ったのは、先輩の頬を伝う雫だった。
「先輩……もしかして泣いてるんですか?」
「……あれ? おかしいな。泣くつもりなんてなかったのに……」
先輩は不思議そうに涙を指ですくいながら、ぎこちなく笑う。
……そうだ。お別れしたくないのは私だけじゃないんだ。寂しいのは先輩だって同じのはずなんだ。それなのに、私は我が儘を言って、先輩に無理して笑わせて……。
私は椅子から立ち上がると、思い切り両頬をバチンと叩いた。先輩が驚いたように目を丸くし、そんな私を見上げている。
「――先輩! 私、あなたが笑っていられるために、これから歌います!」
「え、えっ? えっと、うん?」
「聞いていてください!」
面食らった様子の先輩の前へ移動し、私は一人歌い始める。大好きな先輩へ気持ちを届けるように。大好きな歌にのせて。
私の、たった一人に向けたコンサートは、それから夕方遅くまで続いた。
いつの間にか雪は降りやんでいた。
◇◇
「雪、けっこう溶けたね」
「そうですね」
翌日。部室へ荷物を取りに来た先輩と最後の言葉を交わす。窓から見下ろす校庭には、ところどころ茶色の部分が見え始めていた。
荷物をまとめた先輩が部室の扉に手をかけ、最後に私のほうへ振り返った。
「いつかどこかで、また会えるといいね」
「きっと会えますよ。――だって、歌が私たちを繋いでくれますから!」
「うん、そうだね」
そう言って笑顔を浮かべる先輩。
溶けだした白雪の下からは、新しい緑が芽吹き始めていた。




